単旋律のバッハ:リコーダーで奏でるフランス組曲に寄せて
ピアノしか演奏しない人は、19世紀の以降の
メロディ+和音
という音楽を当たり前の音楽と普通に思っているため、
メロディ+メロディ+メロディ+・・・
という複旋律(ポリフォニー)な音楽ばかり書いていたバッハの鍵盤音楽にピアノで出会うと、なんて弾きにくい音楽なのだとおもうものです。
バッハを特別な音楽を書いた特殊な作曲家だとさえ、みなすようになるのですが、バッハは別に特別だったわけではありません。
クラシック音楽の基礎となった教会音楽は、聖歌隊の
メロディ+メロディ+メロディ+・・・
だったため、複旋律(ポリフォニー)が古い時代の音楽では当たり前のことでした。
けれども、18世紀の半ばを境にして、複旋律(ポリフォニー)という境界由来の音楽は教会だけの音楽とされて、世俗的な音楽の世界では
メロディ+和音
という単旋律(ホモフォニー)な音楽が主流となり、その時代に生まれた楽器がピアノだったのです。
音楽史をよくご存じの方には釈迦に説法な解説ですね。
バッハは決してモダンピアノのためには作曲しなかった。
最晩年の『音楽の捧げもの』のリチュルカーレはジルバーマンピアノのために作曲されたという学説もあるけれども、決定的な証拠は存在しないため、やはりバッハの作品のほとんどはピアノ以外の鍵盤楽器のために書かれているといえるでしょう。
弾いてみるとすぐにわかりますが、ピアノ的な音符ではないですからね。両手交差ばかりして、モダンピアノの最大の武器である和音的な音符はほとんどありません。
けれども、バッハの作品をピアノで弾くと独特の味わいが醸し出されるため、ピアノ曲の定番とされています。
でも本当はバッハのチェンバロ協奏曲をピアノで弾くのは、ブラームスのピアノ協奏曲をチェンバロで弾くのと同じくらいにおかしなことなのですよ。
ブラームスとチェンバロといえば、こんな楽しい演奏もあるけれども。
何とも乙なブラームス!
。。。
相変わらず長い前置きですが、バッハの作品のほとんどはたくさんのメロディを組み合わせることで出来上がっています(バッハの晩年にはそのような様式の作曲は時代遅れでしたが、最後までバッハは自分が若いころに学んだ様式を墨守し続けました)。
バッハのカンタータやオラトリオはメロディの宝庫です。録音や演奏ですべてのメロディを聴きとれなくても、楽譜を見たり、自分で演奏してみると、バッハのメロディストの凄さがよくわかりますよ。
でもたくさんのメロディが組み合わさって、重なり合う音が見事なハーモニーを形成していることがバッハの音楽の真骨頂!
大指揮者だったグルタフ・マーラーは
「音楽はすべて横の線で出来ている」
という名言を残していますが、すべての縦の線(ハーモニー)とは、横の線(メロディ)の組み合わせによる副産物なのだともいえるのかも。
おかしな組み合わせだと、聞くに堪えない不協和音になりますからね。
バッハにだって、時にはずれた音もあります。
ピアノでバッハを弾いているとそういう場面に時々出会います。サスペンションだったり(一時的に不協和音でも、次の音符で和声的に解決される)経過音による7度音程だったり、いろいろな意味があるズレなのですが、メロディ的にそういう音になることがバッハには必然だったのでしょうね。
とにかくバッハは歌の作曲家です。
広義でオルガン曲も含めた、バッハのすべての教会音楽は歌のための音楽。
だからピアニスト以外の楽器奏者もバッハの音楽をソロで演奏しようともしたりします。管楽器は特に一つのメロディしか奏でることはできませんが、特に美しく親しみやすいメロディを持つことで知られるチェンバロのための『フランス組曲』の場合、バッハの作品としては非常にモダンでホモフォニックなため、メロディ一本だけを笛で奏でても、すこぶる美しい!
