【第10回】求人票の書き方で、人材定着はすでに始まっている〜「入ってから違った」を防ぐ採用時の労務管理〜
「一般事務を募集します」
「勤務時間は応相談です」
「社会保険完備です」
求人票では、よく見かける表現です。
しかし、このような言葉だけで、仕事の中身は本当に伝わっているでしょうか。
採用する側は、「詳しいことは面接で話せばよい」と考えているかもしれません。
一方、応募する側は、求人票の言葉を見て、自分なりに働く姿を想像します。
その想像と、実際に働き始めた後の現実が違っていたとき、人は不信感を持ちます。
「聞いていた話と違う」
「ここまでやるとは思っていなかった」
「健康保険や厚生年金保険に入れると思っていた」
「勤務時間はもっと柔軟に相談できると思っていた」
こうした行き違いは、採用後の早期離職につながります。
求人票は、単なる募集広告ではありません。
会社と働く人との信頼関係が始まる、最初の労務管理です。
今回は、「求人票の書き方で、人材定着はすでに始まっている」という視点から考えてみます。
求人票は、会社から求職者への最初の説明である
人材定着というと、入社後の教育、面談、評価制度、賃金制度、職場環境が語られます。
もちろん、それらは重要です。
しかし、人材定着は、入社後だけの問題ではありません。
採用前から、すでに始まっています。その入口にあるのが、求人票です。
求人票には、職種、仕事内容、雇用形態、雇用期間、賃金、労働時間、休日、加入保険、必要な経験、選考方法などが記載されます。
求職者は、その情報を見て、自分が働けるかどうかを判断します。
家計との関係で、その時給で働けるか。
家庭や介護との関係で、その勤務時間で続けられるか。
雇用保険や健康保険・厚生年金保険の対象になるのか。
自分の経験で対応できる仕事内容なのか。
長く働けそうな職場なのか。
求人票は、会社が一方的に人を選ぶためだけのものではありません。
求職者が、その会社で働くかどうかを判断するための資料でもあります。
だからこそ、求人票の情報が曖昧であれば、採用後に行き違いが生じます。
年収の壁や社会保険の適用拡大を考える場面でも、勤務時間、勤務日数、雇用期間、賃金、繁忙期の勤務可能性などがはっきりしていなければ、働く人は生活設計を考えることができません。
会社も、必要な人員配置を考えることができません。
求人票は、その確認の出発点です。
「一般事務」だけでは、仕事の中身は伝わらない
たとえば、小さな会社が事務職を募集するとき、求人票に「一般事務」とだけ書いてしまうことがあります。
しかし、同じ一般事務でも、仕事の中身は会社によって大きく違います。
電話対応が中心なのか。来
客対応が多いのか。
伝票整理だけなのか。
請求書作成まで担当するのか。
売上や仕入の入力をするのか。
入金確認や未収金の管理まで行うのか。
銀行や郵便局への外出があるのか。
会計ソフトを使うのか。
繁忙期には、通常より忙しくなるのか。
これらは、働く人にとって重要な情報です。
「事務」と聞いて、落ち着いてパソコン入力をする仕事を想像する人もいます。
ところが実際には、電話を受けながら、来客対応をし、請求書を作り、入金確認もし、銀行にも行く仕事かもしれません。
これを採用後に初めて知れば、本人は「そんな話は聞いていない」と感じます。
会社側から見れば、「小さな会社だから当然、いろいろやってもらうつもりだった」という感覚かもしれません。
しかし、その「当然」は、応募者には伝わっていません。
求人票では、抽象的な職種名だけでなく、実際に任せる仕事をできるだけ具体的に書く必要があります。
たとえば、次のような書き方です。
電話・来客対応、伝票整理、請求書作成、売上・仕入データ入力、入金確認、書類整理、郵便物の発送、銀行・郵便局への外出業務
ここまで書けば、応募者は仕事のイメージを持ちやすくなります。
また、すべてを最初から任せるのではなく、前任者や担当者から引継ぎを受けながら覚えてもらう場合は、そのことも書いておくとよいでしょう。
求人票は、応募者を集めるために都合よく見せるものではありません。
入社後に続けられる人と出会うために、仕事の実態を正確に伝えるものです。
