MASSIVE ATTACKのDADDY GとDON LETTSの公演が広島で行われることの意義。インディペンデントな体制で開催することとは何を意味するのか?(中編)
奇しくも、2026年に「FUJI ROCK FESTIVAL 2026」のヘッドライナーとしてMASSIVE ATTACK、「REBEL DREAD HARDWARE DISCIPLES OF BASS '26」でDADDY G × DON LETTSが来日するというニュースが発表になりました。前者は、皆さんご存知のコンサートプロモーターSMASHが主催、後者は東京・ロンドンを中心にクロージング・レーベル&DJとして活動するHATCHUCK(REBEL DREAD HARDWARE)が、パートナーであるDON LETTS (REBEL DREAD HARDWARE)の全面協力の元、招聘&主催してのツアーとなる。 ツアーの広島公演は、広島で20年に渡りインディペンデントなレコード屋兼レーベルとして活動するSTEREO RECORDSが主催する。 世界を代表するフェス「FUJI ROCK FESTIVAL」のヘッドライナーアーティストをインディペンデントな体制で主催する事は、混乱極まるこの日本において一筋の光となり得るのか?その意義を探る。
来る4月19日(日)に広島クラブクアトロで開催されるDADDY G (MASSIVE ATTACK) × DON LETTS (REBEL DREAD HARDWEAR) のマッシブ・コンビネーションによる日本ツアー広島編「REBEL DREAD HARDWARE DISCIPLES OF BASS '26 IN HIROSHIMA」を記念して、この2人に多大な影響を受けた広島在住の5人が2月某日、横川のBRIDGE BOOK STOREに集い座談会を決行。イベント前の参照に2人の輪郭を浮き彫りにする一助となる座談会の模様を前編・中編・後編の3回に分けてお届けします。前回2人との出会いについてお訊きした前編に続きまして、今回は2人に関連した作品についてお訊きした中編です。是非ご一読下さい。
(全3回の1回目はこちら)
MORIKAWA
ちょうど楽曲の話が出たのでDON LETTSとDADDY Gの楽曲で最初に聴いた曲や、ハマった曲を教えてもらおうかな。DJの時によくプレイした曲もあれば是非紹介して下さい。
DIET
僕はDJでよくかけるのはみんなもよく知ってる「TEARDROP」が多いんですよ。

凄い若い時にOKAくんも寄稿していた「REMIX (*37) 」誌に誰かミュージシャンかDJが「この曲の質感がSPECIAL AKA (*38) に近い」っていうようなコメントをしていて当時のDIET少年は解らなかったんですよ。
OKA
何だそれみたいな。
DIET
何言ってるんだろうなぁと思ったんですけど、最近DJの現場でよく使うんですけど、「TEARDROP」とSPECIAL AKAの「RACIST FRIEND」がBPM (*39) も近くて、質感も一緒なんですよ。ジメーっとした質感が良くて。あのELIZABETH FRASER (*40) が歌ってて。これ意外かもしれないんですけど結構tHE CLUB ROCKSのオープニングでもよくみんなかけてて、僕の中でいわゆるMASSIVE ATTACK CLASSICSって感じですかね。
しかも僕が大好きなPRIMAL SCREAMが手掛けたリミックスが12インチの1曲目に収録されているんですよ。だからPRIMAL SCREAMが好きな僕らに対してのアプローチも同じで、その親和性もMASSIVE ATTACKに感じたというか。そういうのも含めて結構印象的な一曲ですね。
YOSHIMURA
音がいいよね。
DIET
そう!音がいい!しかもこういう音楽って多分今までなかったと思うんですけど、何かロックリスナーにも訴求するメロディの良さだったりとか、ビートの強さだったりとか、何か聴いた事ない音楽だけど耳馴染みがいいというか。そんな印象ですね。
YOSHIMURA
本当かどうか未確認だけど、この曲ELIZABETH FRASERかMADONNA (*41) に歌わせるかでメンバー内で確執が生じたみたいで、それが結構MUSHROOM (*42) の脱退に繋がっていくっていうきっかけになったらしいです。
MORIKAWA
へぇ〜、そういえばMADONNAって当時MARVIN GAYE (*43) の「I WANT YOU」をMASSIVE ATTACKとカヴァーしてリリースしてましたよね。
TANAKA
その「I WANT YOU」のMASSIVE ATTACKがリミックスした7インチ・ヴァージョンがあるって噂があるんじゃけど一回も見た事が無いし、DISCOGS (*44) にも載ってない。
DIET
(YOSHIMURAさんの方を見て) ディガーの目が光ってる(笑)
TANAKA
Kくんが見たって言うんよ。それにIくんが持ってたらしいのでいつか訊いてみようと思うんじゃけど全く会わんのよ(笑)
DIET
アメリカ盤でジュークボックス用であるんじゃないかなー
TANAKA
あるかもしれんね。
MORIKAWA
じゃあ次YOSHIMURAさんお願いします。
YOSHIMURA
僕はさっき話したように94~95年にMASSIVE ATTACKに出会ってるのでセカンドアルバムから入ってるんですよ。なので僕が初めて聴いたMASSIVE ATTACKの曲は1曲目の「PROTECTION」ですね。
当時は全然情報が無かったのでMASSIVE ATTACKって女性のヴォーカルなんだと思ってて。1曲目がTRACEY THORN (*45) で、TRACEY THORNって外部ゲストなんだっていうことを知ってそこから僕はEBTG (*46) にハマっていくという。
DIET
なるほど!そこからなんだ。うわぁーマジかぁ。いい話ですね!
