短編小説 「本です」
本です。
紙の束にインクを乗せられて、糊で綴じられて、立派そうなカバーを着せられています。けれど今、本屋の棚で、誰にも手に取られないままホコリをかぶってます。
わたしは純文学小説。タイトルはやたら重苦しくて、背表紙に銀色の文字が沈んでる。書店の文学棚に並べられてはいるけれど、目の前に置かれた漫画たちの前には、長蛇の行列。笑い声でにぎわう側で、わたしはひっそり息を潜める。
「受賞しました!」って帯に大きく書かれている。赤い字で、堂々と。だけど、それを読んで「あ、買おう」と思う人はほんの一握り。
受賞って、現実は、賞をとっても、売れない。売れたとしても、印税なんてサラリーマンの給料程度。いや、むしろサラリーマンのほうがよほど安定しているし、稼げる。
棚の下段では、ラノベたちが楽しそうにしてる。
彼らは描写なんてほとんどない。セリフと展開だけでページが進む。けれど、表紙には可愛らしいキャラクターが笑っていて、若い読者たちが立ち止まり、迷わず手に取る。
わたしの表紙はどうだろう。色味は暗く、絵はない。活字だけが沈んでいる。背伸びした中学生が、一瞬だけわたしを見て眉をひそめ、すぐにラノベを手に取る。
夜、本屋が静まり返ると、わたしは仲間と小さく話す。
「どうしてぼくら、本になってしまったんだろう」
「せめて趣味のまま、机の中で眠っていたかった」
「紙がもったいないよな」
ページの間に挟まれたインクの匂いが、ため息のように広がる。
わたしが書かれた時、作者はたぶん本気だった。夜を徹して机に向かい、言葉を重ね、推敲を繰り返してくれた。その熱意は、確かにわたしの中に宿っている。文章はしっかりしてるし、情景描写だって丁寧だ。
だけど、それが誰かの心に届くことはない。
人は求めていないんだ。物語の深い意味や、比喩や、静かな余韻なんかを。欲しいのは速さで、派手さで、笑えるキャラと、続きが気になる展開。わたしは最初の三行で閉じられる。重い、とか、むずかしい、とか呟かれて。
時々、向かいの本棚の上のほうに置かれた漫画の声が聞こえる。
「ページ数は同じなのに、なんで読まれないんだ?」
わたしは答える。
「描写が多いからさ。読み進めてもらうのに、力が要るんだ」
すると漫画は笑う。
「力が要るものなんて、誰が選ぶんだよ」
わたしは何も言い返せない。
ふと、思う。
もし作者が趣味として書き続けていたなら、わたしはもっと幸福だったかもしれない。机の引き出しに仕舞われたまま、あるいはパソコンのフォルダに眠っていたまま。
それなら紙も無駄にせず、誰かに無視されることもなかった。
けれど、わたしは本になってしまった。
棚に並んでしまった。
だから人に読まれないという現実を突きつけられる。
静かな店内、蛍光灯の光が白々と照りつける。
「この本は売れています」と札がつけられることは、たぶんない。
本です。
訓垂れた本は、誰にも読まれないです。
時間を割いてくれてありがとうございました。
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