2024年4月からは、求人票に書くべき事項も強化されている
求人票の書き方は、単なる表現の問題ではありません。
法令上のルールもあります。
職業安定法第5条の3は、労働者の募集を行う者などに対し、労働条件を明示することを求めています。
また、募集時に明示した労働条件を変更・特定・削除・追加する場合には、求職者に対して変更内容を明示する必要があります。
さらに、2024年4月1日からは、募集時などに明示すべき労働条件として、新たに「従事すべき業務の変更の範囲」「就業場所の変更の範囲」「有期労働契約を更新する場合の基準」「通算契約期間または更新回数の上限」などの明示が必要となっています。
特に重要なのは、次の3点です。
①業務内容の変更の範囲
「雇入れ直後は一般事務だが、将来は販売補助や経理補助もあり得る」ということであれば、その可能性を踏まえて書く必要があります。
②就業場所の変更の範囲
最初に働く場所だけでなく、将来、別の事業所に異動する可能性があるのかどうかも確認が必要です。
③有期契約の場合の更新上限
契約更新の有無だけでなく、通算契約期間や更新回数に上限がある場合には、その内容も示す必要があります。
つまり、求人票では、「今すぐの条件」だけを書けばよいわけではありません。
その労働契約の範囲で、どこまで仕事や場所が変わり得るのかも、できるだけ明確にする必要があります。
これは、会社を縛るためだけのルールではありません。むしろ、採用後の行き違いを防ぐためのルールです。
「勤務時間応相談」は便利だが、曖昧すぎると危ない
求人票で時々使われる表現に、「勤務時間応相談」があります。
もちろん、柔軟な働き方を認めること自体は悪いことではありません。
子育て、介護、通院、家族の事情などがある人にとって、勤務時間の相談ができる職場は魅力的です。
しかし、「応相談」とだけ書くと、応募者は自分に都合よく解釈することがあります。
週2日でもよいのか。週4日は必要なのか。
午前中だけでもよいのか。午後も必要なのか。
繁忙期も同じ働き方でよいのか。
雇用保険に加入する週20時間以上の働き方を想定しているのか。
ここが曖昧なままだと、面接時や採用後にずれが出ます。
会社として、最低限必要な勤務条件があるなら、それは求人票に書くべきです。たとえば、次のようにです。
9時00分から15時00分
週3日から4日
繁忙期は勤務日数または勤務時間について相談する場合あり
週所定労働時間が20時間以上となる場合は雇用保険に加入
このように書けば、応募者は働き方を具体的に考えることができます。
特に、短時間勤務者の場合、勤務時間や勤務日数は、雇用保険や健康保険・厚生年金保険の加入判断にも関係します。
「働ける時間は相談できます」と伝えることは大切です。
しかし、それだけで済ませてよいわけではありません。
会社として必要な勤務時間や勤務日数を明確にすることも、同じくらい必要です。
柔軟さと曖昧さは違います。
柔軟な職場ほど、基本となる条件を明確にしておく必要があります。
「社会保険完備」は、誤解を生みやすい
求人票で特に注意したいのが、「社会保険完備」という表現です。
この言葉は、一見すると安心感があります。
しかし、実務上は誤解を招きやすい表現でもあります。
採用時に確認すべき保険には、大きく分けて、労働保険と社会保険があります。
労働保険には、労災保険と雇用保険があります。
社会保険には、健康保険と厚生年金保険があります。なお、40歳以上65歳未満の人については、健康保険料とあわせて介護保険料も関係します。
そして、それぞれ加入要件が異なります。
労災保険は、原則として労働者を1人でも雇えば対象になります。
雇用保険は、週所定労働時間20時間以上、31日以上雇用見込みなどの要件を確認します。
健康保険・厚生年金保険は、法人か個人事業か、個人事業の場合は業種や常時使用する従業員数などによって、適用事業所に該当するかどうかが変わります。
たとえば、個人事業で、従業員が3人だけの事業所であれば、通常は健康保険・厚生年金保険の強制適用事業所には該当しません。
それにもかかわらず、求人票に「社会保険完備」と書けば、それはウソになります。
