新米パパと四人の魔女
小さなお化け達がライブハウスを走り回っている。今日は、町内子供ハロウィン会だ。今年はオーナーの好意でライブハウスが会場だった。引率は、僕と魔女に扮したママ友さん三人。
「トリック・オア・トリート!」
お菓子の交換が始まった。色とりどりのキャンディーに、お化けたちが歓声を上げている。僕は急いでパンプキンマスクをかぶった娘を写真に撮った。仕事でこれなかった妻に後で見せるのだ。今日は妻と娘のために、そつなく頑張るつもり。
だったのだが——
突然、会場が暗闇に包まれた。
演出だろうか? いやしかし何も起こらない。どうやら停電らしい。ライブハウスなだけに真っ暗だ。小さなお化け達の怯える声が大きくなり、ドンと誰かが僕にぶつかった。よろけた僕は、隣のママ魔女さん達へ向かって倒れ込んだ。
咄嗟に伸ばした手が掴んだのは、柔らかく、ずっと触れていたいような感触。これは、ママ魔女さんの……。僕は慌てて手を引っ込め「すいません」と声をかける。しかし返事はなく気配はスッと離れていった。まずい。頭の中で警報が鳴り出す。
唐突に光が戻った。お化け達は突然の出来事に奇声をあげて喜んでいる。怪我したお化けはいないかと辺りを見渡すと、三人のママ魔女さんと視線が重なった。互いに目配せし、大きなトラブルがないことを確認する。問題は、僕が起こした小さなトラブルの方だった。
手に残る感触を思い出し、僕の脳は緊急会議を始めた。あの状況では不可抗力だ。触れたくらいで怒ることはないだろう。だが、ママ友との付き合いの難しさは妻から常々聞かされていた。噂の種になっては、妻と娘に迷惑がかかる。謝罪したいが……一体どのママ魔女だろうか?
「お化けたちよ! 次は魔女のダンスだ! 真似できるかなー?」
ステージでママ魔女Aが踊り始めた。打ち合わせどおりだ。照明が点滅し、スピーカーからは世にも奇妙な音楽が流れ出す。小さなお化けたちは大喜びで真似しはじめた。
僕は一息つき、バーカウンターに座った。そこへママ魔女Bがやってきて、メニューを手に取る。
「イベント価格かぁ、ちょっと高いな」
その一言に、僕の手はあの感触を思い出した。あれは、ママ魔女Bだったのでは? これはドリンクを奢れば許す、というメッセージではないか? 確信はない。しかし迅速対応こそ正義だ。
「おごりますよ。好きなの頼んでください」
「え、いいんですか?」
「もちろんです。準備はみなさんに任せっきりでしたし」
「じゃぁ、お言葉に甘えて」
僕は4人分のドリンクを注文し、おつりとレシートをポケットにねじ込んだ。ママ魔女Bの笑みを見て、肩の荷がおりたように感じた。そばにいたママ魔女Cにもドリンクを渡す。
「ごちそうさま。片づけも急がないといけないし、ありがたいです」
「何かあるんですか?」
「上の子を塾に迎えにいかないといけないんですよ」
またもや手のひらに蘇るあの感触。あれはママ魔女Cだったのでは? これは片付けをやれば許すというサインではないか? 確信はない。しかし迅速対応こそ正義だ。
「僕がやっておきますよ。今日は早めに上がってください」
「え、いいんですか?」
「もちろんです。準備はみなさんに任せっきりでしたし」
「ありがとうございます、お言葉に甘えて」
一人で片付けるのは大変そうだが、これで丸く収まるなら安いものだ。ママ魔女Cの笑みを見て、肩の荷がおりたように感じた。すると、ステージ上のママ魔女Aが僕を指差し叫んだ。
「よーし、次は、パパさんダンスだぞー!」
お化け達が一斉に僕を見る。そんな段取りは聞いていない。困惑の視線をママ魔女Aに投げると、意味ありげに笑みを浮かべている。また手にあの感触が蘇る。ママ魔女Aだったのではないか? 踊れば許すということではないか? 確信はない。だが迅速対応こそが正義だ。
僕は全力で踊った。それを子供たちが笑いながら真似し始める。ステージの上でママ魔女Aが満足そうに笑みを浮かべている。肩の荷がおりたように感じた。
こうして大盛況のうちにハロウイン会は幕を閉じた。お化けたちもママ魔女たちも笑顔で会場を後にした。
◆
帰宅した僕は背中で眠る娘をベッドに運んだ。大変な一日だったが、これもそのうち良い思い出になるだろう。
結局、手に残る感触が誰のものだったのか最後まで分からなかった。だが、別れ際のママ魔女三人は笑顔だったから大丈夫だろう。あとは妻に報告するだけだ。どっと疲れを感じた僕は、上着をリビングに脱ぎ捨て、シャワーを浴びることにした。
風呂場から出ると妻が帰っていた。妻は魔女のような笑みを浮かべて言った。
「トリック・オア・トリート」
彼女の手には、僕の上着に入っていた四人分のドリンクレシートが握られていた。
(了)
アメリカでは、ハロウィンの時期に約13億ポンド(約59万トン)も消費されるんですって。
こちらの企画に参加させていただきました。
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■セリフ
「トリック・オア・トリート!」
■三題
・キャンディ
・暗闇
・魔女
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