2026 長岡まつり大花火大会
花火大会会場まで
2026.8.2
長岡まつり大花火大会へ行ってきました。
10:00
東京出発。関越道で北上。川越辺りで渋滞発生。その後、ところどころ渋滞。
11:52
嵐山PAでトイレ。暑い!熊谷に近いからね。まだ、埼玉県無いなのに、既に浴衣姿の方が居ました。
13:04
赤城高原SAでトイレと給油。

赤城高原SA
ものすごい人でごった返してました。レジの列の最後尾が何処か分からない^^;残り僅かの昼食用のオニギリをゲット。レストランは恐らく利用できる状態ではなかったかと。
トイレも長蛇の列でしたよ。
家内がトイレに並んでいる間に給油してオニギリ昼食。
13:41
赤城高原SAを出発。
15:12
堀之内 PA(新潟県魚沼市)でトイレ。
15:56
長岡北スマートICを出て、予約してあった駐車場に到着。
高速では、パンク、横転事故、バイクからバラまかれた落下物など、遅くなれば遅くなるほど時間がかかったと思われます。家を出て6時間、232キロ。
もう少し、早く着くと想定していましたが、プラス30~60分でしたね。
★駐車場
長岡まつり大花火大会2026 抽選 民間協力駐車場
チケット:民間協力駐車場 第5駐車場
新潟県長岡市蓮潟1-16-21
利用時間14:30 ~ 利用終了:23:00
開催日:2026年08月02日 代金合計:8,800円(税込)
会場席まで15〜20 分歩き>>2.7キロ 39分
これでも十分に高い料金ですが、他の駐車場は10000~15000円/日。リセール公式サイトで家内がゲット♪ 花火会場まで少し歩きますが、帰りの高速に乗る位置的に、もっとも良いのではないかと。答え合わせは最後に書きます。
ここの駐車場は「ウオロク 蓮潟店」の駐車場でした。

おこわと焼き鳥などを購入しました。
近くの神社参拝したり、少し、身体を休めて
17:00
信濃川・河川公園(長岡まつり大花火大会 B会場)へ向かいます。


歩いている途中から、グーグルマップが繋がらなくなります。結局、この辺りからスマホは電波を拾うものの、通話もLINEもインターネットは全く繋がらなくなりました。
なので、はぐれたら相方と連絡の取りようがありません。
会場に近づくに連れて、人がすごくなってきます。誘導員がパラパラ居るのですが、なんだか解りにくい。
せめて、「B会場・有料会場」などの立て看板でも建てればいいのになあ。
17:54 長岡まつり大花火大会 B会場に到着♪
花火大会会場(B会場)

★花火大会会場 19:20~21:25
B会場予約席 1マス 21車椅子席XX
車椅子者1名、介助者最大2名 10000円









ここから花火の写真を並べます。特に補正はしていません。
xiaomi15ultraのスマホ撮影。ビデオを撮りながら同時に写真も撮れます。
ビデオで撮った花火は4対3にトリミングしてますが、そのまま載せている写真もあります。
花火大会開始























































































