苦しさと楽しさの両立
少林寺拳法を通して、思考整理をしながら、拳士とnote読者に付加価値を提供したい
と書いたけれど、その投稿内容は模索中で、まずは一般財団法人少林寺拳法連盟が発行している「会報(2020年秋号)」を読んで、私個人が感じた付加価値を提供していきたい。
特集の「この時代の楽しみ方」が興味深くて、そのページの最後に書かれた
「楽しいことばかりでは成長できない。苦しさで成長することもある。しかし、楽しくなければ続かない。それぞれに理がある。指導する側としては、力愛不二を問われている。」
という文章が印象に残っています。
僕自身、修練をしているときに中々思うようにいかなくて、仲間との喧嘩や自身を責めてしまう場面がありました。
その部分は、「苦しさ」にあたる成長なんだと思います。
「あなたの実力ではここが足りないからもっと改善した方が良い」「今は結果に結びつかなくてもいいから、仲間の士気を落とすことだけはしないでほしい」と先輩から教えてもらった言葉は今でも心に留めています。
その先輩からいただいた言葉や、実力のない自分とわかっていながらも熱心に教えてくださったご恩は、決して、忘れてはいけないものと考えています。
だから、苦しさで成長することはあると感じています。
そして、「楽しくなければ続かない」という著書のメッセージ
少林寺拳法から学んだことや修練を自分の中でどう「楽しさ」に結び付けていくのか
元々は「技の上達」と結びつけていた自分がいたけれど、社会人になり、自分が少林寺拳法に求めているものは護身術ではなく、「本当の強さ」のように感じます。
「本当の強さ」とは、簡単に説明をすることはできないけれど、先輩から教えてもらったこと、修練の中で学んだことを実生活に活かしていく過程で身に付けていくことだと感じています。
僕はそういった、修練を通して実生活に結び付けていく過程に、少林寺拳法の「楽しさ」を見出しているように感じます。
それが「自分なりの自他共楽」なのかもしれません。
だから、少林寺拳法をやっている人、そうでない人、に向けて伝えたいメッセージは、著書に書かれているように「楽しさと苦しさの二つを通して成長することができる」ということ
努力が結果に結びつかない「苦しさ」も必要だし、努力を努力と思わない「楽しさ」も必要なんだと思います。
苦しい自分を乗り越えて、楽しい自分を手に入れた先に、自分なりの自他共楽がある。
こうしてnoteで感じたことを他者に伝えていこう!
