ある日記「メロい」
「メロい」という言葉があると事務所ライブで教えてもらった。ニューヨークさんのYouTubeチャンネルで「メロい芸人ランキング」が発表され、話題なのだという。10000人以上の投票により決定されたというから、「メロい」が大きなムーブメントを引き起こしているのは間違いない。
ピクシブ百科事典によれば、「メロい」とはメロメロになることを意味するネットスラングだという。スラングであるということは定義として説明される以上の意味が含まれているし、ランキング動画を見れば「メロい」が驚くほど多様な視線を含んでいることがわかる。男性芸人に対する好意的で大きな感情が「メロい」に集約されている。
「メロい」とは抜け穴なのだと思う。ポリコレやコンプライアンスは「好き」という感情すら締め上げる。「好き」を発信すると、なぜだか「嫌い」な人も刺激し、内に秘めていた好意が「正しい」かどうかの議論の場に引きずり出されてしまう。本来、「好き」には大っぴらに言えるものから、こそこそと心の内であたためるもの、いけないとわかっていても爆発してしまうものまであるはずだ。千差万別の「好き」を「メロい」に押し込むことで、ポリコレやコンプライアンスからは語れないようになった。誰も正しく説明できなければ、誰も正しく批判できないのだ。
「メロい」から読み取れる表現の過剰さは、「メロい」をネタにしやすくしている。発信する側は、ふざけて使っている、敢えて使っている、という風に発言から距離を置くことができる。それでいて、心が溶けてしまいそうなくらい熱くなっている状況を伝えることもできる。
対して、芸人側は「メロがられたい」とはしゃぐこともできるし、「メロいってなんだよ気持ち悪い」と突き離すこともできる。肯定のスタンスを取れば、ある種の祭りに参加しているノリの良い人間だと主張でき、否定のスタンスを取れば、流行りに物申す鋭い人間だとアピールできる。「メロい」は乗りやすい船なのだ。
「メロい芸人ランキング」が成立したのも「メロい」の曖昧さに拠るところが大きい。この時代に「よしもと男前ブサイクランキング」のように直接的な表現をしたら、批判が集中することは目に見えている。それでも、視聴者投票のランキング自体はお笑い界にとって非常に有用なシステムだ。ランキングを作ることで階層が生まれ、上位の者たちは人気であることを誇示できるし、下位の者たちはイジられたり噛みついたりできる。さらに、ランキングは観客の視野を広げることができる。優勝者を知れば、最下位が気になるのは人の性分だ。
にわかに始まった「メロい」への熱狂だが、「メロい」の有用性は永遠に保たれるものではない。人は複雑さに耐えられなくなる生き物だ。しばらくすれば、「メロい」が意味することが五つくらいに分類され、その掛け合わせで大体が説明できるようになる。それほどメロくない人が自分もメロいと主張するようになって、「メロい」の純度は落ちる。やがて分類から漏れた例外が細々と議論されるようになる。底の浅い人々が「メロい」を軽々しく扱って、雑に扱われた様相が「メロい」の面白みを削っていくのだ。そして、「メロい」は一過性のものとして立ち消えていくか、「ヤバい」などと同じように使い勝手のいい言葉として定着するだろう。
「メロい」は観客主導で育てられ、膨らんできた受容のあり方だ。コントロールできない熱の高まりだ。だからこそどこまでも強い意味を持った。そんな「メロい」が芸人の手に渡った。芸人たちは「メロい」の言語化をしてゆく。始まってしまえば止めることはできない。「メロい」が説明できるものになったとき、同時に批判の対象にもなるだろう。我々はポリコレとコンプライアンスの時代に生きている。
この文章も言語化の一つだ。「メロい」のムーブメントに薪を焚べているのか、冷や水をぶっかけているのか自分では判断できない。しかし、せっかく始まった祭りなのだから、より多くの人に広まって、みんな気持ちよく踊れたらいいなと思っている。できれば「メロい」を面白がっていきたい。

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