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4人の子供と、4人の私

うちには子どもが4人いる。

当たり前だけど、4人とも性格が違う。
おんなじように育てたつもりなのに。

似てるけどもちろん顔も違うし、考え方も違う。
好きなものも、得意なことも、私との関係も全然違う。

同じように育てた、と思っていたけど
最近、私も子どもによって違う母親になっていることに気がついた。

同じ私なのに、相手が変わると、出てくる私も変わってる。

平野啓一郎さんの『私とは何か「個人」から「分人」へ』
という本を読んで、そっか、子供ももちろん違うけど
接している私がそれぞれに対して違う「分人」がいるか
全然違う子に育っていくのかもなーって納得した。

ご興味ある方は読んでみてくださいな。

長男とわたし

長男には、なんとなく自分を重ねてしまう。
私も同じく4人兄弟の長子だし、似たような本が好き。

楽観的で、好きなことはとことん頑張る。
でも興味がないことや、自分が気にならないことは、
人に指摘されても本当に全然やらない。

そこは、かなり似ていると思う。

ただ、思考回路は夫にも似ている気がするし、
第一子で今よりずっと子育てには慎重だった。

さらに異性ということもあって、私は最初から、
「この子のこと、私には分からないかもしれないから」
と思って

小さい頃から今まで、かなり丁寧にコミュニケーションを取ってきた。

長男と私の関係は、子どもと母親というより、仕事のしやすい気の合う同僚みたいなときがある。

「これどうする?」
「じゃあこうしよう」
「おっけ!」

みたいな。

もちろん母親なので、注意することもあるけれど、
どこか一緒に長男の「成長プロジェクト」を進めているような感覚がある。

中1になって口数は前より減ったけど
外では特に距離とってくるようになって寂しいけど

明らかな反抗期はなくって
本や音楽やサブカル話ができるようになって大人に近づいてる。

その距離感が、今の2人にちょうどいい感じ。

次男とわたし

次男は、かわいい。

小5なんだけど
愛嬌があって、子どもらしくて、素直。

そして、かわいい。

……これ、何回でも言える(笑)。

ただ、お勉強のことや友達関係のことになると、ちょっと危うい。
いや最近かなり危ういのではと密かに思っている。

「大丈夫かな、この子……」

という心配が、昔からずっとある。

次男は、私とも夫とも、思考回路が少し違う。

得意なコミュニケーションの方法も違う。

長男とも違う。

だから、

「この子にはこの子のやり方で、ちゃんとコミュニケーションを取らないと、やばい!」

という気持ちが、いつもどこかにある。

次男の前で、私は結構心配性な母かも

たぶん、本人からしたら、

「そんなに心配しなくても大丈夫だよ」

ということもあるんでしょう。
だから余計に危うい橋を渡りたくなっている気もするけど。

でも、心配してしまう。

そして、そんな心配性の私を、次男はたぶん、あの愛嬌でなんとなく許している。
ツンツンしているけど、
毎日おやすみ言う時にナチュラルにハグしてくれるし、
なかなか離れないことを、私だけは知っているんだ。

長女とわたし

長女は、めちゃくちゃ賢い。

人間を200回くらい生まれ変わってやっている、絶対。

生まれたときから、私はこの子のことを「女子高生」だと人に説明しているんだけど(笑)
実際女子校で先生をしている義父が、ホントにその通りやなぁって2歳くらいの時に言っていた。

