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シーグラスのいるところ

 俺はシーグラス。昔は傷薬の瓶だった。それが海に落ちて、流されて、角も取れて、花びらのような形になって、この浜に打ち上げられた。三十年前のことだ。

 俺を見つけたのは二人の男の子だった。健と達也だ。健は眼鏡をかけた賢そうな子。達也は真っ黒に日焼けしたやんちゃな子だった。

 二人は俺をつまみあげて、まるで宝物を見つけたように喜んだ。俺はそれがうれしくて、精一杯の力を込めてキラキラしてみせたものだ。

 それから俺たち三人はいつもいっしょだった。健と達也が中学に上がってからは、将棋部でずっといっしょっだった。健はいつも理詰めで先を読み、達也は泥臭く目の前の陣地を守り抜く。大会で勝っているのを見たことがないけど、相変わらず仲が良かった。

 あるとき、将棋の駒を入れていた木箱が壊れた。二人は皮袋を買ってきて、それに駒を入れた。合皮の安物だった。達也は「お守りだ」とでも言うように、俺もその中へ放り込んだ。

 二人はよく、見晴らしのいい海辺の高台で将棋を指した。備え付けられたベンチの上に将棋盤を広げる。皮袋を逆さにして、バラっと将棋盤の上に駒を投げ出す。いっしょに盤面にでてきた俺を、健はひょういと摘まみ上げ、盤の隅のほうへ置く。二人の将棋がよく見える特等席だ。でも、この高台は風が強くて、軽い俺は、さらわれてしまわないかと、崖の下の海を見ていた。

 しかし、そんな三人の時間は長くは続かなかった。二人が高校を卒業する少しまえのことだ。二人は喧嘩をした。

「おれはここを出る。もっといろいろ経験したい」
「健。おまえ、家族を捨てるのか? 俺は、そんなことできない。親父の船で漁を手伝う」

 激昂した達也が盤を払い除けた。駒と一緒に冷たい地面に転げ落ちた俺は、背を向けて離れていく二人を見ていることしかできなかった。

 それっきり、二人が将棋を指すことはなかった。俺を包む合皮の袋は少しずつひび割れ、ボロボロに剥がれ落ちていった。時折、達也はひとり、高台で俺と駒を並べて、詰め将棋をしたりした。だが、袋から取り出されるたび達也の指先はひどく乾燥し、対面に誰もいない盤上には、ただ波の音だけが空しく響いていた。会うたびに達也は老けていった。俺も波の音も変わらないのに。

◆◆◆

 どれぐらい眠っただろうか。突然、皮袋が激しく揺れだして、俺は目を覚ました。しばらくして、波の音が聞こえてきた。いつもの高台だろう。

 それから、数時間ほどたったころだ。足音が近づいてくる。忘れるはずがない、これは健の足音だ。だが、その足取りはひどく重く、擦り切れた靴の音がした。

 足音は俺たちの近くまでやってきて止まった。遠くの波の音だけが、永遠のように流れる。

「よう」
「久しぶりだな」
「やるか?」
「そうだな」

 俺と駒は、広げられた盤の上にバラまかれた。パチ、パチと、駒が並べられていく。俺は二人の顔を交互に見た。二人とも白髪交じりになっていた。ようやく駒を並び終えた。ところが――

 駒がひとつない。

 達也の陣地「歩」がひとつ足りなかった。「歩」は、一マスしか前進できない弱い駒だ。しかし、それは、勝負を進めるための大切な駒でもあった。二人は、その欠けたマスをただ黙ってみていた。重い沈黙が落ちた。俺は――

 傾きかけた西日を真っ直ぐに受け止め、あの日のように、精一杯の力を込めてキラキラと輝いた。

 不意の眩しさに目を細めた健が、光の先にある俺を見つけ、小さく笑った。

 パチン

 健は俺をつまみ上げ、達也の欠けたマス目にそっと置いた。遠くからカモメの鳴き声が聞こえて、皺だらけになった二人の手が再び動き出した。


(了)



予定調和すぎるかなと思いながらも、やはりハッピーエンドのほうが好きだなと思って書きました。

以下の企画に参加させていただきました。
■セリフ
「調べないほうがいいよ」
■三題
・合皮
・シーグラス
・将棋

▼投稿ルール
投稿締切(任意):2026年7月23日(木)23:59

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#創作大賞2026 #オールカテゴリ部門


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