また、応募者も「健康保険や厚生年金保険に入れる」と理解するかもしれません。これは危険ですし、適用事業所であったとしても、そもそも「完備」という言葉は適当とは思えません。
求人票には、実際に加入する保険を分けて書くべきです。
たとえば、次のように書きます。
労災保険加入
雇用保険は週所定労働時間等の加入要件を満たす場合に加入
個人事業所のため、健康保険・厚生年金保険の加入なし
このように書けば、少なくとも誤解は減ります。
「よく見せる」ことよりも、「正しく伝える」ことが大切です。
採用時に都合のよい説明をしても、入社後に違いが分かれば信頼は失われます。
人材定着に必要なのは、きれいな表現ではなく、誠実な説明です。
賃金は、最低賃金だけでなく、仕事内容との釣り合いで考える
求人票で応募者が必ず見るのが、賃金です。
賃金については、まず最低賃金を下回らないことが当然の前提です。
最低賃金の対象になる賃金は、毎月支払われる基本的な賃金です。
厚生労働省は、最低賃金の対象となる賃金から、臨時に支払われる賃金、賞与など1か月を超える期間ごとに支払われる賃金、時間外・休日・深夜の割増賃金、精皆勤手当、通勤手当、家族手当を除外すると説明しています。
したがって、通勤手当を含めれば最低賃金を超える、という考え方はできません。
時給そのもの、または最低賃金の対象となる賃金で、最低賃金を上回っている必要があります。
ただし、求人票を作るときに考えるべきことは、最低賃金を守ることだけではありません。
仕事の範囲と賃金が釣り合っているか。
地域の一般事務や経理補助の求人水準と比べてどうか。
経験者に来てほしいのか、未経験でもよいのか。
前任者から引き継いで、いずれ1人で事務を回してほしいのか。
こうした点を踏まえて決める必要があります。
固定残業代を使う場合は、内訳を明確にしなければならない
賃金を書くときには、固定残業代にも注意が必要です。
固定残業代とは、一定時間分の時間外労働、休日労働、深夜労働に対する割増賃金を、あらかじめ定額で支払う仕組みです。
固定残業代を採用する場合に、「月給25万円」「固定残業代含む」とだけ書くのは不十分です。
厚生労働省は、固定残業代を採用する場合には、固定残業代を除いた基本給の額、固定残業代に関する労働時間数と金額等の計算方法、固定残業時間を超える時間外労働・休日労働・深夜労働に対して割増賃金を追加で支払うこと等を明示する必要があると説明しています。
したがって、求人票に固定残業代を書く場合は、たとえば次のように分けて記載する必要があります。
基本給 200,000円
固定残業代 30,000円
固定残業代は、時間外労働20時間分として支給する。
20時間を超える時間外労働、休日労働、深夜労働については、法定どおり追加で割増賃金を支給する。
また、固定残業代を払っているからといって、実際の割増賃金を追加で支払わなくてよいわけではありません。
固定残業代の額が、労働基準法第37条に基づいて算定した割増賃金額を下回る場合には、その差額を支払う必要があります。
特に、事務職のパート求人では、固定残業代を使う必要性は高くありません。
原則として、時給を明確に示し、実際に時間外労働が発生した場合には、その時間に応じて割増賃金を支払う形の方が分かりやすいものです。
固定残業代は、求人票上では賃金を高く見せやすい表現です。
しかし、応募者にとっては、「どこまでが基本給で、どこからが残業代なのか」が分かりにくくなります。
人材定着の観点からは、固定残業代を使う場合ほど、賃金の内訳を明確にしなければなりません。
賃金の見せ方が不透明であれば、採用後に不信感が生じます。
反対に、基本給、手当、固定残業代、追加で支払う割増賃金の関係を明確に示していれば、応募者は安心して判断できます。
年齢や性別で絞るのではなく、必要な能力を書く
小さな会社では、「若い人がいい」「女性の事務員がいい」「長く勤められる人がいい」といった感覚で求人を考えてしまうことがあります。
しかし、求人票では、年齢や性別の書き方にも注意が必要です。
募集・採用における年齢制限は、原則として禁止されています。
厚生労働省は、労働施策総合推進法により、事業主は募集・採用において年齢を理由とした制限を設けることを禁止しています。