YOSHIMURA
EVERYTHING BUT THE GIRLっていう元々ちゃんとバンドやってきた人達だったんだって知って掘っていったっていうことで。あとHORACE ANDY (*47) との出会いも結局MASSIVE ATTACKなんだよね。HORACE ANDYとの出会いは大きかったな。あのHORACE ANDYの声を聴いて最初女性ボーカリストだと思ったもん。凄え声だなって思った。
DIET
YOSHIMURAくんが仰る通り俺もMASSIVE ATTACK初めて聴いた時にバンドっていう概念が強かったから色んな人が歌ってんなって。自分らの概念のベース、ギター、ボーカルとか無くって何だこりゃっていう。そういう考え方が当時の僕には無かったから。
YOSHIMURA
僕はMASSIVE ATTACKのファーストアルバムとセカンドアルバムが好きなんですけど、そこの元ネタ的なところをどんどん、歌っている人とかも含めて掘っていくと、例えば「BE THANKFUL FOR WHAT YOU'VE GOT」だとかに繋がっていってどんどん自分の幅が広がっていく感じが当時は凄く新鮮でした。で、DJでかけるのが一番多いのは「BE THANKFUL~」かな。
MORIKAWA
この曲のリミックスはスクラッチから入るのでカットインとかで割と使い勝手がいいんですよね。

DIET
「BE THANKFUL~」がWILLIAM DEVAUGHN (*48) のカヴァーだと知らなくて、そこでレア・グルーヴ (*49) やフリー・ソウル (*50) っていうようなムーブメントに出会ったっていう感じはあったと思うんですよね。
MORIKAWA
確かに!僕も最初「BE THANKFUL~」を知ったのはMASSIVE ATTACKで、普通に良い曲だなぁって思って聴いてたんだけど実はカヴァー曲なんだっていうのを知って調べてみたらWILLIAM DEVAUGHNに行き着いたっていう。
YOSHIMURA
この曲を初めて聴いたのがWILLIAM DEVAUGHNなのか、MASSIVE ATTACKなのかが分かるポイントがあるんです。歌詞の"BROTHER AND SISTER"の"SISTER"の部分をコール&レスポンスするかしないかで分かるんです(笑)
DIET
因みに全然関係ないけど当時流行ったSUNSET GUN (*51) も「BE THANKFUL~」カヴァーしてた。一応持って来たんですけど(笑)
DIET
これ後で話そうと思ったんですけどカヴァーが結構秀逸だったりするじゃないですか。例えば今回の広島公演にも来るMAJOR FORCE (*52) がカヴァーした「FOR WHAT IT'S WORTH (*53)」だったり、4HERO (*54) がMINNIE RIPERTON (*55) の「LES FLEURS」をカヴァーしたり、あとROTARY CONNECTION (*56) とかも含めて当時のイギリスっていうのはちょっとサイケデリック感のあるロックとかソウルっていうものになんか凄い引っ張られてきたのかなって考えてて、なんか自分の音楽の聴き方に影響を受けたところがあるんですよね。

MORIKAWA
確かにカヴァーをきっかけに原曲を聴いたりして音楽の幅が広がった感はありますよね。
では次OKAさんお願いします。
OKA
もうねぇ、、、みんなと一緒ですよ(笑)
そういえば10年くらい前にDADDY Gがイベントで大阪に来た時に会場に貼ってあったフライヤー剥がして持って帰っていいですよって言われて。そのイベントの終わり頃DADDY Gが誰もかまってくれずに暇そうにしてて(笑)

DIET
そんな事ないじゃろ(笑)
OKA
いや、ホンマにホンマに(笑)
ほんで最後に「じゃあ、何かかけて下さいよ」って言ったら、DADDY Gから何か好きな曲ないのかって訊かれたので「ファーストアルバムの頃のをかけて」って言ったら「UNFINISHED SYMPATHY (*57)」の、何と違うヴァージョンをかけてくれたんですよ!