この録音、聞き惚れました。フランス組曲第二番ハ短調です。
演奏者はMichael Form(ミヒャエル・フォルム)。
「精密・端正・構造的」な演奏スタイルが特徴のドイツ古楽の重鎮。
派手さはありませんが、堅実に音楽のすばらしさを伝えてくれる演奏。
フランス組曲をピアノなどで弾かれた方はきっとご存じだと思いますが、フランス組曲は「フランス的な優雅さ」を持つバッハらしからぬバッハ作品です。
対位法(複旋律)音楽ですが、あるメロディが際立つ部分の別のメロディは非常に単純で、まるで
メロディ+分散和音
というスタイルであるため、笛のために編曲しても、フランス組曲らしさはほとんど失われないのです(鍵盤楽譜の上下の五線譜の音を適度に入れ替えて、耳に残る美しいメロディの音だけを適度に選別してリコーダー用にしているのです)。

Vはブレスサイン
ソプラノのメロディ主体ですが、適度に音符を入れ替えて
美しいメロディだけの音楽へと改変
バッハは実際に無伴奏の楽器(ヴァイオリン・チェロ・フルート)のためにメロディだけの音楽を13曲も作曲していますが、メロディラインがコードの主要音が際立つ形で構成されるという和声的な発想で書かれていて、どの曲を聴いてもソロ楽器のための音楽にはほとんど思えないほど。
その同じ発想でフランス組曲をリコーダー用に書き換えると、上記のような演奏になるのです。
リコーダーのフランス組曲はフルートのための無伴奏パルティータ(BWV1013)のように美しいですね。
もしフランス組曲第二番は渋くて分かりにくいといわれる方は、アルトリコーダーがアルト歌手のパートを奏でる『マタイ受難曲』の「憐れみたまえ」はいかがでしょう?
こちらはバッハらしく、たくさんの楽器でたくさんのメロディを同時に演奏しています。
このコンサートライヴ録音、はじめて聞いたとき、涙がこぼれそうになるほど、感動しました。
こちらはスタジオ録音。
1999年生まれのオランダのLucie Horsch(ルーシー・ホルシュ)はわたしが大好きなリコーダー演奏者です。
推しの演奏家!
リコーダーでここまでできるのか!
とどれほどに驚かされたことか。

CCBY-SA
あまりに愛らしい容姿なのですが(特に10代のころの彼女は天使のよう)
速いパッセージの精度
息のコントロール
音色の多彩さ
ダイナミクスの幅
長いフレーズを歌わせる能力
これらがすべて高いレベルで融合しており、ただただ聞きほれるばかり。
その昔、指揮者に転向する前のフランス・ブリュッヘンがリコーダー演奏を現代に復活させましたが、彼女はブリュッヘンが極めたその先を行き、世界中の大オーケストラとも共演して「リコーダーを真のソロ楽器として成立させた」 その功績は計り知れません。
バロックのみならず、ジャズや現代音楽までもリコーダーで奏でてしまいます。
ルーシーのたった一本の笛の音が作り出す、あまりにも大きな世界。
世界中の小学校で教育目的で練習する単純な楽器なのですが、本当に奥が深い。もちろん安物のプラスチック製ではなく、バロック式の木製のバロックリコーダーの方が圧倒的に良い音が鳴りますが、その点を加味しても、21世紀になって古楽器運動を超えて発達した新しいリコーダー演奏は本当にすごいです。
世界には素敵なリコーダー演奏者はたくさんいますが、今日は二人の現代リコーダーの名手、フォルムとルーシーだけを紹介しておきます。
これまで知っていた音楽も、ルーシーなどの新しい演奏家が奏でると全然別の音楽になるって素晴らしいです。
新しい音楽を発見する旅は永遠に終わることはありません。
おまけ:リコーダーで奏でるポップス
チャーリー・パーカーの「鳥類学」。
パーカー大好きです。
こちらはラテン。フルートのための音楽。
リコーダーなのに、何でもできてしまう!
アルゼンチンのピアソラ作「リベルタンゴ」。
こんな表現力を持ち得ているからこそ、ルーシーのバッハやヴィヴァルディは素晴らしい!
*****
もうひとつ、上にチェンバロのブラームスを紹介したので、同じくリコーダーのハンガリー舞曲。
高音の完璧な音色(コントロールはめちゃくちゃ難しい)。
神童ルーシーだったころの彼女、すごいですね。
いいなと思ったら応援しよう!
サポートは新たなリサーチの研究費用として使わせていただきます。またあなたに喜んでいただけるような愉しい記事を書くために😉