また、男女雇用機会均等法は、募集・採用、配置・昇進等の雇用管理の各段階における性別を理由とする差別を禁止しています。
したがって、「若い方歓迎」「女性事務員募集」といった表現は避けるべきです。
必要なのは、年齢や性別ではありません。
実際に仕事をするために必要な能力です。
たとえば、次のように書きます。
電話対応ができる方
パソコンの基本操作ができる方 Excel・Wordへの入力ができる方 請求書作成や伝票整理の経験があれば尚可 長期勤務できる方歓迎
このように書けば、業務に必要な条件として伝えることができます。
求人票では、「どんな人がほしいか」を感覚で書くのではありません。
「どんな仕事をしてもらうために、どんな経験や能力が必要か」を書く必要があります。
求人票は、雇用契約書ではない
ここで注意したいことがあります。
求人票は重要ですが、求人票そのものが雇用契約書になるわけではありません。
ハローワークの求人票の末尾にも、「求人票は雇用契約書ではありません。採用時には必ず、書面により労働条件の明示を受けてください」と記載されています。
つまり、求人票で募集し、面接で条件を確認し、採用するときには、改めて労働条件通知書や雇用契約書で労働条件を明示する必要があります。
労働基準法第15条第1項は、使用者が労働契約の締結に際して、労働者に対して賃金、労働時間その他の労働条件を明示しなければならないと定めています。
求人票でよく見せて、採用時に違う条件を示す。
面接で話しただけで、書面に残さない。
勤務時間や業務範囲を曖昧にしたまま働き始める。こ
うした対応は、後のトラブルのもとになります。
求人票は入口です。
労働条件通知書・雇用契約書は、契約の確認です。
この二つをつなげて考えることが、採用時の労務管理では欠かせません。
求人票の書き方は、会社の姿勢を映す
求職者は、求人票を細かく見ています。
仕事内容が曖昧な会社なのか。
勤務時間がはっきりしている会社なのか。
賃金や手当が分かりやすい会社なのか。
労働保険と社会保険の説明が正確な会社なのか。
将来の変更可能性をきちんと書いている会社なのか。
求人票には、会社の姿勢が出ます。
「とにかく応募してもらえればよい」
「詳しいことは入ってから説明すればよい」
「多少曖昧でも、あとで何とかなる」
このような考え方で作った求人票は、採用後の不信感につながります。
反対に、仕事内容、勤務時間、賃金、固定残業代の有無、保険関係、繁忙期の対応を具体的に書いている求人票は、応募者に安心感を与えます。
もちろん、条件を正直に書けば、応募者が減ることもあります。
しかし、それは必ずしも悪いことではありません。
実態と合わない人を採用して、すぐに辞められる方が、会社にとっても本人にとっても負担が大きいからです。
求人票の目的は、できるだけ多くの人を集めることだけではありません。
その仕事を理解し、納得して働ける人と出会うことです。
今日の締めくくり
求人票は、単なる募集広告ではありません。
会社が、働く人に対して最初に示す労働条件の説明です。
そして、働く人が、その会社で働くかどうかを判断するための大切な資料です。
「一般事務」だけで済ませない。
「勤務時間応相談」だけにしない。
「社会保険完備」と曖昧に書かない。
年齢や性別で絞るのではなく、必要な経験や能力を書く。
仕事内容、勤務時間、賃金、加入保険、契約更新、変更の範囲を具体的に示す。
固定残業代を使う場合は、基本給、固定残業代の金額、対象となる時間数、超過分を追加で支払うことを明確にする。
こうした一つひとつの書き方が、採用後の信頼関係を左右します。
人材定着は、入社してから始まるものではありません。
求人票を作る段階から、すでに始まっています。
「入ってから違った」を防ぐこと。
会社と働く人が、労働条件を確認し、納得して働き始めること。
そのために求人票を整えること。
そこに、採用時の労務管理の役割があります。
今回の記事は以上です。
電子書籍『判断に迷う管理職のためのハラスメント対応論』を販売中です。また、マガジン「50代からのキャリア再設計」もあわせてご覧ください。
