ある日記「やりたい仕事」
僕は新書大好き芸人を名乗って活動している。新書とは文庫本より大きく、四六判より小さい、細長い本の大きさを示す規格の名前だ。大きささえ守ればどんな内容でも新書を名乗れる。僕が売れてなくとも芸人を名乗れているように、新書を名乗ることはほとんど自由にできる。
新書大好き芸人としての活動はかれこれ3年半くらいになる。コツコツと発信を続けていたおかげで、丸善ジュンク堂書店「新書の学校」のアンバサダーに就任させてもらった。これで新書大好き芸人を胸を張って名乗れるし、新書を用いた学校なんて自分の妄想かと思うくらい幸せな企画なので、身を粉にして広告していきたい。
そうやって僕の活動を評価してくれる人のおかげで、一つやりたい仕事を実現することができた。とある収録で会いたい人に会えて、話したい話ができたのだ。
ところが、やりたい仕事を終えて、なぜかとても空っぽな気持ちになった。燃え尽き症候群とも違う。おそらく実現の加速度に心身が置いてけぼりを喰らっているのだ。
そもそも、やりたい仕事ってほんとうにいつまで経ってもできないものだ。やりたいことなら自分の努力次第でいくらでも実現に近づけられる。それが仕事になると、自分以外の大人を何人も巻き込むことになるため、自分だけでもがいていても暖簾に腕押し状態になる。果てしなく遠いどこかにあって近づけないのがやりたい仕事というものなのだ。
それが実現するとなると、恐ろしいくらいテキパキと段取りが決められていく。なんせ仕事なのだ。仕事のできる人によって卒なく進められていく。今までの苦労が嘘のようにスイスイと決行の日を迎える。
そして、数時間ばかし仕事して、そのままさらりと解散だ。待ち望んでいた身からすればあっという間すぎて感慨を味わうこともできない。
しかし、やはりそれは仕事なのだ。ある一人にとってやりたかった夢の仕事だとしても、その他大勢にとってはただの仕事なのだ。もしかしたら面倒な早く片付けてしまいたい仕事である可能性もある。
やりたい仕事というのはあっという間に過ぎ去っていってしまうものなのだ。そして、仕事がすんと消えてなくなったことは、やりたい仕事をしっかり仕事としてこなせたことを意味するのだ。
これからも僕はやりたい仕事をただの仕事に変えていけるよう頑張りたいと思う。

【短歌と小説】食堂の化かされ麺はハマるけどあるとき急にもういいやって
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