みなとちゃんのサンバルソース
「これはきついって、みなとちゃん」
「そうかぁ、だめですか」
二人の前には赤いソースのかき氷があった。
その日、小料理屋は営業前にもかかわらず賑やかだった。板長と女将の娘みなとちゃん。二人は「今夜の常連さんへのお披露目までに」と、女将さんに新メニューを考えるよう頼まれたのだ。
連日のこの猛暑。ピリ辛があれば冷酒もすすむはずだと、みなとちゃんが提案したのはサンバルソースを使った料理だった。そして、出来上がったのが、サンバルソースのかき氷だ。
板長は、おそるおそるスプーンで真っ赤なかき氷を口へと運んだ。するとどうだろう。予想通りに、ピリリと舌がしびれたかと思うと、間髪入れずヒヤッと冷たさが襲ってくる。甘いかき氷を受け入れる態勢だった脳が悲鳴をあげる。
「みなとちゃん、これは、さすがにだめですよ」
「じゃあ、こっちは?」
みなとは次の皿を置いた。その上には茹でた豚肉がほくほくと湯気をあげている。彼女はそこへ、ベリー果実いっぱいソースを素早くまわしかけた。
基本を大事にする板長にとって、その発想は突拍子もなかった。しかし、どんな料理にも真剣勝負が板長のモットーだ。生真面目にもそれを口へと運び味わってみた。
「あまい……な。でも、思ったほど悪くはない」
「だめですかぁ。もう夕方になっちゃうのに」
みなとは焦ったように肩を落とした。
「気を落とすことはないよ。失敗にも意味はあるからね」
「頑張ったみたいな?」
「いやいや精神論じゃないよ。白地図を埋めるってこと」
板長は、むかし、自分が一人で失敗作を食べ続けていた夜を思い出しながら言った。
「白地図?」
「そう。ここには道がなかったから×をつける。この道は危険だからドクロマークとかね」
「子供のころやった遊びみたい」
「そうそれ。そうやって地図を作ると、そのうち、正しい道が分かって、自由自在に走り回れるようになる」
「なるほどです。つまり、サンバル氷は正義!」
「いや、それは、ドクロマークだ、みなとちゃん」
そのときだ、カランとお茶の氷が鳴る音が厨房に響き、時間がゆっくりと流れだした。みなとの目が二つの失敗作を行き来する。
「白地図……道」
みなとは、手早く豚肉のジャムをぬぐった。そして、サンバルソースのかかった氷をスプーンですくい、それを豚肉の上に乗せた。
「これは……」
豚肉を飾る氷は涼しげで、サンバルソースの彩りが食欲をそそる。その料理は最初からそうであるべき形のように思えた。板長は、手に持った箸でクルリと豚肉で氷を包むと、一気に口へと放り込んだ。
シャリシャリと冷たさを感じたかと思うと、サンバルソースと豚肉のうまみが広がる。それだけではない。少し残ったジャムの甘みが、広がる辛味に奥深さを与えている。ばらばらだった味が、綺麗に一つにまとまっていた。
「どうですか?」みなとが身を乗り出す。
板長はじっくりと味を確かめるように、少しだけ黙った。みなとの目が不安に揺れたそのとき、うなずいた板長から笑みがこぼれ落ちた。
「これならいけるな。今夜の常連さん、腰抜かすよ」
「やった! じゃ、わたし、先に買い出し済ませてきますね!」
そういって、みなとはエコバッグをひっつかんで、勝手口から走って出ていった。見計らったように奥から女将が現れた。
「あわただしいことね」
「女将さん」
「板長、ごめんね、あの子に付き合わせて」
「いえ。サンバル氷は驚きましたけど、この豚肉に乗せるアイデアにはいけますよ。さすが、女将さんの娘さんだ」
「お転婆だけだから迷惑かけると思うけど、これからもよろしくね」
「大丈夫ですよ、女将さんで慣れてますから」
「あら、私が何か?」
「おっといけない、暖簾上げてきます」
板長があわてて引き戸を開けると、涼しい風が吹き込んできて、小料理屋に新緑の香りが広がった。
(了)
漫画とかである閃いた!の瞬間を文章で書くのが、ほんと難しい。
以下の企画に参加させていただきました。
■セリフ
「これはきついって」
■三題
・氷
・サンバルソース
・豚
▼投稿ルール
投稿締切(任意):2026年7月16日(木)23:59
ハッシュタグ「 #せりふ三題噺 」「 #氷サンバルソース豚 」をつけて投稿
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