20260719
いまとなってはなんでそんなことを思いついたのかわからないのだけれど、昨日の夜にふと「谷崎潤一郎『細雪』を英語で読むのはどうだろう」と思い立った。とはいえ、恥を忍んで言えばぼくは『細雪』を読んだことなどないのでAmazonでペーパーバックの価格とページ数をチェックして、それからこの機会に『細雪』をじっさいに読むことにいどむことまで思いついた。大谷崎の日本語は言うまでもなく「比類なき」ものなので、英語学習のあいまに読めばおおいに啓発されるところがあるだろうとふんでのことだ(ちなみに『細雪』は英語では『The Makioka Sisters』として翻訳されている)。そんなことをChatGPTに質問したりして昨日の夜は終わった。
今朝、6時半頃目が覚める。その後7時からいつものようにシャワールームに直行しそこで熱めのお湯でシャワーを浴びて、それから昨日着ていた服と下着を洗濯機で洗濯する。そして7時50分から英会話のZOOMミーティングに参加する。その7時50分までのあいだ、上に書いたアイデアをもうすこし自分の中で煮詰めてみた。いま、ぼくは英語のペーパーバックを地道に読み進めている。デヴィッド・リンチ自伝『Room To Dream』とジョージ・オーウェル『1984』がそれらだ。だが言うまでもなく、ぼくは英語が日本語よりすぐれた言語だなんて言うつもりはさらさらない。日本語(ぼくにとっての母語)のすばらしさも認めたい気持ちがある。それを思い、自分自身の中で英語学習の箸休めになったりあるいは自分自身の日本語を見直したりするきっかけになる本はないものだろうか、とあれこれ考えたのだった。
英会話のZOOMミーティングが7時50分からはじまり、今日は日曜日ということでとくに話題を事前に設けない「フリーカンバセーション」の日。ブレイクアウトルームに集った方々とまずはさいきんの暑さについて語り、そこから「海の日」の話題や夏の過ごし方、それぞれの誕生日について(「海の日」と誕生日がかさなるメンバーがおられたのだ)話し合う。そしてこの三連休の過ごし方についても話がおよぶ。手芸を趣味とするメンバーの方がおられて、その方の手芸談義がおもしろく今日も充実したミーティングを過ごせたと思った。
その後、朝食を摂ってから着替えて部屋を出る。今日はぼくが所属している自助グループの定例ミーティングの日。まずはグループホーム本家に向かい、そこでミーティングの参加費や今週分のこづかいを受け取る。それからここさいきんの出来事を管理者の方にお話しする。たとえば昨日のフラッシュバックやめまい、あくびが止まらないことなどなど(睡眠時無呼吸症候群のうたがいはないか、と言われた)。それからイオンに向かいそこでコーヒーを飲んでミーティングにそなえる。それが終わると谷崎を読むことについてまた思いを馳せる。いや、広く「日本語の文学(ぼくが注目しているグレゴリー・ケズナジャットのような作家もふくむ)」を読むこと全般を考えたというか。
10時よりイオン近くの古民家カフェにてミーティングをはじめる。まずは自己紹介と近況報告が話されて、ぼくもフラッシュバックとめまいのことを話す。それから、事前に申し込んでいたぼくの話題を話すべき時がきたので自分がこれまで折に触れて描いてきた絵の話をする。2年前に絵を描くことをはじめたこと。そして職場が女性ばかりでなかなか打ち解けられず苦労して、それで一時期はぼく自身の中に周囲を見下すくせがついてしまっていて「壁」ができあがっていたこと(その「壁」の中でハリネズミよろしく針を立てて自分を守ろうとしていたこと)などを話した。それが、ふとしたきっかけで絵を周囲にお見せするようになって打ち解けられてきたことも話せた。そこから雑談の効能について話題が盛り上がり、楽しいひと時を過ごせた。
その後、ある方が躁鬱病(双極性障害だろうか)の躁の状態におちいった時にどのような生活をしておられたか話された。ぼくははっきりした躁を経験したことはないが、精神的にいまなお不安定でありそのストレスから過食・衝動買い・生活態度の荒れにいたることは自覚する。なのでその方が周囲(ご家族や同僚、あるいは医師など)のサポートを得て自分自身を律しておられるという話がことのほか印象的で、思えばぼく自身もグループホーム管理者・副管理者の方々のサポートを得ることでなんとか生活が破綻しないように守られているのだなと思った。そうした他人の体験から自分を顧みられるのもこのミーティングの醍醐味だ。
実は昼をはさんだ時点で、不意に精神状態が悪くなってきたのを感じた。これはきっとこの猛暑がたたったのだろうと思い、また昨日のフラッシュバックのことや今日話したいことを話し終えて緊張が解けたこともあって脱力してしまったのだろうとも悟った。それで、申し訳なかったのだけれどその場を去らせてもらう。そして自分のアパートに戻り、そこでしばし昼寝した後に今日はもう絵もポッドキャストの台本づくりもあきらめようと思い(ごめんなさい)、そしてひたすらベッドに寝そべってゴロゴロする。
それで、さいしょは『Room To Dream』『1984』の英語のペーパーバックを読んでいたのだけれどしだいに脳が悲鳴を上げはじめ、それで「無理はよくない」と思い日本語の本に切り替えることにした。読みかけていたジョン・バンヴィル『無限』の続きもためしてみたのだけれどなんだかイマイチ(バンヴィルにケチを付けるつもりはなく、たぶんこの作家とは相性が合わない)。それで、ふと部屋の隅にあった未読だった多和田葉子『白鶴亮翅』を読んでみたらすんなり頭に入ってきたので、それを読むことにした。
6時の夕食をはさんで、時にLINEをチェックしたりしつつ読書にはげみなんとか読み終える。多和田葉子については過激な言語実験をおこなう作家というイメージがあり、そのイメージゆえにある種のとっつきにくさを感じていた(抽象画を楽しむような覚悟が要ると思っていたのだ)。だがこの『白鶴亮翅』は主人公たる翻訳家の日々の生活を実にぬくもりある筆致で記していて、ヤマもオチもないような話だけどたしかに「惹きつける力」を持っているとにらんだ。ただ、そうした性格上はっきりとあとになにか残る性格のものでもないとも思う。メッセージ性を読み取るより充実した「プロセス」たる「読書時間」を楽しむための本ではないかと思った。
さて、これを書いている時点で本をとにもかくにも1冊読み終えたので脳がいよいよくたびれているのを感じる。これからどうしようか……発達障害(注意欠陥多動性障害)の持ち主ゆえの悩みか、ぼんやりしようとしていると産毛がチリチリしてくるようなイライラ感をおぼえる。ただ、無理をすると明日の仕事に差し障りが出る。こういう時のこともグループホームの方々や医師に相談すべきかもしれない、と思った。ひとまずはDiscordでまた文学談義でもしようか、と適当にクラシックのピアノ曲(ショパンなど)を聴きながら考えている。
