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18きっぷ初心旅〜日本のくびれ部は難しい〜

どうも。ひさびさの旅日記です。プロフィール欄に「食・旅・文章」推し人物であるかのように自己紹介を書いているのに、旅日記はひさしぶり、というのも書きかけが4個くらいあるからです。奄美大島とか台湾とか栃木とか。これらは完成しそうにありません。

ところで、私がnoteやsnsで発信する理由というのはふたつあって、ひとつは離れて暮らす友人たちに、自分の日常を「ねえねえこんなことあったんだよ〜」という感じで話したいということ。もうひとつは、離れて暮らすある一人の旧友に「こんなことあったんだよ〜」と話したいということ。同じじゃん、という感じですが、私の中ではこれは二つに分かれています。文章って、読んでほしい人を想像しながら書くといいっていうし。

今回こそは、彼女に伝えるために、旅日記を完成させたい……!
というわけで脇目も振らず、アルコールを摂取して駆動を強めにして(おいおい)、今から30分で書き上げて21時にはもう寝ようと思います。旅疲れが抜けきってないので。

***


移動経路

名所名所を紹介する時系列日記は他にもたくさんあるので、時系列は簡潔に。「18きっぷ」で行った「格安旅」がどんなだったか、かかった費用と時間を解説します。

二泊三日の予定で、第一日目に長野県上田市を10時前に出発。本当は8時台の電車に乗ろうとしていたけれどギリギリになってしまい「休みの日に、好きで旅行するのに、あせあせして、ぜんぜん楽しくない」と思いなおして電車を遅らせた。

第一の関門「しなの鉄道」は18きっぷが使えません。篠ノ井でJR線に乗り換え、ここで18きっぷを買います。3日間10,000円。前は3日連続でなくてもよかったんだって?

向かう先は「関」駅。目的地は「奈良」なんだけど、18きっぷは特急に乗れないので、時間に余裕をもって着けるのが関くらいかなあ、とここに宿を決めた。2泊とも同じ宿に泊まり、2日目を丸一日使って奈良まで往復、観光する予定。
関は、東海道の宿場町だった歴史もあるので、面白いものがあるはず。江戸の街道事情に目覚めてから、旅行地も宿場町ならなんとなく面白いものがあると読めるようになった。

つぎの関門「塩尻」。松本の南に位置し、大都市松本の影に隠れるようで現代ではあまり有名でもないけれど、鉄道事情はぜんぜんちがって、ここはすごい駅。なぜならここは、中央東線・中央西線の結節点。新宿からも名古屋からも一本でこれてしまうのだ。
そして江戸時代は中山道「塩尻宿」でもあった街。
塩尻はワインの産地で、駅ナカに小洒落たワインバーがある。念願かなって今回初めて寄ることができた。電車待ち酒というのも、旅の乙を感じる。
ここから鉄道は、難所「木曽路」に入る。

第三の関門「木曽路」。しっかり酔い止めを飲んで、すっきりするレモン飲料を買って、乗り込む。「特急しなの」に以前乗って、そのスピードとカーブの具合と、車両のタバコ臭みたいなものにやられまくった散々な思い出がある。
しかししかし、酔い止めがきいたのだろうか、車両が新しいからだろうか、今回はまったく酔う気配もなく、本も読めて、木曽路の出口、中津川にたどりつけた。
後から考えてみるに、これは、特急ではなく普通列車だったから乗り物酔いも弱かったのでは。

そうそう、本ですよ本。常時金欠の学生じゃあるまいし、特急で奈良までばーっと行って現地で十分に遊んでばーっと帰ってくりゃいいじゃない、と大人たちは思うかもしれない。今回の旅の目的は、奈良に行きたい以外にもうひとつ、「奴隷合宿」というものがある。
「奴隷合宿」というのは、ゆる言語学ラジオの水野さんが提唱している、「インプット奴隷のための合宿」である。とにかく本を読んでインプットする時間を捻出するため、移動中も宿の中でもひたすら本を読む、という合宿。合宿っていうか、一人でやるんだけど。私はこの方式で、前回栃木の足利までいってかなりの積読消化を得た。
にしても「奴隷」ってなんだかな、と最近は思いはじめている。「ほんたび」とか「読書旅」とか、もっと自己主体なネーミングにしたい。ネーミング募集。
というわけで、移動中も本を読むので、目的地に早く着くことは重要でなく、むしろ乗り換え少なく、腰を落ち着けて読める移動手段が望ましいのである。

中津川で多治見行きに乗り換え(たっけな)。多治見はいわずとしれた陶器の産地。陶芸教室に通う身としては非常に後ろ髪を引かれる思いだったのだが、夜までに関につけなければ事である。ここは途中下車を断念。
といっても実は駅構内だけ途中下車した。なんと「米粉ワッフル」のお店が改札に出店していたのだ!!! 小麦不耐の私は、グルテンフリーのものを見つけると目の色が変わって、買う!モードにギュインと変身する。しっとり、どっしりのワッフルで、ブルーベリーソースとチーズソースの相性もばつぐん。木曽路通過の褒美となそう。多治見を出発する前の電車内でぱくり。

多治見から美濃太田までは「太多線」。どっちも似たような漢字、重ねてきたわね。そこからこれまたJR線を外れて「長良川鉄道」。ふむふむ、川沿いをいくのかしら。しかしこの予想は外れて、関駅までずっと住宅街っぽい線路だった。

17時、日は傾きかけているものの、無事に関についた。ホームの看板を見る。「刃物の街」そうかあ、刃物が昔からつくられていたのか、鉄鉱石とかが取れるのかもしれない。
それにしても、とGoogleマップを見ながら思った。事前に調べたときと線路の向きがちがう気がする。線路は東西に走っていた気がするけれど、ここはなんか南北だなあ。街のかたちも記憶にあわないなあ……