TANAKA
えぇ!それレコードだったんですか?
OKA
いやCD。自分用に作ったヴァージョンだったみたいでそれ最後にかけてくれた。
YOSHIMURA
凄い!OKAさんの為にかけた感じじゃないですか。
OKA
ほんでDADDY Gにダメ元で「そのCD下さい!」って頼んだんだけどやっぱりダメじゃった(笑)
そしてその時TANAKAくんの作ったTシャツを着て行っとって、DADDY Gが一緒に写真を撮ってくれたんよ。
で、DADDY GにTシャツ交換してくれって言われたんじゃけどDADDY Gにはサイズが小さ過ぎて入らんしみたいな(笑)
TANAKA
頑なにダメって断ったんですよね。
DADDY Gにあげてたら俺がもう一回作ってOKAさんにあげたのに(笑)
OKA
だから今回の公演の時にはちゃんとDADDY Gにプレゼントしようと思ってます(笑)
DIET
おぉ、良いじゃないですか!
OKA
で、次DON LETTSはね、DJとしてはやっぱり「DREAD MEETS PUNK ROCKERS UPTOWN (*58)」が一番セレクションが好きでしたね。

DIET
これは良いアルバムですよね。
MORIKAWA
このアルバムの中でも特に好きな曲はどれですか?
OKA
うーん、どれも好きだけどやっぱりSIDE-Cの1曲目に収録されている、AUGUSTUS PABLOの「KING TUBBY MEETS ROCKERS UPTOWN」ですかね。当時こういう曲をDJでかけとったのは本当に凄いと思うよ。
多分その頃のDON LETTSってみんなの兄貴分だったんだと思うんよね。
DIET
絶対そうでしょう!
OKA
当時DADDY GやJAZZY B (*59) とかもDON LETTSの所に遊びに行っとたと思うんよね。
DIET
パンクロックのイメージが強いけど、黒人がDJとかしてバンドじゃない違うアプローチで自分達もプロデュースしたりとかでアーティストになれるっていうような事もあると思うんですよね。それこそSOUL II SOULとかいわゆるロンドンの黒人のアーティスト。
MORIKAWA
そもそもロンドンのパンクロッカー達にレゲエを紹介したのもDON LETTSだったらしいし。
YOSHIMURA
そう!そこが凄いですよね。じゃないとMASSIVE ATTACKも居なかったかもしれない。
MORIKAWA
当時パンクのスローガンで「NEVER TRUST A HIPPIE(ヒッピーを信用するな)」って価値観があったけど、でもレゲエは聴くみたいな。何でだろうなと思って調べてみたらパンクもレゲエもレベル・ミュージックっていう同じ価値観で共闘できるって意味で聴いていたっていうのを知ってなるほどなと思ったです。
DIET
やっぱりブリストルとか特に街自体が海側なんで。港側って治安が悪いじゃないですか。当時、奴隷が運ばれてきてそこに住み着いたりしてたので色濃いんだと思うんですよね。黒人でもよりコアな人達が住んでいるようなエリアだと俺は思うんです。
だからそういうのはDON LETTSの声がエコーとして届いたんじゃないですかね。

YOSHIMURA
DON LETTSとDADDY Gって結構歳近いんだなって。DON LETTSの方がちょっと上。
OKA
そう。確か4つとか、ちょっと先輩。
MORIKAWA
DON LETTS今70歳みたいですよ。
DIET
DADDY Gは?
MORIKAWA
66歳かな?
