Re:Edit▷カンボジア── わからないから、言葉を積み上げてきた。
Re:Editとは
これまでの人生には、たくさんの経験や出来事がありました。
でも毎日新しいことが起こる中で、その記憶は少しずつ薄れ、いつの間にか忘れてしまったり、価値のないもののようにしまい込んでしまったりすることがあります。
Re:Editでは、そんな経験を今の自分でもう一度取り出し、埋もれたままにするのではなく、一つひとつ磨き直して、自分自身の財産にしていく取り組みです。
今、カンボジアをRe:Editする意味
今回Re:Editするのは、2014年2月のカンボジア。
私は会社員を辞め、新しい道へ進もうとしていたタイミング。
この先どう生きていくのか。本当に仕事になるのか。本当にこの選択で良かったのか。
期待もありましたが、それ以上に、自分自身に確信を持てずにいた時期だったように思います。
当時の私は、感覚で物事を捉えられる人に強く憧れていました。
「見える」「感じる」と自然に言える人が羨ましく、自分はどうしても知識や理屈から理解しようとしてしまう。その違いに、どこか劣等感を抱いていました。
そんなタイミングで訪れたのが、カンボジアでした。
もちろん、アンコール・ワットやアンコール・トムなど、世界遺産も巡りました。でも、十年以上経った今、私の記憶に一番残っているのは、遺跡ではありません。
現地で出会った人たちの生き方。
掛けてもらった言葉。
そして、その言葉が、時間をかけて少しずつ自分の中で育っていったことでした。
当時は、その意味を十分に理解できていたわけではありません。
けれど今振り返ると、あの旅は、会社員を辞めた私が「これからどう生きていくのか」を教えてくれた旅だったのかもしれません。
一つの旅が十二年という時間を経て、自分の中でどんな意味を持つようになったのかを、もう一度編集してみたいと思います。
▶大雪の日本から、灼熱のカンボジアへ
この旅は、出発の日から忘れられないものになりました。
2014年2月。日本は記録的な大雪に見舞われ、交通機関は大混乱。成田空港へ向かう道路も規制がかかり、飛行機が飛べるのかどうかも分からない状況でした。
私たちも念のためかなり早めに空港へ向かい、何とか無事に出発することができましたが、その後は欠航が相次ぎ、あと少し遅ければ出発できなかったかもしれません。
一方、到着したカンボジアは、日本とはまるで別世界でした。
真冬の日本から、一気に灼熱の空気へ。夜にはホテルのプールに入ったことを覚えています。
気温も景色もまったく違う世界に来たという驚きもありましたが、それ以上に印象に残っているのは、この旅が最初から「人との出会い」に導かれていったことです。
実は、カンボジアへ行くと決めてから、不思議なくらいカンボジアに関する情報や人とのご縁が集まり始めました。
その中で出会ったのが、トランポリンを担いで世界中の子どもたちに笑顔を届けるプロジェクトの皆さんでした。
さらに、その活動を通じて、カンボジアで学校づくりを支援する「シードオブスマイル」のご夫婦ともご縁をいただきました。
もし、アンコール・ワットや観光地だけを巡る旅行だったら、この先に待っていた出会いも、掛けてもらった言葉もありませんでした。
今振り返ると、この旅は最初から「どこへ行くか」よりも、「誰と出会うか」が決まっていた旅だったように思います。

▶観光では出会えなかった、もう一つのカンボジア
カンボジアへ行くと決めたことでつながったご縁から、観光だけでは出会えないカンボジアを見ることになりました。
舗装されていない道をトラックの荷台の後ろに乗って、小さな村へ向かう。
(トラックの荷台に乗るのも初体験でした!)
そこには、日本からの支援によって建てられた学校があり、元気いっぱいの子どもたちが待っていてくれました。

言葉はほとんど通じません。
それでも、一緒に遊び、本をのぞき込み、風船を膨らませるだけで、子どもたちは満面の笑顔を見せてくれました。

その笑顔には、不思議な力がありました。
何か特別なことをしたわけではありません。
でも、一つの風船に目を輝かせ、友達と笑い合う姿を見ていると、「豊かさ」とは何だろうと自然に考えさせられました。

お昼には、村のお母さんが手料理を振る舞ってくださいました。
ハエが飛び交う中での食事は、日本で暮らしていた私にとって決して慣れた環境ではありません。
それでも、その料理はとても美味しく感じました。

味だけではなく、「遠くから来てくれてありがとう」という気持ちまで、一緒にいただいたような気がしたからです。
今、写真を見返していて思うのは、この旅で私が心を動かされたのは、有名な世界遺産よりも、こうした何気ない日常の風景だったということです。
人と人が向き合い、笑顔が生まれ、誰かを思って差し出された食事がある。
その一つひとつが、十二年経った今も色あせることなく、自分の中に残り続けています。
実は、あの日、一緒に村を訪れたトランポリンプロジェクトが、その後、一冊の本としてまとめられました。
私もほんの少しだけ、その時間を共にさせていただきましたが、本を読み返すたびに、あの日の子どもたちの笑顔や、村に流れていた空気が鮮やかによみがえります。
一人の旅の記憶は、時間とともに少しずつ薄れていくことがあります。でも、こうして誰かが言葉として残してくれたことで、あの日の出来事は、私の記憶だけではなく、一つの記録として今も生き続けています。
当時の活動や旅の様子は、こちらの一冊にもまとめられています。
▶時を越えて残るもの
もちろん、この旅ではカンボジアを代表する遺跡も巡りました。
アンコール・ワット。アンコール・トム。