***

間違えました、駅。
ここは岐阜県関市の「関駅」。私が行こうとしていたのは三重県亀山市「関駅」です。焦って電話をした宿の店主に「2年に1人はいる」と笑われ、駅員さんには「今乗ってきたところじゃないの」という感じで不思議がられ、弁解したらまた笑われ、名鉄や近鉄など18きっぷが使えないJR外の電車を乗り継いで、三重県の関にたどりついたのは20時半。もう本を開こうという意欲すら消えて、ぼーっと電車に揺られてました。
けどこんなシチュエーションでも、最適の本を持っていっていたあたり、選書の心眼は鍛えられているようです。後述。

帰ってからもさんざん色んな人に笑われましたけれども、ひとつ弁解したいことは、県を意識しないと、当然こうなる、長野県民のあなただってきっとこうなる、と思ったのだ。
というのも、私は宿をとった三重県の関宿のことを「三重県」だと認識していなかったのである。同じ駅名だったら「美濃太田」とか「甲斐大泉」のように、駅名に補足がつくことが常である。それで人々が間違えないようにしている。そのはずだ、と思い込んで「関」一文字の駅だったらまちがいない、とナビタイムを検索したとき深く考えず、いちばん最初に出てきた岐阜県関駅に向かってしまった。ナビタイム的にも、現在地から近い方を案内したのだろうね。
「や、東海道ってわかってただろ」と言われればそうですが、じゃあ東海道が岐阜県を通ってないって断言できるかい? ちょっと今考えてみてくださいよ。そして地図をおもむろに開いてみたらいいじゃないですか。ね、ギリギリの線でしょ。
と言い訳してみていますが、ええ、間違えました私。

電車に長時間乗った疲れというよりも、気が急いた気疲れのほうが重くのしかかって、宿について早々21時には布団に倒れ込む。真っ暗ななか駅についたので、最初はわからなかったのだが、朝になって宿を出てみると、見事も見事。そこには江戸時代の長大な宿場町が再現されていて、すばらしかった。早朝ランニング、どこまで走ってもずっと町場が続いている。

二日目は関から関西本線にのり、京都府の加茂駅、乗り換えてそこから奈良駅。ほんとうの目的地は奈良県橿原市にあったのだが、奈良駅周辺がたのしくなってしまったので足止めをくらい、もう橿原に行くのはやめにしてのんびり街散策しました。
奈良から関に戻る。この日はJR線にしか乗っていないので運賃かかっていません。18きっぷのいいところって、どこまでも行けるというよりか、きままに途中下車できるところがメインかもな。100キロ超きっぷも途中下車できるけど、ルート固定されちゃうし。

三日目は関から名古屋・長野方面へ戻っていくルート。今度は岐阜県関市を通らなくていいので、往路よりすこし時間に余裕あるかもしれないぞ、途中どこに寄ろう、とちょっとわくわく(能天気)。上田直前のしなの鉄道以外はすべてJR線。正しい路線なら、ほとんどを18きっぷで踏破できたのだった。
帰る道中、関西圏でどこか一箇所でいいからぶらり途中下車したいなあ、と思って寄ったのは、三重県「桑名駅」。ここはここで発見があった。帰宅後、三重県出身の友人に「桑名なんて行ったことない」って言われたけど、私は好きです桑名。
名古屋駅を横目に通過せねばならないのは、時間のなさが残念。もちろん、奈良から足をのばして大阪や京都にも行きたかったなあ。
そしてこれまた酔い止めを飲んで木曽路を越え、篠ノ井を通過し、上田へと無事帰ってきました。帰宅時間20時。翌日の仕事のことを考えると……なんて、旅人はそういうこと考えちゃいけません。


移動と経費の総括

・JR線13,000円分(途中下車を含まず)
・私鉄3,500円位(岐阜県関駅に行ったせいでかかった私鉄運賃2,000円超え。18きっぷの金額的利点は勉強代で回収された。)
・乗車時間 計22時間
・持っていった本6冊、読了1冊
・運賃以外の費用 食9,500円 宿7,000円 お土産6,000円

しめて約3.5万円の旅路でした。あーたのしかった。電車まちがえたけど、電車まちがえなかったら乗り換えもなかったから、米粉ワッフル食べてないもんね。ありがとう、2つの関駅さん。


なにが残念だったか

この電車に乗って、この店に寄って、宿のなかはこんな感じで……という観光紹介の日記は、前述のとおりですが世間にたくさんあるので、私は旅のできごとを「残念だったこと」「いちばん楽しかったこと」のふたつに分けて、要約的に紹介します。簡潔に、は難しいかもしれないけれど。

米粉カフェでおしゃべりできなかった
「積読消化!」にかこつけて、米粉パンを食べに旅行している感が、さいきんの私にはある。足利に「奴隷合宿」に行ったときもまずはパン屋に直行だった。
奈良にある米粉カフェは、お世話になっている佐久のカフェの店主に、ずいぶん前に教えてもらっていた。「ひとつのカフェを目的に、関西まで旅をする」というのは、なんだか気が引ける。わかる? 「それのためだけにいくの〜?」みたいな空気が漂う。しかし小麦不耐の私にとって、小麦以外のパンは貴重だ。米粉お菓子は素人がささっと作ってもなんらか形になるが、パンはそうはいかない。パンは、もっちりしたグルテンが命。
このカフェでは豪華なオープントーストとお茶をいただいた。残念なことに胃の容量は決まっている。本当は全メニュー食べたかった。
そしてこの日、スタッフさんはワンオペでとても忙しそうにしており、話しかけにくい空気もあった。私自身もカフェで働いているので、知り合いの人などが繁忙時に来ると「ももも申し訳ない!」と心でつぶやきながら、最低限の言葉だけ交わしている。
でもさこれ、私の心の弱い部分でもあるなあと思う。10時間以上かけてあなたの所の米粉パンを食べにきましたと、話しかければよかった。注文は立て込んでいるようだったけれど、1分話したとして、1分を待てないお客さんなんかそうそういないのだ。それより、そのスタッフさんの言葉を聞いてきたほうが、よか、よかったんじゃ……答えは出そうにない。

ボロネーゼトースト
なんと弊社VBのノートを使ってくれていた!