YOSHIMURA
DADDY Gは多分MASSIVE ATTACKの中で一番年上。DADDY Gはブリストルが出自で、DON LETTSはロンドン。
MORIKAWA
DON LETTSは70年代にロンドンでACME ATTRACTIONS (*60) ってショップをJEANNETTE LEE (*61) とやってて、店内でレゲエを爆音で流してたらしいんだけど苦情が来て地下室に移らざるをえなくなったって話を何かで読んだ事がある。あとGENERATION X (*62) 結成のきっかけもDON LETTSの店だったみたいですね。
DIET
色んなことがそうなんですけど、このDON LETTSの「PUNK:ATTITUDE (*63)」ってドキュメンタリーも超面白くて、80年代からもっと古いMC5 (*64) とかそういう所にまでアプローチしてパンクの源流を辿ってるんですよね。だから”パンクとは”っていうのを結構撮ってたんじゃないかなと僕は思うんですよね。
YOSHIMURA
DIETくんがいつも言ってるHUB (*65) みたいな感じだよね。だからパンクとレゲエを繋ぐみたいな。
DIET
そしていまだに活動してるっていう。
MORIKAWA
確かに「PUNK:ATTITUDE」は必見のドキュメンタリーですよね!
では次TANAKAくんお願いします。
TANAKA
まずMASSIVE ATTACKのハマった曲はさっきも出たけど「UNFINISHED SYMPATHY」じゃね。
MORIKAWAくんと昔bar edgeでやってたイベント「Dug Out」でよくかけてた。
DIET
「Dug Out」っていうイベント名自体も元ネタはWILD BUNCHというか。
TANAKA
そうそう。これはオフレコじゃけど、俺がそのWILD BUNCHが当時DJしてたクラブのロゴマークのデザインをカバンにこっそりプリントしたりとかね(笑)
まぁDJの時も含め「UNFINISHED SYMPATHY」が一番好きな曲ですね。
DIET
美しいもんね。
TANAKA
ライブで観た時に初めて知ったんだけど、あれDADDY Gが最初スクラッチしよるんよ。それを観れた時はちょっと嬉しかったね。
YOSHIMURA
MASSIVE ATTACKのライブは観た事ないんだけど、それぞれのメンバーの役割って3Dは基本的にはMCっていうかフロントマンでいいのかな?
TANAKA
うん。でも基本的には入れ替わり立ち替わりっていう感じで、DADDY Gが歌わない時は後ろに引っ込んでて、3Dも歌わない時は引っ込んでるんだけどDADDY Gは結構出番少なくって(笑)
OKA
あまり表に出るタイプじゃないというか。
TANAKA
そう。ほとんど喋らないし(笑)
でもライブが始まる前の転換の曲は多分DADDY Gが作ってると思う。
MORIKAWA
DADDY Gの呪術的なラップっていうんですかね。あれもカッコいいですよね。
TANAKA
DON LETTSはさっきも挙げたSCREAMING TARGETですね。

OKA
聴きたいです。
TANAKA
かけましょうか。
YOSHIMURA
おぉ!当時感!91年だっけ?
TANAKA
すごいニュールーツっぽい感じもあるし91年でこれだった。
MORIKAWA
91年って言ったら丁度MASSIVE ATTACKのファーストアルバムが出たのと同じ年。
TANAKA
確かそうですね。
OKA
90年くらいは確か「TALKIN' LOUD (*66)」とか出来たんよね。
MORIKAWA
丁度ACID JAZZ (*67) も始まった頃ですかね。
YOSHIMURA
この曲完全にHOUSE (*68) 感があるよね。
TANAKA
そうそう!
