何として、生きていく?【ファンタジーエッセイ|異世界記録】

ひまわりは、今年も咲いた。
けれど、この土地の花は、どこかくたびれている。
茎は曲がり、花びらはところどころ欠けていて。
遠くから眺めれば、みんな俯いているようにも見えた。
それでも少女は、この場所が好きだった。
「今年も咲いてくれて、ありがとう」
そう言って、ひまわりに触れる。
小さく咲いた花は摘んで、家へ連れて帰る。
広くもなく、豊かでもない。
けれど、家族と肩を寄せ合えば、ちゃんと憩いを感じられる場所。
その家の前に花を飾るのが、少女は好きだった。
──まだ、この世界には花が咲くんだよ。
戦火を逃れ、その土地で暮らす大人たちへ。
そんなことを伝えられるような気がしたから。
大事だと思うものを、大切にしなさい。
人には、優しくしなさい。
それが、苦しい日も嬉しい日も共に生きてきた両親から、少女が教わったことだった。
──その日。
ひまわり畑の奥に、見慣れない“大きな機械”が倒れていた。
少女が最初に抱いたのは、恐怖ではなかった。
「……あなたは、だれ?」
返事はない。
鋼鉄の身体には、無数の傷。
大きな砲身はひしゃげ、装甲の隙間から覗く機構も、ところどころ焼け焦げている。
胸元には、この土地では見たことのない、黒い狼の紋章。
遠い国から来た機械だった。
機械技術の発達した国。
少女が知っているのは、それくらいだった。
国の名前も、そこにどんな人たちが暮らしているのかも知らない。
けれど、耳を塞いでいても届いてくる話がある。
より優秀な機械を。
より強い機械を。
より優れた技術を。
その国は、各地の抵抗する国々と争い続けているという。
手を取り合うのではなく、劣るものを排除するために。
そしていつしか、人を支えるために発達したはずの機械は、
人を、そして機械を壊すためにも使われるようになった。
目の前にいるものも、その一つなのかもしれない。
少女は、戦争を知らないわけではなかった。
大人たちが戦火を避け、火の粉さえ届かない土地を探し続けた末に、ようやく今の暮らしがあることを知っている。
だからこそ、分かった。
この機械もきっと、遠い場所で、何かを傷つけてきた。
そして──同じように、傷つけられてきたのだと。
その瞳のような小さな光は、まだ消えていなかった。
少女を威嚇するでもなく、
怯えて逃げようとするでもない。
ただ微かに、揺れるような明滅を繰り返している。
それが少女には、迷っているように見えた。
「……大丈夫だよ」
少女が手を伸ばす。
機械は、ほんの少しだけ身体を震わせた。
ギ、と。
鋼鉄の軋む音が、声になれなかった言葉のように響く。
少女がもう一度、そっと手を伸ばすと、
機械は、壊れた武器のほうへ、頭部らしき場所を傾けた。
少女は、その動きを見つめる。
──破壊するために、つくられた。
機械がそう語ったわけではない。
少女がそう受け取っただけ。
それでも、何故だか、
胸の奥を、小さく握られたような気がした。
「……そうなんだね」
機械が腕を動かす。
残された武器へ手をかけ、
自らの身体から引き剥がそうとするように力を込める。
けれど、外れない。
もう一度。
それでも、外れない。
やがて機械は諦めたように腕を下ろし、力なくその場へ沈んだ。
少女には、それが、
──これも、ワタシなんだ。
そう言っているように思えた。
壊れた砲身。
身体中に残された武装。
熱によって黒く変色した銃口。
やがて、鋼鉄の身体が小さく震える。
夕日に照らされた瞳のような光が、
涙を溜め込むように煌めいている。
──なぜ、ワタシは生まれた。
少なくとも、少女にはそう見えた。
だから、考えてみた。
生まれるって、なんだろう。
何のために、生まれるんだろう。
けれど、難しいことはよく分からなかった。
はっきりとした答えを語れるほど、
少女もまだ、長く生きてはいない。
だから、分からないまま、口を開いた。
「ごめんね。私には、あなたが欲しい答えとか、ちゃんとした考えとか……そういうものは、伝えられないと思う」
少しだけ俯いて。
それから、また機械を見る。
「だけどね。私も、自分から生まれたいって言ったわけじゃないよ」
風が吹く。
くたびれたひまわりたちが、静かに揺れた。
「お父さんとお母さんが私を愛してくれたから、私は生まれたんだって。だからね……今、あなたとお話ししていて思ったことがあるの」
少女が言葉を探す中、機械の光が一度だけ瞬く。
「生まれたときの理由と、これから生きる理由って、同じじゃなくてもいいんじゃないかな」
正しい考えを口にしているのか、少女にも分からない。
それでも、笑った。
そして今度こそ、傷だらけの鋼鉄へ手を触れた。
冷たい。
けれど、その奥にはまだ、小さな光が微かに灯っている。
「あなたがもし、自分を好きになれなくても、どこにいればいいのか、迷子になってしまっても」
夕陽が、少女と機械を同じ色に染めていく。
「きっと、それは“あなただから感じていること”で……あなたにしか出せない答えが、いつか見つかるんだと思う」
機械は答えなかった。
それでも少女は、その隣に座った。
そして、くたびれたひまわりを見つめながら言った。
「花はね、“自分がどうして花なのか”って、教えてくれないの。元気じゃないかもしれない。色鮮やかじゃないかもしれない。綺麗だねって言ってもらえない日も、いっぱいあるかもしれない」
それでも。
「咲くんだよ」
少女は、機械を見上げた。
「だからね。私があなたを大切にしてもいい?」
そして、ひまわりへ向けるのと同じ優しさで続けた。
「ここに咲いている、花たちと同じように」
──ひまわりは、今年も咲いた。
立派ではない。
傷ついていて、いつまで咲いていられるのかも、分からない。
それでも少女は思う。
咲いてくれて、ありがとう。
生まれてくれて、ありがとう。
何として生まれたのかは、きっと変えられない。
でも。それでも。
何として生きていくのかは、これから決めてもいい。
だから今日──兵器として生まれたひとつの機械は、初めて誰かに、愛されるものになったのかもしれない。
こちらのテーマ・感情・世界観をもとに、人間とAIの共創から生まれたBGMをYouTubeで公開しています。
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