関まちがい
もう言い訳のしようがない。けれどまあ、これで今後二度と間違えないようになったわけだし、その移動の3時間を、今後もし同じ方面に行くことがあったなら、3時間余裕をもって旅ができるということだし。
「岐阜県の関もおもしろいよ」というご意見も後日いただいた。旅の候補地がひとつ増えたわけですし。

橿原の本たちの激励ができなかった
本当のことを話しますとね。奈良県橿原市におおきな無印良品ができ、そこに本を置く仕事を、私、していたのですよ。本を置くっていうか、置く本をえらぶね。「橿原のMUJIに本を送る」という指令だけきいて、具体的なイメージもわかずひたすら本だけ一冊一冊拾っていったわけですけれど、彼ら本たちがいまどんなふうにお店にいるのか、知りたかった。
彼らは、廃棄予定の本たちだったのだ。手間をかけて拾って、集めて、車に乗せて……そうしたら廃棄されない。そんなことってある?(ま、あるんだけれども) ちょっと悲しい話だな、と思う。適材適所至上主義、適材適所外なら生きることもできない。がさーっと集められて溶かされて、トレペとかになる。ノートになれる人も中にはいるけどさ。「世の中そういうもんだよ」で片付けたくない。
また機会があれば、見にいきます。君たちの輝くすがたを見たいから。

温泉も銭湯も行けなかった
宿にお風呂がなかったのは、私にとってはとてもきびしかった。疲れは温泉で癒す、と長野県民は思ってしまう。ふつうにそこらに温泉があるからね。毎日行く人も多い。
宿にはシャワーがあって、それを使った。暖かな気候が非常にありがたい。車旅だったら10分くらい先に日帰り温泉もあったようだが、電車旅の弱みだ。

本ほぼ未読了
それでいいの!? 一から百まで読みこなすことが本の価値ではないように、私はさいきん思い始めた。おいしいとこ取りでいいんじゃないか。だって、読みたい本は本当に無数にあって、それというのも出版量が多いからなのです。
そして、それだけ面白いことを考えている人が多いからなのです。
けれどちょっと「ダメかな……」とも思う。資源の無駄っていうか、申し訳なさっていうか。米の表面を磨きに磨いて純米大吟醸を作るような矛盾を感じる。世界のすべてを飲みこんでこそ、世界に生きる生命体、というほどアーシーには生きていないんだけどね。
それでも、人間は現実に、合理的に存在することはできない。お母さんから生まれたら、人々を震撼させるほどの雷のような声でギャン泣きして周囲にストレスを撒き散らすし、苦手だったり量が多かったりして食べきれない給食もあるし、電気もガスも使って大気を汚すし、大吟醸も飲むし、衛生用品は使い捨てタイプが楽だし。生きていれば反エコロジカルでしか居れない。
だからって生きるのをやめる? そんなわけないでしょ。だからペイフォワードみたいな感じで、私が汚してしまった資源の分、ほかのところで資源を再生させて、別の活動で取り返す。私の分は、他の人が取り返してくれる。それが理想。それが健全なように思う。

和菓子屋さんの奥さんつっけんどんだった
奈良のとある和菓子やさんの看板に、変わった名前のお菓子があったから入店して「これなんですか?」「生姜を使ったお菓子です」「小麦入ってますか」「もちろん」「もなかは入っていないですか」裏の成分表示を示して「どうぞ確認してください」
220円のもなかを買ってすぐ店を出た。
京都の「阿闍梨餅」というのを去年、お土産でもらって、一見すると小麦を焼いた小さなどら焼きみたいな姿なんだけど、なんと米の粉でできているんだよね。生姜のやつ、これに似ていた。これだったらよかったなー。京都近かったけど、今回の旅では出会えなかった。あじゃり、あじゃり……

抗いがたい眠気
帰りの木曽路では本当に真の眠気が襲ってきて、本どころではなかったなあ。隣のにーちゃんもぐーぐー寝ていた。読んでない本まだたくさんあるのに……! しかし勝てないので寝る。電車にゆられて惰眠をむさぼる、これって人生における最大の幸福のひとつに数えていいと思う。
木曽路、なぜかいつも欧米の観光客であふれている。馬籠宿とか妻籠宿なんかが、古き良き日本を感じとれる絶好のスポットになっているんだろう。それにしても特定しすぎじゃね? ここ以外にもあるのに……もしかして、本当にないのかなあ。

コンビニおにぎり
一日目の夕飯、宿の近くの飲み屋にでも行こうと思っていたのにこの失態でしょ。しかたなく乗り換えの数分でぱぱっとキオスクに寄っておにぎりを買った。かーっ、旅行中にコンビニおにぎりかよー。
あとになってよくみたら2つ買ったうちひとつは「大きめおにぎり」と記載があって、本当に大きかった。2.5個くらいの分量食べた。夜も遅くなってきた電車は、帰宅の人がまばらに座っているばかり。
けれどお腹がすいたときのおにぎりって、やはりこれも最高のグルメよね。具は味玉。電車で食べる。最高のグルメ。

古刹も古墳も寄らず
奈良の米粉カフェによって、もちろん橿原にも行って、という計画だったので、まさか奈良の街中の雑貨やさんやお土産やさんに時間を使うとは思っていなかったのだが、歩きはじめるとやたらと楽しくなってしまって、計画遂行を一瞬であきらめたよね。こういう街歩きは奈良でなくても、近場の長野市や東京でもできるから、「奈良ならでは」のことにはあまり時間を使うことができなかった。
けれど、べつにそれでもいいか、という気もする。旅といったら、名所を回るとか、地のものを食べるとか、そうでなくては価値がない、という考えに偏りがちだけれど、その瞬間に出会った物や食は、日本列島をみわたせばありふれた物でも、私の人生においては「ここでしか出会わなかった」であろう物にちがいない。
目の前に、最高の物がおかれている。これは、数キロ足を伸ばして食べる地魚より、リアルで運命的だ。

