【育児日記】午前2時、人生100回目の誓い。──終わらない名前付け
時計の針が、午前2時をまわった。
その夜、私は負けられないたたかいの
真っ只中だった。
相手は “ 新1年生グッズ ”。
日付が変わってからはじめた
防災ずきんや体操着のアイロン付けまで終わって
残すは、体操着袋の持ち手が取れたのを
直すだけ。
「かあさんが夜なべして手袋編んでくれた」
有名な歌が、頭をよぎる。
あの“かあさん”には
夜なべをする理由があったのかもしれない。
でも、こっちのかあさんに関しては…
自業自得。ただそれだけである。
まだ大丈夫と後回しにし続けて
気づけば、こんな時間になっている。
とはいえ、私にとって
この光景は、珍しくも何ともなかったりする。
いつだってこうなのだ。
胸を張って言えることではないが
締切前の夜に慌ててやって、
それでも一応は、間に合わせてしまう。
間に合ってしまうから、また繰り返す。
思い起こせば、小学生の夏休み。
毎日の1行日記は
夏休みが始まった1週間だけは、丁寧だった。
後半は、思い出せるはずもない毎日の天気を
思い出そうと努力しながら、捏造していた。
小学生らしく、バレたらどうしようと
毎年、焦っていた。
大学のレポートにいたっては
提出当日まで粘ったせいで、友達との旅行に
一人だけ遅れて合流したこともあった。
ちなみに粘ったのは
“内容の推敲”ではなく、“着手”である。
思い返せば、人生ずっとこんな調子だ。
計画的により苦手なものはない。
さて、問題はここから。
このポジティブに言えば
“ギリギリでどうにかできちゃう力”が
子どもに受け継がれていないとは
言い切れない。
もし彼らも、宿題やらなんやらを
最後にまとめて片付けるタイプだったら……。
そのとき、わたしはどんな顔で
注意するのだろう。
自分のことは、都合よく棚に上げて
叱るのだろうか。
共感なら、いつも以上にうまくできそうだが
それで終わらせるのは
親としていかがなものか。
かといって、導き方もわからない。
これから、ギリギリにやる我が子を前に
どうして叱ることができようか…。
親になったからといって
急に人間が変わるわけでもない。
完全なる白旗に
もはや、にやけてしまうのであった。
あーあ、次は絶対早めにやろう!!!
✨️🎒
ヘアアイロンはもはや、名前付けアイテムと化しています。