でももちろんまだ子どもなので、子どもらしいところもたくさんあって
本人もそのアンバランスさで苦しんでいるように見えることがある。

だからなのか、小学生になった今、ものすごーく反抗的。

長女には、長男とはまた違う形で自分を重ねてしまうんだ。

多分、自分の嫌なところが見えてしまっている。

「そこ、そういう嫌なとこ…私に似てるな」

と思う。

自分の嫌なところを見せられているような気持ちになるから、
長女には「叱る」というより、大人げなく喧嘩になることもあって反省。

しかも、賢いんだなー。

大人が何を言われたら腹が立つのか、たぶん分かっているの。

でも2人だけで一緒にいると、超楽しい。

二人でニューヨーク旅行したり、バレエを観に行ったりした。

一対一で話していると、本当に友達みたいだと思う。

深いところで分かり合える感じもある。

だから喧嘩もするけれど、長女といるときの私は、母親であると同時に、
一人の人間としてこの子と向き合っているような気がする。

次女とわたし

そして次女。

もう4人目だし、まだ小さいから
ただ、かわいい。

泣いていてもかわいい。

何をしていてもかわいい。

もちろん、泣き続けられたら大変だし、眠い日もある。

でも、基本的には、

「かわいいーーー」

と思っている。

そして、次女を見ていて一番思うのは
上の3人の小さい頃のこと。

私は、もっと上の3人を「かわいい、かわいい」と愛でたかったんだな、
と気づく。

何も心配せずに、

ただ、

「かわいいーーー!」

と思う時間が、もっと欲しかった。

長男と次男は年子だった。

しかもアメリカにいた。

あの頃は、本当に大変だった。

大変だったことしか覚えていないくらい、大変だった。

長女のときも、上の二人がまだ小さくて、さらに仕事もしていて、
毎日バタバタしていた。

もちろん、そのときだって充分可愛かった。

大好きだった。

でも、今、次女を見ながら思う。

もっともっと、可愛がってあげたかったし
可愛いってもっともっと感じられる余地があったって
今になって気が付いてしまったんだ。

「大変」じゃなくて、

「かわいい」だけ

思う時間が、もっとあってもよかったんじゃないかな。

だから次女を育てながら、ときどき上の3人に、

「ごめんね」

と思っちゃう。

あの頃の私は、あの頃の私なりに、必死だったし
100%で育児はしてきたから、後悔はないんだけど

もし願いが叶うなら、
4人の1歳半〜2歳くらいの時にもう一回会って
ぎゅうぎゅうに抱きしめたい。

4人目になって、親のことを考えるようになった

そして、4人目を育てるようになってから、自分の親のことをよく考えるようになった。

私も4人兄弟だから。

今、自分が4人の子どもを育てていると、

「うちの親も、これ大変だったよね」

と思うことが増えた。

お弁当を作ること。

部活や習い事の送迎をすること。

毎日のご飯を作ること。

学校のことを考えること。

それぞれ違う4人のことを、それぞれ違うように心配すること。

子どもの頃は、それが当たり前だった。

でも、自分がやる側になって初めて、

「これ、全部やってくれてたんだな」

と思う。

親にしてもらったことを、今、自分も子どもたちにしている。

親孝行って
私は両親を温泉に連れて行ってあげることだと思っていたんだけど(笑)
何か特別なことをすることだけじゃないのかもしれない。

自分がもらったものを、自分の子どもに渡していく。

それだけでも、少し親孝行になっているような気がする。

長男の部活の送り迎えが大変な時
次男の学校に呼び出された時
長女と喧嘩しちゃった時
次女の夜泣きで白目になっている時

なんとなく、今目の前で大変なこどもだけじゃなくって
親の顔を思い浮かべるようになったんだ。

そうすると大変なことも、もう少し頑張れるなって思う。
そういう修行だと思っている。

子どもは、鏡なのかな?

子どもは鏡だ、と聞いたことがあるよね。

でも最近は、それだけじゃない気がしている。

子どもは、自分の中にあるものを映してくれるだけじゃなくて、

自分の知らなかった自分まで、見せてくれる。

長男の前では、少し合理的な私。

次男の前では、心配性な私。

長女の前では、子どもと対等にぶつかってしまう私。

次女の前では、ただただ「かわいい」と思っている私。

どれも私だ。

どれが本当の私なのか、ということではなくて、

たぶん全部、本当の私なんだと思う。

4人の子どもを育てているつもりでいたけれど、

4人それぞれが、私の中から違う母親を引き出してくれていた。

そしてこれからも、子どもたちが大きくなるたびに、私はまた違う母親になっていくんだろう。

そのたびに、今まで知らなかった自分に出会うのかもしれない。

そう思うと、母親になるということは、

子どもを育てることだけじゃなくて、

自分自身も、何度も育て直していくことなのかもしれない。

4人の子どもがいて、

4人分の母親になれて、

私はなかなか忙しい。

でも、それは思っていたよりずっとハッピー。

こんな時代だけどさ、
いろんな考え方があると思うけど、
私は子育てするのは超楽しいよ。

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