畠山雄介氏の手によるうつわ

長野に戻ったら激寒
帰路、木曽路を越えて塩尻から篠ノ井までつづく篠ノ井線は「聖高原」を通過する。しらべてみると標高600メートル台なので、小諸の市街地よりも低い場所なのだが、山深いという意味では寒冷だ。一駅ごと開く電車の扉がうらめしい……
と思ったら上田も寒いじゃん! なんと旅の最終日、寒波が押し寄せていた。温暖な関西方面を旅し、春の気配を感じ、家にかえったらあっちも春が始まってるだろうなあ、と予期していた私の絶望たるや。もうちょっと、もうちょっと耐えよう。芽吹はすぐそこだ。

酵母たちよ……
3月から育てている天然酵母。空気に触れさせるために毎日ビンを開け閉めしているのだが、2泊3日のあいだそれができない。なか日は完全密封になってしまう。狗肉の策として、一部は自分でつくった玄米粉のなかで冷蔵培養するとし、残った母体は腐敗をふせぐため水を足して空気層を少なくし、こちらもまた冷蔵。
帰宅後、確認すると、玄米のほうはぷくぷくと元気に空気を放出していた。カスピ海ヨーグルトのような粘りもつき、味もへんじゃないので腐敗もさけられたようだ。
問題は母体のビンで、強炭酸かよというくらいシュワシュワ元気にしていたのが、まったく元気を失っている。水が合わなかったのだろうか(最初から水道水だったけど)、それとも冷蔵庫は寒すぎたかい? 数日して林檎を足す。現在、少しだけ炭酸をとりもどしつつある。

宿の洗面台が壊れていた
宿にお風呂がなくシャワーだけのうえ、洗面台は昨日こわれたところ、とのこと。トイレ出たとこのちいさな洗面台には、人生でいちばんよく目にしてきたであろう、まんなかに青い丸が貼ってあって三方に伸びた形のちいさな蛇口。ここで毎日の洗面ごとをすべて行うのはきついなあ、しかも屋外。
この宿、本当に関宿に昔からある建物を改装していて、土間の様子や、外にトイレがある感じは、明治そのもの(いや、明治か? 大正か? 昭和だろうか)。数年前まで医院をやっていたものを改装し、ゲストハウスになって16年が経つ。
宿のご夫婦もまた旅人レベルが高め。全国を旅する途中でこの土地のオーナーに見込まれ、宿の主となった。おもしろい話をいろいろ聞かせてもらった。
うちのアパートの洗面は、お湯をひねってからしばらく水が出続けるのだが、旅から帰ったあとはそれもまったく気にならず顔を洗えるようになった。うちの洗面は屋内だし、待てばお湯も出るので、とても恵まれている。

国道1号の歩道は草ぼーぼー
関駅から関宿まで10分もかからず歩ける。ただし現在の国道1号つまり東海道と、線路とがある土地と、かつての宿場町がある土地とはかなり標高差があり、上り坂である。
二日目は、しばらく国道1号を歩いてから宿場のほうへ登ろうと、車道わきを歩いてみると、地方にありがちな惨状、草だらけである。白のガードレール一枚を隔てて、大型トラックがびゅんびゅん風を起こして過ぎさる。おまけに暗がりで、湧き水だか何水だかしらないが水たまりにもはまりかけた。
そう、歩くための大街道は絶滅危惧種だ。江戸時代の東海道なんか、ほとんど歩く人だったのに。
しかし一歩一歩、足元をたしかめて歩けば、なんということもない。去年の今頃は奄美大島で同じようなことをやっていた。暗くなりかけの国道を、道の脇にガードレールなんかなくて、観光客のパリピ車がスピードをあげびゅんびゅん通過し、歩道を示す白線は草に埋めつくされほぼ見えない。バス停まで2時間あるとマップが言う(バスの時間までずいぶんあったので、次のバス停まで歩けるかなーと思慮なく歩きだす自分がアホなのだが)。
そして、三重県にはハブに遭遇する恐れがない。
けれど、カクンと欠けた防波堤からガラスのように透明な海が間近に見えたときのすがすがしさは、歩かなきゃわからなかったよなあ。奄美大島の旅日記、頑張ってまた書きだそうかな……

宿場の街道筋に近づくと、街灯が現れる


なにがいちばん楽しかったか

英語表現で「One of the best trip in my life !(私の人生のなかで、いちばんよかった旅の一つ!)」とかって言うじゃない? これを習った中学のときから、私はずっと疑問だ。それは「いちばんなのに、なんでたくさんあるの? ほんとの一番は一個じゃないの?」ということだ。
けどまあ、世の中なんでも割り切れることばかりじゃないしな。良いことはなんぼあっても良いしな。

ダラダラ怠惰な行いをした(橿原やめた)
橿原に用があったのに、橿原に行かなかったのは前述のとおりです。
この「きっぱり計画をあきらめて変える」というのは、一部の性格の人にとっては、ある程度歳を重ねスキルを積まないとできない芸当のような気がする。私はできないタイプだったのだが、もうすぐ四十路、ほれこのとおり、最重要と思われる用事すらもぶっちぎって、ビールを飲んできた。
橿原いちばん重要、って思っていたけれど、たぶんこれはいちばん重要じゃなくて「いちばんの入り口」、きっかけだったんじゃないかと、振り返ってみればそう思う。なんでもいいから、なにか目じるしが必要なのだ。真っ白な壁って、見つづけることが案外できなくて、集中がとぶよね。私、もらいものの鳥のステッカーを壁に貼っているんだけど、そうすると今度はそこばかりに目がいく。見ようと思っていなくとも。そのくらい、なにかをするときには「目じるし」がとても大事で、そのなにかを実行に移してしまえば、目じるしは重要じゃない、むしろ早い段階で手放したほうが、本当に大事なことに集中できる。
こうやって、大切なものをシフト、シフト、シフトしていって、その総体がこのような旅の記録となって立ちあらわれる。旅行中は「この旅はすごいぞ」とか、全体的なこと考えないのが正解よ。

