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憧れの自分を演じていたけど、演じなくても自分は自分だった話

私が10代や20代の頃。
私はテレビドラマや映画や少女漫画のキラキラとした世界に憧れていました。
今思うと、ドラマや映画、少女漫画ってフィクションなんですよね。
でも当時の私は、その世界をどこか現実の理想像として重ね合わせて見ていたように思います。

私の家庭環境は普通よりも貧乏な経済状況でした。
それでも私はお嬢様やご令嬢といった、テレビドラマに憧れていたので、本当の自分が恥ずかしかったです。
だから、学校ではあまり家の話はしなかったです。
まあ、学校の友達とは家が近かったので、言わなくてもそれとなく、友達もわかっていたと思うんですけどね。

大人になってからも、営業として高級な商品を売るという仕事をするときは、金持ちのふりをしなければなりませんでした。
高級な商品を販売する以上、自分自身も豊かな暮らしをしているように見せることが求められている気がしました。
だから、綺麗に整った身だしなみでいることを、どこかで強いられてました。
何かを強いられることは、自由を好む私にとってはしんどかったです。
それに、そんな整った正装はあまり私の好みではありませんし、私には似合ってなかったです。
とりあえず、そんなこんなで営業成績も最悪で、何かを売るということに対してなんだか罪悪感さえありました。

営業の仕事は向いてないと思い、事務職も経験しました。
ちょっとした法律関係の事務仕事でした。
そこもまた、組織で行動することを重要視する環境が合わなくて辛い思いをしました。

私が学生の頃は、キラキラしながらバリバリ働いて、イケメンで高収入の彼氏を見つけるために合コンをする、みたいなものが流行ってたんです。

でも、実際に社会人になった私は金もなければ、仕事もうまくいかないし、異性にモテモテでもなかった。笑

なのに、なぜでしょうか。

現実と理想とは程遠かったのに、どこかで「順風満帆な人生を送っている自分」を演じていました。

何もないのにプライベートも充実しているふりをしていました。

まあ、インスタなどのSNSはやらない私なので、充実しているふりはそこまで上手くなかったと思います。笑

ただ、心の中で「大丈夫、私は成功する」とか「私の夢は叶ってる」みたいな、ポジティブな言葉を投げかけてたと思います。

当時の自分の写真を見返すと、確かに今よりは楽しそうに過ごしているように見えますが、それは若さもあると思います。

それ以前に、写真の中の私が楽しそうに過ごしていても、その当時の私は様々な不安も抱えていたし、現状に全く満足していませんでした。

そういうところが、なんだか人生の不思議に今日は感じたのです。

歳を重ねると、「あの頃は楽しかった」と振り返ることも多いですし、「あの頃は大変だった」とも思い返すこともあります。

でも、写真の中の私は、今の私から見るとキラキラして写って見えるのです。

他の人から見るとただの写真なのかもしれません。

それに、撮った当時は「自分の顔ってブサイクだからすぐに写真なんて消したい」とも思ってました。

その自分の感情を少し整理する時間ができたので、考えることができたのですが、以前の私は成功者として見られたかったんだと思います。

成功者として見られたかった。
でも、自分では成功者ではないとわかっていた。
だからこそ、成功者のふりをしないといけないと感じていた。

これが、若かった頃の私の矛盾点なのかな、と。

それが、今はどうでしょうか。

今でも自分が嫌になることもあるし、上手くいかない人生に嫌気がさすこともたくさんあります。

それでも、少しずつですが、自分の感情を受け入れて整理して、自分のことを考えられる余裕が出てきたのかな、と感じています。

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