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【五首連作】いなくなってしまったんです

歌人の東直子さんをお招きして、短歌連作について教えてもらうライブを開催しました。東さんをお呼びするのは歌壇について無知だからできることだと大久保八億に言われるので、これからも歌壇についてあまり勉強せず、作品としての短歌だけを見つめていこうと思います。

連作について何も知らないまま五首連作を作って、東さんに講評いただきました。親身になって授けてくださったコメントは自分とそのとき会場にいた皆様の胸に留めておくことにして、ここでは僕がどんなつもりで連作を作ったかを書き記しておきます。短歌について説明するなんて無粋な気もしますが、どうやら今の実力では言いたいことを歌えていないので、散文で言ってしまいたいのです。

題「いなくなってしまったんです」

 五首連作の主題は「自分という主体の失踪」についてでした。僕は場に合わせて生きてしまいがちです。それが「芸人」という肩書きに寄りかかることでアイデンティティを獲得した気になっていました。しかし、自分はいわゆる芸人の仕草を真似ていただけで、本質は違うところにあると気づいてから、自分の主体がどこにあるのかわからなくなりました。これが「自分という主体の失踪」です。自分探しの旅に出かけたら手元にある自分の手がかりも落としてしまった。そんな絶望を短歌にしようと思ったのです。

盗賊に生まれついたら人殺し、略奪、強姦やるだろう我

 僕は自分を「のほほんとした人間」だと思っています。でも、穏やかな気質は親や友人や妻に与えられたもので、自分の美徳は周囲の美徳の再分配にすぎないような気がしています。
 そんな僕がもし盗賊に生まれたら、あらゆる悪を何の疑いもなく遂行してしまうと思ったのです。僕の本質が再分配にあるのなら、悪すらこの世に撒き散らしてしまうでしょう。僕はこのことに思い至って絶望に似た感覚を覚えました。
 たとえ人間の素晴らしさを諦めずに探すとしても、残酷な前提に向き合いたい。そう思って作った一首です。自分が現在抱えていない、まだ抱えずに済んでいる悪への衝動も引き受けてみようというつもりでした。

情報が流れ上がってゆくうちにやがてどちらも悪いと思う

 「情報が流れ上がる」とはXのタイムラインを指しています。僕の「おすすめ」にはこの頃どんどんと政治的なポストが流れてきます。正直もううんざりしています。Xに求めるのは政治ではなく生活だからです。それでも、政治的なポストが流れてくると気になって見てしまって、出現する頻度が増えていくという悪循環に陥っています。
 Xでは一つのニュースをとっても相反する情報が矢継ぎ早に流れてきます。僕は冷静でいたいと思うあまり、どんなポストでも一定の嫌悪感を持って読んでしまいます。すると、政治に言及する行為そのものが悪に感じてくるのです。
 Xそのものを憎むように接していると、自分の意見を持つことすら嫌になります。こうしてまた主体は失踪してしまうのです。

賞味期限近いドグマで建っているビルが強めた風にはばまれ 

 世の中のビルはほとんどが建てられてから何年も経っています。もう使えなくなった理念やそろそろダメになる方針で支えられている会社によって建てられたものばかりです。
 対して、僕はよりよい自分を探すあまり主体を確立できずに道を歩いています。ビル風に吹かれれば前に進むにも難儀します。救いようないほど古いドグマでもビルを支えられるというのに、僕は歩くだけで右の膝が痛いのです。

LとM積まれた卵を見比べて安さの基準を問われてしまう

 スーパーに卵を買いに行くと、卵のサイズが複数あります。LサイズかMサイズです。Lサイズの卵の方が大きいので同じ10個入りのパックでもMサイズより高いです。このとき僕はどちらを買えばいいのかわからなくなります。どちらを買えばよりお得なのか計算できないのです。
 サイズが示す大きさを定量的に教えてくれたら問題は解決します。LサイズとMサイズがそれぞれ何グラムなのか表記してくれさえすればいいのです。しかし、値札にはサイズしか明記されません。せっかく暗算処理能力を鍛えてきたのに、計算すらさせてもらえず、どちらが安いのか、もっと言えば価値があるのか問われてしまうのです。
 定量的に考えられないとき、僕は自分の価値判断が数字に頼っていた事実に打ちのめされます。卵のパックすら自信を持って買えないのです。スーパーでは買うべきものが他にたくさんあります。僕は自分を見失ったまま次のコーナーへと進みます。

この頭蓋ブラウン管のテレビなら叩いて映るんですよ未来図

 先のことが本当にわからなくなってしまいました。脳みそはジャンクな情報のジャンクションに成り下がっています。それもこれも主体が失踪してしまったからです。
 もし頭蓋がブラウン管のテレビなら、ばんばん叩いて映像を復活させることができます。でも、いくら叩いても瞳には何も映りません。叩いたら番組を映すテレビと、故障もせずに脈絡のない情報を流すスマホでは、どちらが優れた文明の利器と言えるのでしょうか。僕にはもはや新しいことが素晴らしいことだと言い切ることができません。それでも悲しいかな、未来に希望を託して生きています。

まっっっっじでよい。

【短歌と小説】魔導書を古本屋には売らないで手放すときは必ず燃やして

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