ワインで昼飲み
べつに何時にお酒飲んだっていいと思うんだけど、車社会にどっぷり浸かった地方生活をしていると、文句を言うお年寄りの目とかじゃなくて、車事情がそれを許さない。鉄旅の醍醐味よ。
塩尻はワインの産地で有名、駅まわりのお土産屋さんも全力ワイン推し。
出立して2時間たらずで最初の目的地、塩尻エキナカのワインバー。入ってみれば、実はコーヒーもやっていて、車のときにも今度から寄りたい。
昼飲みのもうひとつ良いところは、明るいとやはり料理を見る目の解像度が高いな、って点。おいしさは、視覚からも強く入ってくる。前の職場で、お昼休憩に電気消すの、お弁当がよく見えなくて、ほんと悲しかったんだよね。

テイスティングセット1,000円

積読が進んだ(!?)
積読は、進んだ。両方の意味で取れる言葉、ときどきあるよね。
積読はだいぶ進みました。だってこの旅に持っていく本、あらたに買ってしまったもん。出発前に積んである本がほとんど大きくて重い本ばっかりだったから。
けれど旅に6冊ばばっと持っていって、1冊終わったら次の本、とはせず、その場その場、乗り換え乗り換えでちがう本を手にとっていくとすごく楽しい。いつでも開きはじめのワクワクを感じ、これっと本を手にした瞬間の興奮がよみがえる。本の読みどきって、この興奮、興味の湧きぐあい、この瞬間に限る。本棚に積んでしまったが最後、それは「置物」みたいな顔に変わって、読んで知識を吸収する対象じゃなくなってきちゃう。

「その本、すきなのー?」
間違った電車に、そうとは知らず揺られているとき、ほっぺにひげを生やした女の子が向かいに座ってきた。名前をはっちゃんといった。今朝、おかあさんのアイブローを借りて猫ひげを描いてみたものの、気に入らなくて、上からピンクのマジックで再度描いたのだという。
私はこのとき『木洩れ日に泳ぐ魚』を読みかけていた。ちょうど、話の状況の変化のなさに飽きてきているところだった。
「その本、すきなのー?」
はっちゃんにそう聞かれて、えっ、と思った。
恩田陸は、偶然手に取った本ではなく、私が前々からこの旅に持っていこうと意図して買った唯一の作家だ。高校時代にとても好きになって『ネバーランド』や『麦の海に沈む果実』は、今でもシーンを、その色あいを脳裏に浮かび上がらせられる。
大人になってから離れていて、あの興奮をもういちど味わいたくて、読み始めた。まだ途中だから、わからないけれど、もしかしたら私はその興奮を、もう一生涯得ることはできないかもしれない。あれは若い私の神経回路が機能してはじめて立ちあらわれる幻想だったかもしれない。
私は、この本、好きなんだろうか……。
はっちゃんくらいの歳のころだったら、旅に持っていく本というのは、読んだことがあって、好きでもう何度も読み返していて、それでもまだ読みたりなくて旅にまで持ってくる、くらいの本だろう。
好きって、そういうことなのかな。私は「◯◯が好きな自分」を好きなだけかもしれない。

川と建物をたくさん眺めた
本を読む旅でいちばん苦しい思いをするのは、車窓をながめていられないことだ。自分を律して、窓に目を向けないようにする。ちらっとはいいけれど、読む分量と引き換えになっていることを、お忘れなきよう……。けれどなんの制約もなかったら、私はたぶん車窓をずっと見ている。山手線とか、乗り慣れた電車でも、都会の電車でも、住宅街の電車でも、見ていられる。
とくに建物は、立体の姿の連なりが、見ていてとても楽しい。見飽きない。夕暮れ時の、窓にあたたかな灯りがついたビルなんかは、本当によい。日本家屋の玄関のあかりがついているのもとても味わい深い。
そこでどんな暮らしがあるのか、どんなドラマが、温かみと幸福があるのか、想像するのが好きなのだ。それが、自然物とはちがって、三角だったり四角だったりきちっとした「建物」という造形のなかで、小箱のようなものの中で生じていると思うと。そこに、箱庭的な面白さを感じる。

奈良へ向かう朝の線路。シンプルだけど大きな関駅舎。

歩き疲れたらビアスタンドへ
酒もまた、本とは相容れない存在である。アルコールは脳機能を低下させ、文章読解力は散漫になる。私は酒が入るとよく喋るようになるのだが、それだって脳機能が低下したせいで余計な思慮をせず思ったことはどんどん口にできるようになるからだと思う。
クラフトビールが好きでインスタグラムはその記録のみに使っているほどなのが、この1年ばかり、だいぶビールとは距離を置いていた。なんとなく「上が見えた」感があったのだ。日本各地、世界のものも手に入れば端から飲んでみて、私の好みの場合「これを選べば間違いないな」というのがわかってきた。わかってきたとたん、興味が失せてしまった。
今はワインに傾倒している。ビールのおかげで、嗅覚と味覚が鍛えられた頃に偶然飲んだワインが、この世のものかと疑うほど美味しくて、ワインの奥深さに目覚めたのだ。
私の個人的事情はさておいて、今でも国内クラフトビールの進撃は快調のようで、旅をすれば行く先々でご当地の、しかも旗揚げ後まもないブルワリーに出くわす。旅行中はあくまで自由時間、飲みたくなったら即飲むこと。奈良では運よく、現地ブルワリーの直営店の前をとおりかかった。その店の入り口は私をひょいと吸い込んだ。
上質なビールはけっしてグビグビ飲んではいけない。色をみて、香りと炭酸をたしかめて、舌先にゆっくり乗せて、けれど奈良の街を一日歩きまわって疲れた身には、グビグビとビールが染みこんでくる。くはーうまい! 上が見えたって何よ? うまいと思ったその瞬間が、優勝なんでしょうが!
こういう「思慮に欠けた、羽目外しの、祝祭的な」体験こそが、ビールの醍醐味だと思っている。