最後はドローンで何か文字を書いていました。
「スマホで光のメッセージ」を送っている光景もキレイでしたよ。

帰ってから知りました。この「長岡花火」アプリ(笑)
ここのマップを見ればスムーズだったんだろうなあ。
「なないろライト」が沢山の人で同期させると素晴らしいと思いましたよ。
花火大会動画
下に、撮った動画を貼っておきます。
花火大会感想
・花火大会は19:20~21:40ごろまで行われました。
・まったく飽きないのが不思議でしたね。それだけ心を鷲掴みにされているということでしょう。
・万が一のために義父の使っている大人のオムツもして参戦しましたが、使うことはありませんでした。
・平原綾香さんも番組のゲストに来ていたようです。彼女の歌声のJupiterの楽曲に完全同期された「復興祈願花火フェニックス」は圧巻でした。
・6名の「匠の花火」も美しかった。シンプルで、これぞ「花火」と改めて思いました。一本の打上にストーリーが込められている・・素晴らしかったです。
・とにかくカラフルな色合いが印象的でした。
・上に上に登って、ほぼ真上近くで大きく開花する花火は、やっぱり素晴らしいしストーリー性があって良いですね。
・この会場からは、視界の横幅いっぱい、0.6倍の広角くらいまで使って花火が打ち上げられるプログラム(復興祈願花火フェニックス)は、初体験でした。素晴らしかったです。
今回は、たまたまご縁があって、有料席のチケットを分けてもらった為に、「冥途の土産」的に人混みの嫌いな家内を説得して行くことになりました。花火大会自体は、そんなに混んでいるとは思えませんでしたが、行き帰りの渋滞を体験すると、相当の人たちが動いたのだなあと感じました。しかし、文字通り冥途の土産であり、眼福でした^^
花火の魅力は、やはり、パッと咲いてパっと散ってしまうこと。物質的に取っておけないこと。
だから、何度でも観たくなりますね。「キレイ!」の記憶だけが残り続けるのでしょう。
音と光のズレ、身体全体で聴く花火の音、振動も現地ならではの体験ですね。
小さな打上花火でも琴線に触れると思います。感情が揺さぶられます。ウルウルしてしまいますね。
花火大会帰路・大渋滞
花火大会が終わって、国道351号線に出るまでは混みましたが、出てしまえば、人は流れます。道路はまったく動いていません。駐車場の「ウオロク 蓮潟店」に戻ったのが22:30くらい。スーパーは22時までの営業だったのでトイレは使えず。。。。
左岸バイパスを北上。長岡北スマートICを目指します。駐車場から2.5キロで高速に乗れるはずなのですが、信号は短く設定されているものの、左右からクルマが入ってきて、なかなか進みません。こんな渋滞は何十年ぶりかな。信号が数回変わっても全く動かない。。。。その間、花火の写真の整理をしていました(笑)。
昔取った杵柄で、渋滞へ突っ込んでいく強引な方法は覚えていました(笑)。
結局、2キロを2時間くらいかかりました。
直進最短の駐車場だったので、そんなに混まないだろうと思ったんですけどね。。。。
東横INN上越妙高駅西口に宿をとっていたので、富山方面へ。高速バス停にたくさんの人が居たり、大積PAは長蛇の列、西山ICから、ガンガン車が入ってきたり、刈羽PAも、トイレが凄い列、01時過ぎていましたが、ところどころ渋滞したり、すごい影響が出るのですね~^^;(結局、トイレはホテルまで我慢できました^^)
さすがに上越ICの出口は渋滞なし。国道18号線のバイパスもガラガラ。東横INN上越妙高駅西口に着いたのが02時ごろ。シャワー浴びて03時過ぎに寝ました。
花火大会の歴史
日本の花火大会の歴史は、江戸時代の享保18年(1733年)に隅田川で始まった「両国川開き花火(現在の隅田川花火大会)」が起源とされています。
もともと花火のルーツは古代中国の「のろし」や火薬にありますが、日本で観賞用として、また大規模な行事として発展したのには、深い歴史的背景があります。
花火大会の歴史タイムライン
1. 起源:慰霊と悪疫退散の願い(江戸時代)
前年の1732年に起きた「享保の大飢饉」やコレラの流行により、江戸では多くの死者が出ました。