そして、今ではアクセスも変わっているかもしれませんが、ラピュタの世界のようだと言われる遺跡へも足を運びました。最後は車では進めず、現地のバイクの後ろに乗せてもらい、土埃を巻き上げながら走ったことを今でも鮮明に覚えています。
何百年もの時を超えて残る石造りの建造物。
自然にのみ込まれながらも、なお存在し続ける遺跡。
その景色には圧倒されました。

一方で、私が「絶対に行きたい」と思っていた場所がもう一つありました。それが、アキ・ラー地雷博物館です。
カンボジアへ行くことが決まったとき、友人から勧められてアキラさんのことを知りました。
本を読み、この人に会ってみたいと思いながら博物館を訪れると、驚くことに、その日ご本人がいらっしゃいました。地雷の悲惨さや難しさ、自分が生きていることの意味などを直接お話を伺い、一緒に写真まで撮っていただけたことは、この旅の忘れられない思い出の一つです。

世界遺産の美しさだけでは見えてこない、この国が歩んできた歴史。その歴史と向き合いながら、未来を変えようと行動している人たちがいること。
遺跡を巡る旅でありながら、私の心に残ったのは、石そのものよりも、その土地で生きる人たちの姿でした。
今振り返ると、カンボジアで私が見ていたのは、「残されたもの」だけではありません。過去を受け止めながら、それでも未来へつなごうとする人の営みだったのだと思います。
▶「わかる人」が羨ましかった
この旅で、もう一つ大きな出会いがありました。カンボジアで学校づくりを支援されていた「シードオブスマイル」のご夫婦です。
活動をご一緒させていただくだけでなく、お二人の生き方や考え方にもたくさん触れさせていただきました。
当時の私は、どうしても感覚で物事を捉えられる人が羨ましくて仕方ありませんでした。
私がこれから進もうとしていた世界は、「感じる」「見える」といった感覚を大切にする場面も多くあります。
でも私は、どうしてもそういうタイプではありませんでした。
何かを理解しようとすると、本を読み、調べ、考え、言葉にして、ようやく少しずつ納得していく。
「もっと感覚でわかる人になれたらいいのに。」
そんな思いを、どこかで抱えていました。
そんな私に、ご夫婦が掛けてくださった言葉があります。
「感覚でわかっている人は、わかっているから説明できない。でも、知識や言葉で積み上げてきた人は、人に説明できる。それは大きな強みなんだよ。」
そのときは、「そういう考え方もあるんだ」と思った程度でした。
でも、その言葉は不思議と心に残り続けました。
今振り返ると、あの日は私の弱さを励ましてくれたのではありません。
「あなたには、あなたの歩き方がある。」
そう教えてくれていたのだと思います。
▶「あなたは、あなたのやり方でいい」
旅の終わりが近づいた頃、シードオブスマイルの奥様から、一枚の写真とお手紙をいただきました。
そこには、こんな言葉が綴られていました。
「何も考えなくても大丈夫。心のまま生きて欲しいです。心が感じたことが、一番大きなパワーを持ってます。愛がいっぱいの心を素直に言葉にして鼓動して欲しい。あなたの愛を求めていた人に届いて、あなたのまわりは愛でいっぱいになります。」
そして、ご主人は、一人ひとりの顔を見ながら似顔絵を描き、その人へ向けたメッセージを添えてくださいました。

私に書いてくださった言葉です。
「太陽も土も水も木も みんなみんな自分のチカラで愛を注いでいる。冴子は冴子のやり方で愛を沢山注いでいて」
当時の私は、その言葉を十分に受け止めることができていたとは思いません。むしろ、「愛」という言葉は、私には少し大きすぎて、どこか照れくさく、気軽には使えない言葉でした。
だから、その場では「素敵な言葉をいただいた」という印象で終わっていたように思います。
でも、十二年という時間が経った今、この手紙を読み返すと、まったく違う景色が見えてきます。
私は結局、「感覚でわかる人」にはなれませんでした。その代わり、分からないことを調べ、学び、考え、言葉にしてきました。
ブログを書き続けていることも、人の話を構造化して伝えようとしていることも、誰かが理解できるように編集しようとしていることも、その延長線上にあります。
今でも、「愛」という言葉を自分から多く使うことはありません。
けれど、人を理解しようとすること。
体験を言葉に残すこと。
誰かが一歩前に進めるように橋を架けること。
それもまた、私なりの「愛の注ぎ方」なのかもしれない。
そんなふうに思えるようになりました。
あの日いただいた言葉は、「こういう人になりなさい」という願いではありませんでした。きっと、「あなたは、あなたのままで大丈夫。」という、静かな眼差しだったのだと思います。
カンボジアをRe:Editしてみて
旅というものは、その場で完結するものではありません。
今回写真を見返し、当時の出来事を思い出していく中で気付いたのは、この旅はまだ終わっていなかったということです。
カンボジアの景色も、子どもたちの笑顔も、掛けてもらった言葉も、十二年という時間の中で少しずつ意味を変えながら、自分の中に残り続けていました。
当時の私は、「感覚でわかる人」が羨ましくて仕方ありませんでした。
でも、結局私はその人にはなれませんでした。
その代わり、分からないから学びました。
分からないから考えました。
分からないから、一つひとつ言葉を積み上げてきました。
今、こうしてRe:Editという形で旅を書き直していることも、その延長線上にあります。
あの時、ご夫婦が掛けてくださった言葉は、未来の私を励ますためのものではなく、「あなたには、あなたの歩き方がある。」そんな生き方は教えてくださっていたのだと思います。
だから今回、カンボジアで一番持ち帰ったものは、世界遺産でも、お土産でもありません。
「わからないから、言葉や経験を一つ一つ積み上げていけばいい。」
私は十二年かけて、自分の人生で少しずつ証明してきたのだと思います。