まばゆい色あいもビールの楽しみ

宿場町の風情〜東海道 関宿〜
ふだん生活する地域は、江戸の五街道のなかでも中山道、その追分である北国街道に近いため、東海道はどうも「遠い地」といったイメージを持っている。海沿いを行っていて、現代は道路から新幹線まであらゆる交通手段が通過していて、大都市をたくさん通過して、うんぬん。長野の山奥とは事情がちがうよなあ、というイメージ。
しかしながら関宿の雰囲気は山っぽくもあった。海見えないし。東海道を感じたのは、この宿場町の長さ。すごく長い。延々と続く。それは輸送物資の多さを反映していただろう。そして連綿と続くこの町屋の多くには、今も居住者が暮らしている。そのせいで商店街と化しておらず、見かけ倒しの過度な観光地となっていないのがすごく良かった。
宿の主人によると、このあたりも高齢化が進んだり、次世代に継ぐ人がいなかったりなど課題は多くあるようだが、その課題感、いろんな地域で言われていて、言っているお互いは「そうですよね〜」と共感しているけれど、現状をつぶさに見れば、状況はだいぶ違うなあと感じた。住民が生活しつつ、これだけ全体的に整った街並みを形成できているのは、やはり財力が高めなのだと想像する。
東海道が400年以上積み上げてきたものが、人口減少の時代のさなかにあるこの街を救っているような。

早起きできたのも良かった。2泊したのに
見物できたのは早朝だけ。

旅における米粉との出会い
小麦が食べられなくなって、5年くらいが経つ。
米粉を使って小麦のパンやお菓子のごとく作られた食べ物は、ここのところ急激に増えてきている気がする。かくいう私だって、米粉のおやつを職場で作っている。
そして増えてきたのは、米粉製品や、豆やタピオカなどの代用粉製品だけではない。「おいしい米粉製品」が増えた。私のアンテナが高くなっただけかもしれないが。こういう、小麦に引けをとらない米粉製品に出会うと、心のそこから快哉がわく。小麦製品に似ているけれど小麦よりは美味しくない、では満足しない。「やば、米粉のほうが美味しくない!?」という言葉を背負って日々生きている。
小麦は歴史上、世界人口の多くが依存していたことから品種改良が進み、生産量は伸びたが、それに伴う遺伝子改良や必要な化学肥料などが悪影響を及ぼし、現在は「小麦=体にやさしくない食べ物」という潮流を起こしているらしい。「グルテンフリーめっちゃ体調いい」と有名人が言うたびに、グルテンフリー勢が増え、市場が広がるわけだ。
しかしながら私は、この現象に疑問を感じる。「日本は米文化だから、小麦が体質に合わない人が多い」という言説があるが、そもそも小麦という植物は中央アジアが発祥の地だという。それだったらヨーロッパだって日本だって、共に、そうそう近所でもない。日本では米が優勢であったものの、弥生時代から小麦も栽培されていた。そしてなにより「ずっと小麦のお世話になってきたじゃん!」だ。覚えていないのか、あのホットケーキのぽてっとした美味しさを、空腹時にほおばるたこ焼きの熱さを……! この間、ずっと小麦を食べてきた私たちが、急に体調悪くなるわけがない。「昨日、小麦食べちゃったから、なんか体重くって〜」って本当かよ、と心の中で小声でつぶやく。
私は完全にお腹壊れるけど。

ブルーベリーとチーズクリームの分厚いワッフル

朝の純喫茶
奈良に出発する日、朝ごはんは準備していなかった。宿は素泊まりだがキッチンは自由に使うことができる。とはいえ前日の「関まちがい騒動」があったので、スーパーに寄ることもできなかった。
朝を抜かして奈良でランチをたらふく食べるでもいいな〜と思いながら、関駅で電車を待っているあいだ、近くに喫茶店が早朝もう開店していることが判明。年経たお店のたたずまいから、まあまずモーニングは小麦パンのトーストだろうと踏んでいたものの、コーヒーだけでもとドアを開けた。
テーブル席で、地元のおじさんたちが大きな声で話している。電動自転車の話題、とても面白い、と聞き耳をたてながらカウンターへ。マスターに小麦不耐を説明し、「トーストなしでいいので」とモーニングとコーヒーを注文。旅行中の生野菜と卵ほどありがたいものはないのに、そのうえ果物までついている! なんという幸せ。本日最初の本を取り出して読む。コーヒーが入るとやはり進みがよい。
電車の時間に合わせて席を立つと、トーストの分を50円、おまけしてくれた。心がほっこりとあたたまる。また来よう、この店へ。
出発までたった30分の出来事だ。

モーニング(トーストなし)とホットのダッチコーヒー(水出しコーヒー)

朝のおにぎり屋
関から上田へもどる帰路もまた、朝食は考えていなかった。とにかく桑名に降り立ちたかったので、宿を出発し、即乗車、1時間くらい揺られながら本を読む。
桑名になぜ行こうと思ったか、それがどうもよく思い出せない。行きに通りかかった印象がなんとなく「街、大きそう…」だったような。四日市だって名古屋だって詳しくはなく興味深いけど、桑名を選ぶ。
本当になにも知らない街なので、観光案内所に直行。地図をもらうとここは東海道「桑名宿」のあった地だった。ついでに朝食のできるお店を尋ねたが、受付のおじさんはどうして、相手が女性とみるやパンとかエスプレッソとか東京からの出店だとか、「お洒落なお店」を紹介してくるのか。「モーニングができる店、というと、いわゆる喫茶店というか、全然お洒落じゃないんですけどね……」。お洒落求めてないです。
でも、この感じ、わかるなあ。地方に住んでいると都会がまぶしく、善良に見える。旅人にもそれを教えたい。この街にも、こんな善良があるんですよ、進んでるんですよ、と伝えたくなる気持ち。
そして、せっかく老舗珈琲店を教えてもらったのに空腹に勝てず、到着前におにぎり屋さんがあったので足はそちらへ向かっていった。おいしいものを食べたいというのはあるけれど、「今食べたい」というニーズもけっこう強いんだよなあ。「行きたい店」より「今食べられる店」をえらべるようになったのは、自分の成長を感じる。周囲に期待を寄せすぎない、というかね。美味しい、温かい、栄養あって、おなかいっぱい。これぞ、お洒落に代わる朝ごはんの正義だと思う。

