チャーハンて、茶色いごはんの略なのか?
「子どもの頃さ、チャーハンのこと茶色いごはんの略だと思ってたんだよね」とそいつは言った。時計の針がてっぺんを指す頃に、そんな他愛もない話をするのがぼくらの日課で、ぼくらの幸福だ。
そして、そいつはあっという間に寝息を立てている。うん、通常通り。ぼくらは結局、それぞれのチャーハンを信じて、この青と緑と茶色にあふれた世界を生きていくしかない。
ぼくは、リビングのターンテーブルにヴァーヴ盤をのせる。冬の夜を閉じ込めたようなスタン・ゲッツの音が静かに響き、ウイスキーグラスに吸い込まれていく。
ゲッツのソロはいつだって何かをためらっている、あるいは諦めているかのような、微かな湿り気を含んでいる。
アドリブがふいにズレて、そして何事もなかったかのように元に戻った。ぼくはその一瞬のズレを聴き逃さなかった。
人生のほとんどは、そういったズレと、その後の静かな修正でできている。寝室でイビキをかいているあいつも、またぼくが思っている通りの存在ではないのだろう。
ぼくたちはそれぞれのレコードの上で、
それぞれのソロを吹き散らす。
🎷