DIET
HIP HOUSE (*69) とね。
MORIKAWA
D.J. INTERNATIONAL (*70) 感もある。
DIET
D.J. INTERNATIONALもだし、REBEL MC (*71) も。
以降、後編に続く。
『REBEL DREAD HARDWARE DISCIPLES OF BASS '26 IN HIROSHIMA』
出演
DADDY G (MASSIVE ATTACK)
DON LETTS (REBEL DREAD HARDWARE)
高木完 & K.U.D.O (MAJOR FORCE PRODUCTIONS)
公演日
2026年4月19日(日)
開場/開演
17:00 / 17:00
会場
広島クラブクアトロ
料金
前売 一般¥6,900 / U22¥5,500
当日 一般¥7,900 / U22¥6,500
税込・整理番号付・スタンディング
※U22:22歳以下の方が対象。
ご入場時に年齢の分かる身分証をご提示ください。
ドリンク D別 (ご入場時にドリンク代¥600が別途必要です。)
主催 STEREO RECORDS
協力 PARCO / Bridge Book Store / orab record / NU in DUB
<TICKET 取扱SHOP>
STEREO RECORDS
広島県広島市中区中町2-2 末広ビル 2F
Bridge Book Store
広島県広島市西区横川町2-4-6
orab record
岡山県岡山市北区表町1-10-32 山陽アルバビル2F 北東側
NU
島根県松江市白潟本町33 出雲ビル3F
問い合わせ 広島クラブクアトロ 082-542-2280

https://www.club-quattro.com/hiroshima/schedule/detail/?cd=017837
<注釈>
(*37) REMIX
1991年3月創刊の日本で最初のクラブ・ミュージック・マガジン。現在は休刊。日本では数少ないクラブカルチャー雑誌としてダンスミュージック全般を取り上げていた。
(*38) SPECIAL AKA
2トーンスカと呼ばれるジャンルの代表的存在だったTHE SPECIALSからテリー・ホール等、中心メンバーの脱退を乗り越えリーダーのジェリー・ダマーズによって再結成された2トーンバンド。
(*39) BPM
「Beats Per Minute」の略で、1分間の拍数(テンポ)を表す音楽用語。
(*40) ELIZABETH FRASER
スコットランド出身で1980年代半ばから1990年代後半にかけて世界的な成功を収めたイギリスのドリームポップ・バンド、コクトー・ツインズのボーカリスト。
(*41) MADONNA
世界で最も成功を収めた女性音楽家であり、「クイーン・オブ・ポップ」と称される。 史上最も売れたアーティストの1人。
(*42) MUSHROOM
イギリスのミュージシャンでMASSIVE ATTCKの創設メンバーの一人。15歳の時にDADDY Gと出会い前身のWILD BUNCHへ参加。
(*43) MARVIN GAYE
モータウンを代表するアーティストのひとりとして1960年代後半から1980年代序盤まで活躍した、ブラックミュージックの巨人。
(*44) DISCOGS
2000年に開設された、アメリカ・オレゴン州ポートランドを拠点としている世界最大の音楽データベースサイト。
(*45) TRACEY THORN
イギリスのシンガーソングライター、ボーカリスト、エッセイストである。マリン・ガールズ、エブリシング・バット・ザ・ガールのボーカルでもあった。
(*46) EVERYTHING BUT THE GIRL
トレイシー・ソーンと、ベン・ワットの2人組音楽バンド。ネオ・アコースティックの代表的なバンドとして知られる。キャリア中期からエレクトリックサウンドを大々的に取り入れ、クラブシーンでも知られるようになる。
(*47) HORACE ANDY
ジャマイカのキングストンに生まれた、ファルセットボイスを特徴とするレゲエ歌手。1991年にはマッシヴ・アタックのファーストアルバム『Blue Lines』へ参加した。
(*48) WILLIAM DEVAUGHN
1974年にミリオンセラーのヒット曲「Be Thankful for What You Got」で最もよく知られている、アメリカのソウルシンガー。
(*49) レア・グルーヴ
1970~80年代のソウル、ファンク、ジャズを中心に、当時隠れた名盤やサンプリング・ネタとしてDJやコレクターの間で再評価された音楽ジャンル。
(*50) フリー・ソウル
1990年代に橋本徹(SUBURBIA)が提唱した、都会的でグルーヴィー&メロウな音楽を愛するコンピレーション・シリーズおよびスタイル。ソウル、レアグルーヴ、ボサノバ、ソフトロックなどジャンルを越え、心地よい音楽を「自由な心」で楽しむことがコンセプト。
(*51) SUNSET GUN