おにぎりとお味噌汁、昆布のおかず、漬物、お茶

桑名という街を知った
腹ごしらえのあとは、もらった地図を参考にまずは商店街へ。38市(さんぱちいち)は、3と8のつく日に開催される市場、偶然この日は3月28日だった。アーケード商店の手前に物販テーブルがずらりと並び、多くは野菜や果物や魚、そしてお団子やまんじゅうなどの甘味・軽食も多かった。三ヶ日みかんを一個、買い求めて、突き当たりの桜の咲く公園でさっそく、朝食用デザート。
食べ終わって、旧東海道へと向かってみる。土地はとても平らで、川の河口部の感があり、堤防はそこからぐっと坂道。登ってみると、広大な揖斐川・長良川の合流を見渡す高台に出る。風が強い。いや、この日はずっと風が強かった。
このあたり、江戸時代は「七里の渡(しちりのわたし)」と呼ばれる船渡しの場所。尾張国(愛知県)から海路で伊勢国(三重県)へ入国する。ウィキペディアで調べたとき、「え、海路?」と思ったけれど、地図をみればたしかにすぐに海だ。このときまで木曽三川のこともよくわかっていなかった。桑名のあたりで、木曽川・長良川・揖斐川が、合流したり離れたりしながら河口へくだっている。
それにしても「渡し」というからには、なんかあるっしょ、と周辺を歩きまわるが何も発見できない。看板には「伊勢湾台風が……」そうかー、そりゃ残らないはずだ。堤防上は非常に現代的に、きれいに整備されていた。
しかしながらさすがは東海道、大型の料亭や瀟洒な住居がちらりちらりと見られ、渡しの前後の宿場という脈絡は今もあるようだ。江戸時代、交通が天候などで滞りがちな渡しの前後、峠の前後の宿場は、よく栄えたという。

ここから半日をかけて電車に乗らなければ家に帰れない手前、さっと観光してさっと引き上げざるを得なかったが、時間をかけて見たい名所や食文化の予感がする、桑名旅であった。

賑やかな38市(さんぱちいち)


江戸感あとかたも無い「七里の渡」

三重県の重要度が上昇(私のなかで)
なにをかくそう、三重は私の出自でもある。というか、思い出した。私の父方の祖父は三重の出で、幼少期は大きな家で育ったようだが、その家が火事になり、一家で神戸へ移った。三重県内に縁戚がいるにはいるのだが、祖父の兄弟の葬儀を家族でたずねて以来、疎遠になっている。当時、私はたぶん3〜5歳くらい(定かでなさすぎ)。泊まったホテルの朝食の目玉焼きが、半熟で、半透明かと思うほどの白身でぷるっぷるで、底面には焼きつけた跡が全くなく、大人たちはそれをナイフとフォークで食べていて、刃を滑らすとオレンジに眩しい黄身がとろりと溶けだして、なんと美しい朝食の風景だろう、とそのシーンだけ、ものすごく強く印象に残っている。
上田の地でも、三重にゆかりのある友人ができたりと、なにかと三重県が私に訴えかけてくることが多くなってきた。なんだか、人生の転換点のきざしが差し込んできた予感がある。なんだそれ。また遊び行こう。

普通列車でも関西に行けるんだ
関西は、一人で旅をしたことがなかった。
長野から旅にでるとなると、東京、ここはなんといっても近いし物資も多い。それから群馬、埼玉、新潟にはふらっと行きやすい。県内にも知らない土地はたくさんあるので、行き先に事欠かない。
電車旅でいうと去年、関東周遊パスを使って栃木の黒磯まで日帰り。4年くらい前に名古屋にビール旅。
大阪も京都も、当地ならではの観光地があるだけでなく、人々の生活そのものが、関東とは大きく違う。残念ながら小麦不耐の身は粉もんを食べることができないのだが、きっとあちらにもグルテンフリーの謎の波が来ているにちがいない。それ、面白そうな旅!

車窓と駅弁
これが本当に美味しい。お腹がすいていたというのもあるけれど、別に当地特産の和牛とか漬物とか入っていなくていいんです。といっても今回は桑名で買ったお弁当が当たりだった。その場で詰めて渡してくれて、卵焼きも手作りっぽいほっこりした味があって塩辛すぎず、きんぴらは柔らかく煮えていた。ぱぱっと拘りなくかけてある、ちょっと乾いた千切り大葉が最高ね。
車窓の景色は流れていく、だんだん建物が減って、山の風景になっていく。私は運転を運転手さんに任せきって、お弁当をもぐもぐ食べる。車旅にはない充足、満腹。

空腹でがっついてから、思い出したように写真を撮る


つまり旅とは?

暮らしている街だけでは飽きてしまう。かといって毎週のように沖縄や北海道や海外に行ったら、遠くて価値があるといえるのだろうか?
私はひとつの答えを、今回の旅で得た。それは「精神的な距離が遠い場所に行くことこそ、非日常なのでは」という疑問である。距離は遠い、けれど、まるっきり知らないわけではない場所。なにがあるんだろう、どんな人々が暮らしているんだろう、と考えを及ばせる場所。
まだ「疑問」のかたちである。ちがうのかもしれない。正しいかもしれない。

***

いますでに21時半なので、21時に寝て疲れをとることはできなかったのですが、まあまあの速度かと思います(実際はあと10時間くらい別日に書いた)。旅のなかで、本当にさまざまな事象に出くわすのだけれど、それを逐一伝えようとせず、ぱっぱっぱっと思い出して初速よく書いて、速攻で完成、というのが大事。今後、旅日記を書く自分の指針としたいと思います。
米粉ハンター、明日はあなたの街へと繰り出すかもしれませんよ!(何振り)


