「食べることが辛い?認知されにくい子どもたち~『わたしは食べるのが下手~』【YA93】
『わたしは食べるのが下手』天川 栄人 著 (小峰書店)
2025年8月31日読了
「食べること」がテーマの本を紹介するということで、今回いっしょに聴きたい曲は、押しバンドSEKAI NO OWARIの「Food」。
食べることが大好き、好きなモノならどれだけでも食べていたい、美味しいものに囲まれている幸せ…
TVをつければグルメ番組ばかり、CMもファストフードの季節限定メニューがひっきりなしに流れてくる今の日本。
平和な世の中だからこそのこの現状ですが、すでに当たり前すぎて感謝の心もどこか遠くに行ってしまいがち。
飽食の時代と言われて久しい世の中です。かくいう私も食べることは大好きです(偏食は恥ずかしながら激しいですけれど…)
フードロスという言葉も今ではすっかり定着しました。
そんな中、食べることが苦になってしまう人たちもいるようです。
“摂食障害”という言葉も私がまだ子どもの頃の昔はあまり聞きませんでしたが、日本が豊かになり何かが少しずつずれ始めたころからメディアでもよく取り上げられるようになりました。
その病とも呼べる状態に陥ってしまう原因は人それぞれ。
比較的若い人たちに多く見られる傾向にあるようです。
思春期に入るとそれまで気にもしなかった事柄に心が引っかかってしまったり、元々食べるのが人より少なかったり遅かったり、内面的にデリケートな時期ですから悩みに関する影響が食事にまで及んでしまう人もいるようです。
この本での主人公、中学生になったばかりの葵と咲子がそれぞれ、食べることに躓いています。

葵の母親は料理上手でもあるし、娘に栄養のある食事をバランスよく作って健康になってほしいと願いながら、品数も多く提供しています。
ありがたいけれど、葵はいつからかそんな食事を摂ることが苦痛になってきました。
たくさん食べられないし、食べるのも遅いので、母親の目が気になって仕方がありません。
きっとお母さんはたくさん食べてほしいに決まっているのに、その期待に応えられない自分が情けなくなります。
それに学校の給食もやたらと量が多いし、揚げ物やボリュームのあるものがよく出て来るのにうんざりしてしまいます。
はじめから少なく配膳してほしいと言えればいいのですが、性格上大人しくて積極的に自分の気持ちをはっきり言えないので、つい出遅れてしまい結局みんなと同じ量の給食を食べなきゃいけないことに、これまた周囲の目が気になってしまいます。
ある日、食べたくないのに口に入れてしまった給食がどうしても呑み込めない、ひょんなことから思わず吐きたくなってしまい、教室の隣にある保健室へと猛ダッシュ。
どうにかギリギリ抑え込んでいましたが、保健室に先生はいなくて代わりにクラスメイトの咲子がいました。
「気持ち悪いの?吐いちゃいな」
と咲子が言ったと同時に吐いてしまった葵…。
先に保健室に来ていた咲子はいつも給食を食べないで、午後から学校に来ています。
葵の親と違って、咲子の両親は咲子のことなどほぼ無関心。
気位の高い父に合わせるために社交的な面を重視する母は、美容にお金をかけ、咲子の食事にも気を使わないので食卓で家族全員で食事をしたのはもうはるか昔。
咲子は母親に似て綺麗な見た目なのに、自分では成長するにつれて肉付きが良くなってしまい醜くなっているのでは?と危惧し、食べることが次第に怖くなってきたのですが、食べないといけないとわかっていても痩せなきゃだめだと考えるようになったある日、戻してしまったことがきっかけでその日から食べては吐くという行為を繰り返すようになります。
咲子はいわゆる摂食障害の“過食嘔吐”です。ほとんどが心の病から来ていることが多いです。自分では“カショオ”と呼ぶくらい、ちゃんとわかってはいるのです。
放任主義の親には黙って、学校へも午後から登校しカロリーオーバーな菓子パンを買って食べては吐くということを繰り返すうちに、かえって気持ち良くなってしまっているのでした。
葵は食べる時さえ人の目が気になってしまう“会食恐怖症”という病らしい。
誰かといっしょに食べるということが苦痛になってしまうようです。
そんな二人は咲子が“避難所”と呼ぶ保健室で給食の時間をいっしょに過ごすうちに仲良くなり、食べることに苦痛を感じている者同士で「給食改革」をしようと決意します。
そんな二人の前に立ちはだかった人物がいました。
男性の栄養教諭、橘川先生は簡単に生徒の言い分だけで改革などできない、ちゃんと要望書というものを学校に提出しなさいと言い放ちます。
そんな難しいことを言われても…と怖気づきそうになりますが、毎回辛い思いをしている葵は要望書をきちんと書いて提出しようと張り切りますが…。

給食とは、成長期の子どもたち全員に、公平に栄養バランスを考え適度な量を提供してくれるありがたい教育システムの一環です。
中には中学校には給食がなく弁当持参という学校もあるようですが、私のウン十年前に通っていた町立中学校では給食がありました。
おまけに最近では給食費の公費負担を謳う自治体も増えてきて(いずれ全国規模になるのでしょうか)、本当にすすむ時代によって子どもたちは恵まれていて守られているなと感じます。
しかしながらこの本に出てくる子どもたちのように何かしらの理由でかえって給食を辛く感じる子もいるということが、恥ずかしながらこんな年になってから認識できるようになるとは私も能天気な人間だと感じ入りました。
それにこの本にはインドネシア出身の女の子の同級生も出てきます。
彼女も少なからず日本の給食に、苦痛を時々感じています。
ご存じ、宗教的な理由でハラールという規律を守った食材でないと口にできない決まりがあり、食べられないものが給食で出るとわかる日には、弁当持参となるのですが、彼女も「給食改革」を叫ぶグループの一員になるのです。
このあたりは、ひと昔前にはほぼ物語には取り上げられなかった分野です。
本当に現代はさまざまな人間がこの世にはいるんだなと気づかされます。
他にはそれらとは逆に、毎回給食を真っ先に食べ終わり、もしも余っていたりすると率先しておかわりを食べる元気な男の子も登場します。
彼は彼で抱えていることがあって、「給食改革」の要望書に書かれた「できれば給食をなくしてほしい」という文に激しい反応を示すのですが、それは…?
さまざまなことを抱えた生徒たちを上手に引っ張っていく栄養教諭の橘川先生は、ただ給食の大切さを教えるのではなく、自分で学校の献立を超えるくらいのものをまず自分たちが作ってみろ!と言い放ちます。
無論、咲子が“吐きだこ”を手にこさえていることや、葵の会食恐怖症のこともじゅうぶんわかっています。
無理難題を彼女たちに出して、世の中の複雑さをいろいろとわからせるのも先生の仕事なのです。
はたして彼女たちの「給食改革」は成功するのでしょうか?
咲子と葵の家族内での問題はどういう風に片付いていくのでしょうか…。
他に問題を抱えている男の子の方は、どういう展開になっていくのでしょう。
ありがたい給食は当然のようにあるものだと感じていた私などにはわからない、給食弱者とも言える子どもたちに焦点をあてた優良な児童書だと思います。
同じように何気なく毎日の給食をいただいている中学生たちにぜひとも読んで欲しいものです。
ちなみにこちらの本は、今年の青少年読書感想文全国コンクール課題図書に選ばれているようです。
多くの生徒が読んでくれていることを願います。

