人は、迷いから解放されたい
人は、騙されたいと思ってる?
いや。
これはちょっと、
大げさな言葉を使ってシマタ。
言い過ぎた。
でも、
いつも正しいことを聞きたいのかというと、
そういうことでもない気がする。
私は昔から、
なるべくニュートラルでいたいと思っていた。
人から意見を求められても、
「それはそれで、いいんだよ」
というスタンス。
それも、その人の世界だと思うし、
できるだけ相手の気持ちに寄り添いたい。
ぶっちゃけ、
否定はしたくない。
これは、私が抱えている
何かのブロックなのか?
いや、
100パー間違っていたら、
そりゃもちろん言うけども。
でも、
この世の中、
すべてをブラック・アンド・ホワイトでは語れない。
てか、
ほとんどがグレーなわけじゃん?
それも、
いろんなシェイドのグレーなわけよ。
白に近いものから、
限りなく黒に近いものまで。
だから、
非常に難しい。
自分の正解が、
人にとっての正解とは限らない。
たとえば私が、
「それは、ないな」
と感じたとしても、
その違和感はサラッと伝える程度にして、
あとは相手の可能性に全ベットする。
ずっと、
そんなスタイルを築いてきた。
これは逃げ?
八方美人なのか?
え?
最近、某YouTubeを見ていたら、
「ニュートラルな意見は、
かえって相手を迷わせることがある」
という趣旨の話をしていて、
「あ。それ、私じゃん」
と思ってしまった。
友達からは、
私は「スナフキン傾向」があるという、
非常に興味深い考察をいただいた。

必要なときに現れて、
少し離れた場所から言葉を渡し、
またスッと去っていく。
それは本当に、
私をうまく形容しているなと思ったし、
妙に納得したんだよ。
でも、
もう少しギュッと、
「私はこう思う」
「私なら、こっちを選ぶ」
と、自分の意見を強く伝えることも、
大事なのかもしれないな。
反対の立場に立ってみると、
人って、
誘惑されたいのよな。
あの手この手で、
言葉を巧みに使って、
「こっちだよ」
「これで大丈夫だよ」
と、納得させてもらいたい。
もちろん、
圧が強すぎる人を苦手に感じる人もいる。
でも一方で、
みんな、なんとなく
ガイダンスを求めている。
悩んでいるときって、
いちばんパワーを消耗するから。
右か左。
前か後ろ。
YESかNO。
逆方向のエネルギーが、
頭の中でずっとぶつかり合う。
そして最悪、
空中分解してジ・エンド。
決めることが、
いちばんしんどい。
だから、
誰かに決めてもらいたい。
その決断を、
相手に委ねてしまいたい。
この妙な、
やや無責任で、
全放り投げ的な欲求は、
いったい、どこから来るのだろう。
人は、
騙されたいというよりも、
ただ、
「あなたは、こっちだよ」
「これを信じて進めばいい」
と、誰かに言い切ってもらいたい。
何かを信じて、
迷わず突き進みたい。
迷いから、
解放されたいのだな。
正しい答えが欲しいというより、
「それで大丈夫」
「もう迷わなくていい」
と、強く言い切ってほしい。
脳って、
ほんとレイジーなんだよ。
考え続けるより、
誰かの強い言葉に乗っかって、
安心したいということか。
それは、
良いのか悪いのか。
でも、
人は正論では動かないのだな。
そうだとしたら、
「正しさ」に、
いったい何の意味があるのだろう。
人は、
正しさそのものが欲しいのではなくて、
自分が納得できる言葉で、
迷いの外まで
連れ出してほしいのだ。
あなたも?
私も?
みんな、そう?
そういうもの?
あぁ。
頭の中まで熱い夏。
【おしまい】