今回の旅のおとも「たびほん」

手をつけた順に紹介する。家で本を読むときは、積読本の山に分けいって気分で本を選ぶときもあれば、偶然手に取ったので読み始めるときもある。しかし旅行中は大抵、後者。リュックから特定の本を取り出すのは至難の業であるし、周囲に人が混んで身動きしにくいこともあるので、半分以上はリュックのなかをさぐって最初に手にさわった本を読み始めた。
その日初めて本を開く瞬間の、クリアな感覚と、スポンジのように吸い込む脳。これが非常に快いので、本旅はやめられない。すべて古本、全部で300円。旅行代3.5万円をかけなければ読めないのか、と思うと複雑な気分になる。しかし、300円の本が私を奈良や三重のはじめて行く街に連れていってくれ、さまざまな人に出会わせてくれたのだと想像すると、価値は無限で、本当にこの世界は豊かだ。

『木洩れ日に泳ぐ魚』恩田陸/文藝春秋 2010
恩田陸が好き、というレッテルを自分に貼って20年以上を過ごしておきながら、2005〜2015年くらいはまったく触れておらず、再認識したのは『蜜蜂と遠雷』ダブル受賞時。この間の空白地帯を埋める一歩にしたかった。
『蜜蜂』の本も映画も、とてもよかった。恩田さんの文章のなにがいいか、という説明はとても難しい。高校生の私にとっては、小説のなかのちょっと意味が取れない箇所も「私に知識が足りないからよくわからないけれど」と飲み込んでいた。自分のわかる部分、物語の空間に広がる空気や、陰りや、比喩や、スリルや、救いが、私の持つ感覚にフィットする。
けれどそれは大人になって知識が増えても、ほとんど変わっていなかった。だからやっぱり、説明しがたい。
本当のことを言うとね、はっちゃんに「その本、すきなのー?」と訊かれたとき、「本当は好きじゃないのかもしれない」と思っていた。「そんなつまらない本なんか読んでないで、私とおしゃべりしましょ」と言われている気持ちだった。若気の至りで、読書家ぶって「私、恩田陸好きなんだよねー」と人に言って自分を大きく見せたかっただけなのかもしれない。あるいは、10代の私には、若すぎて窺い知れない、世界のミステリアスな面を見つめる眼があって、それは今や取り返せないものなのかもしれない。
帰宅してからも、疑いをかけながら、読み進める。ステージのなかだけであっちへ行ったりこっちへ戻ったりしていた登場人物たちは、次第に躍動的になり、行間には欠けた水晶のような輝くものが何個も見えてきた。
はっちゃんには、こう答えよう。「この本、好きなんだー」と。
「どこが好きなのかわからないけれど、好きなんだー」

『おいしいおにぎりが作れるならば。』松浦弥太郎/集英社 2015
この本との出会いは、松浦さんの著書の多さ。古書店勤務ではしょっちゅう見かける。『はたらくきほん100』を最初に読んで、落ち着きのある大人の人生を感じ、今回も手に取った。松浦さんは雑誌『暮しの手帖』の前編集長。
旅のなかでこの本を手に取る回数がいちばん多かった。私がいちばん求めていた、暮らしのスピードの緩みが、体現されていたのだと思う。帰宅してから、包丁を研いだ。よく切れる刃で、目の前の野菜を、切れていく部分を感じながら、丁寧に刻む。それが私にとっての幸福なのだと気づいた。

『仕事も人生も娯楽でいい』堀江貴文/宝島社 2018
堀江さんの人生訓は、生きるスピードも気分もアガる。「さっきまで、暮らしのスピード緩めたい、とか言ってたじゃん」と思われるかもしれないが、この2つの心持ちは両立する。つまり日々、粉のように静かに着実に積もっていくモヤモヤした気持ちはどこからきていたか、その出所を堀江さんは知っているのだ。私は彼の言葉を使って、その出所を掴んで捨てている。
電車をまちがえて呆然とする私を、このスピード感がどんなに勇気づけたことか。人の目なんか気にすんじゃねーよ!

『仕事文脈vol.12 お金文脈』宮川真紀/タバブックス 2018
唯一のマガジン。この本を手に取った理由は、将来、独立して収入をもちたいと思っているから。といいつつ、文筆なのか、焼き菓子屋なのかパン屋なのか、古本屋なのか、業態はリアルに想像できていない。なんか、その周辺のことがしたい。
「〇〇な内容なんだろうなー」という予想は持っていなかったのだが、読み進めると驚くような発見もたくさんあった。「お金」ってそもそも物々交換から進化した貨幣経済で発明されたものであって、生きることとは関係ないんだ。お金を介さなくても、人々が資源を融通しあって、生きてゆければ、それでいいんだ、とひとつメタ認知ができた。
私も、給料が必要なんじゃなくて、給料を使って行う経験がほしいだけなんだ。ご飯を食べるとか旅行に行くとか病院にかかるとか。

『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』ブレイディみかこ/新潮社 R3
とにかく職場で目にする冊数が多いのだが、6賞受賞しているのでそりゃそうか。古本で求める声も多く、ちょっと知っておきたかった。イギリス好きだし。といっても私が思うイギリスって、シャーロック・ホームズ以外の何ものでもないので、とても知識に偏りがある。
賞を総なめした理由、わかります。

『フラニーとズーイ』J.D.サリンジャー/村上春樹訳/新潮社 H26
職場でお客さんに「村上春樹訳の『ライ麦畑』いいですよ」と教えてもらっていたのだが、そのライ麦畑を入荷してすぐに他のお客さんに買われてしまった。そんなときこの、聞いたことのないサリンジャーを発見する。
自分を読書のなかに閉じ込めるような旅なのだから、きっと、古典的だったり小難しい、スタートダッシュの掴みも全体の捉えどころもない名作も、読むことができるだろう、として持っていった一冊を、疲労マックスの最終日、ぬくぬくと暖かな電車にすわって開いたとき、何が起こるか、わかりますよね?

たびほんたちよ、ありがとう

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