<魚眼図 49> アイヌモシリと平和
(2012/11/20 (火) 北海道新聞夕刊掲載)
この北海道がいつから「北海道」と呼ばれるようになったか、ご存じだろうか。
初歩的なはずのその知識。北大の授業で尋ねても知らない学生が多い。答えは明治2年(1869年)。松浦武四郎の提案のうち「北加伊道」が採用され、「北海道」と改められた。ちなみに「加伊」とは、先住民族アイヌが自分たちを呼ぶときに使う言葉だと、松浦は記している。
いずれにせよ「蝦夷地(えぞち)」を「北海道」に改称したというのは、あくまでも日本政府側の視点である。先住民族アイヌはその住む土地を「アイヌモシリ」と呼んできた。「アイヌ(人間)の静かな大地」の意味である。
「北海道をアイヌモシリと呼んでみよう」。最近刊行された「アイヌモシリと平和」(法律文化社)で編者の越田清和氏はこう提案する。これは違う視点から歴史を捉えることであり、それによって「植民地支配という認識」をもつことにつながると越田氏は述べる。アイヌモシリが日本国の領土とされたとき、そもそもアイヌ民族に相談がなされただろうか? こうしたことから問い直してみるということでもある。
本書は大学研究者ばかりでなく、多様な市民の実践者によって書かれた。取り上げられるテーマは、アイヌ民族の組合運動、強制労働問題、女性自衛官人権裁判、フェアトレード、脱原発運動など多岐にわたる。私も民衆史運動について書かせていただいた。

結城幸司氏は本書でこう述べる。「アイヌと日本人はこの北海道において出会えていない」。そして「出会い直しの時代」を始めようと呼びかける。アイヌ民族と和人とが、人間と自然とが出会い直し、つながり直す時代を始めようと。私はこれに共感する。本書は「出会い直し」という課題のために里程標となるだろう。
(小田博志・北大大学院准教授=文化人類学)