水神祭の開催:
八代将軍・徳川吉宗が、亡くなった人々への慰霊(供養)と悪疫退散(疫病よけ)を祈り、両国で水神祭を催しました。
初の花火打ち上げ:
このお祭りの一環として、老舗花火業者である鍵屋が花火を打ち上げたのが、日本の花火大会の幕開けです。
2. 「たまや」「かぎや」の競争(江戸後期)
花火の人気が高まると、鍵屋から暖簾分けした「玉屋」が登場しました。
二大花火師の競演:
隅田川の上流を玉屋、下流を鍵屋が担当し、交互に花火を打ち上げて技を競い合いました。
掛け声の誕生:
江戸の庶民は、素晴らしいと思った方の屋号を「た〜まや〜」「か〜ぎや〜」と叫んで称賛しました。これが現代にも残る掛け声の由来です。
3. 技術の進化と競技大会の誕生(明治〜大正時代)
明治時代に入ると、海外から様々な化学薬品が輸入されるようになり、それまでオレンジ一色(和火)だった日本の花火に、赤・青・緑などの鮮やかな色彩(洋火)が加わりました。
競技大会への発展:
1910年(明治43年)には秋田で現在の「大曲の花火」の起源となる大会が始まり、
1925年(大正14年)には「土浦全国花火競技大会」が始まるなど、花火師たちが日本一の技術を競う「競技大会」の文化が根付きました。
4. 戦火を乗り越えた復興の象徴(昭和〜現代)
第二次世界大戦中、花火の製造や大会は一時禁止されました。しかし戦後、人々に元気を取り戻してもらうための復興の象徴として次々と復活します。
長岡花火の復活:
例えば新潟県の「長岡まつり大花火大会」は、長岡空襲の犠牲者への慰霊と復興の願いを込めて再開されました。
現代のエンターテインメントへ:
現在では、音楽とシンクロして打ち上げる「スターマイン」や、コンピュータ制御による精密な演出など、世界屈指の芸術品として進化を続けています。
長岡まつり大花火大会について
新潟県長岡市で毎年8月2日・3日に開催される「長岡まつり大花火大会」は、秋田の「大曲」、茨城の「土浦」と並ぶ日本三大花火大会の一つです。
単なるエンターテインメントではなく、「慰霊」「復興」「平和への祈り」という深いメッセージが込められているのが最大の特徴です。
1. 開催の背景:戦争からの復興と平和の祈り
大会の起源は、1945年(昭和20年)8月1日の「長岡空襲」にあります。
長岡復興祭からスタート:
空襲により多くの尊い命が失われ、街の8割が焼け野原となりました。その翌年、遺族の慰霊と街の復興を願い始まった「長岡復興祭」が現在のまつりの前身です。
慰霊の花火「白菊」:
大花火大会のプログラムは、空襲が始まった時刻(8月1日夜)や、2日・3日の開会直前に打ち上げられる白一色の特大花火「白菊(しらぎく)」で幕を開けます。この時、街中には慰霊の鐘が響き渡り、会場全体が静かな祈りに包まれます。
2. 圧倒的なスケールと見どころ
日本一の大河である信濃川の広大な河川敷を舞台に、他の大会を圧倒する巨大な花火が次々と打ち上げられます。
復興祈願花火「フェニックス」:
2004年の新潟県中越地震からの復興を願って始まった、長岡花火最大のハイライトです。平原綾香さんの楽曲『Jupiter』に合わせ、打ち上げ幅約2kmにわたって無数の黄金の花火が連発され、夜空に不死鳥(フェニックス)が浮かび上がります。
正三尺玉(しょうさんしゃくだま):
直径約90cm、重さ約300kgという超巨大な花火玉を打ち上げます。上空で開花すると直径約650mもの大輪の華となり、お腹にズシンと響く大音響と地響きが体感できます。
超大型スターマイン:
信濃川に架かる長生橋や大手大橋をそのまま活用した「ナイアガラ」や、音楽と完璧にシンクロするストーリー性豊かな大型スターマインが息つく暇もなく夜空を埋め尽くします。
3. 観賞にあたっての注意点完全有料席制:
堤防の上や河川敷など、会場周辺の観覧席に無料席はありません。事前に長岡花火チケットセンターなどで観覧席チケットを購入した人のみが入場可能です。
凄まじい混雑:
全国から2日間で100万人以上が訪れるため、周辺の道路や高速道路は激しく渋滞します。新幹線や臨時列車が運行されるため、JR臨時列車の利用が強く推奨されています。