1983年に結成されたスコットランド、グラスゴー出身のバンド。80年代初頭のグラスゴーの音楽シーンで活躍し、ソウルとポップなサウンドが特徴的だった。
(*52) MAJOR FORCE
1988年に高木完、藤原ヒロシ、中西俊夫、K.U.D.O、屋敷豪太によって設立された、日本初のヒップホップ・クラブミュージック・レーベル。今回の広島公演では高木完&K.U.D.OのMAJOR FORCE PRODUCTIONSで参加。
(*53) FOR WHAT IT'S WORTH
スティーヴン・スティルスが作詞作曲し、バッファロー・スプリングフィールドが1966年に発表した楽曲。
(*54) 4HERO
DegoとMark Macの2人による、ドラムンベースからよりジャジーなスタイルやR&B的作品までをリリースしたイギリスのトップ・グループ。
(*55) MINNIE RIPERTON
アメリカ・シカゴ出身のシンガーソングライター。5オクターヴから5オクターヴ半という広い声域を持ち、特に「Lovin' You」のサビで使われる超ハイトーンが有名。
(*56) ROTARY CONNECTION
MINNIE RIPERTONも在籍していた1966年にシカゴで結成されたアメリカのサイケデリック・ソウル・バンド。
(*57) UNFINISHED SYMPATHY
1991年にリリースされたMASSIVE ATTACKのデビューアルバム『Blue Lines』に収録されている代表曲の一つ。
(*58) DREAD MEETS PUNK ROCKERS UPTOWN
DON LETTSがセレクトした「パンキー・レゲエ・パーティー」な70sレゲエ名曲満載の2枚組コンピレーション・アルバム。
(*59) JAZZY B
イギリスのDJ兼音楽プロデューサーで自身が運営するサウンド・システムを母体にして結成された音楽グループSOUL II SOULの創設者。
(*60) ACME ATTRACTIONS
ヴィヴィアン・ウエストウッドとマルコム・マクラーレンの「SEX」と並び、ロンドンパンクシーンの文化的サロンとして機能したショップ。
(*61) JEANNETTE LEE
「ACME ATTRACTIONS」をDON LETTSと共に手掛けたことでも知られる、元Public Image Limitedのメンバー。現在はROUGH TRADE RECORDSのオーナーとして年間数百本のライブを見る音楽フリークとして世界の音楽シーンの最前線で活動を続ける。
(*62) GENERATION X
1976年にビリー・アイドル、トニー・ジェイムス、ジョン・タウにより結成されたイギリスのパンク・ロックバンド。パンク隆盛時には例外的なアイドル人気を獲得。人気音楽番組『トップ・オブ・ザ・ポップス』に初めて出演したパンク・バンドの1つでもある。
(*63) PUNK:ATTITUDE
1970年代の誕生以来、世界各地で進化を続けてきたパンクロックの30年間にわたる軌跡を、各シーンの当事者へのインタビューや貴重なアーカイブ映像とともに振りかえっていくドキュメンタリー。監督はDON LETTS。
(*64) MC5
1960年代半ばから1970年代前半にかけて、アメリカ合衆国ミシガン州デトロイト市を拠点に活躍したロックバンド。後のハードロック、パンク・ロックの始祖として高いリスペクトを得るようになった。
(*65) HUB
もともとは車輪やプロペラの中心部のことで、そこから転じて物事の中心や中核、あるいはネットワークの結節点として機能する存在の意味で用いられる。
(*66) TALKIN' LOUD
ジャイルス・ピーターソンがアシッド・ジャズ・レコーズを離れたのち1990年に設立したレコードレーベル。レーベル名はピーターソンのクラブ・イベント「Talkin' Loud And Sayin' Something」に基づくもの。
(*67) ACID JAZZ
1980年代後半のロンドンで生まれた音楽ムーブメントであり、ジャズ、ファンク、ソウル、ヒップホップ、ラテン、レア・グルーヴなどをミックスしたクロスオーバー・サウンドを特徴とする。
(*68) HOUSE
1980年代初頭に米シカゴで誕生したダンスミュージックのジャンルで、現代のEDMやクラブミュージックの基礎となった世界中で人気の音楽。
(*69) HIP HOUSE
1980年代後半に米ニューヨークやシカゴで生まれた、ハウスミュージックの高速なビートにラップが融合した音楽ジャンル。ハウスのファンキーなベースラインやシンセ音に、ラッパーがライムを乗せるパーティーチューンが特徴。
(*70) D.J. INTERNATIONAL
ハウス黎明期の1985年に設立されたシカゴの最重要レコードレーベル。DJインターナショナルの歴史は、ハウスミュージックの歴史であり、現代ダンスミュージックのDNAそのものであると評されている。
(*71) REBEL MC
ルーツ・レゲエを根底に、ヒップホップ、ラガの影響下に育ったUKレイヴ~ダブ・ブレイクビーツのパイオニア、CONGO NATTYとしても知られるアーティスト。
