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選択の可能性なんてねえよ、ヴォネガット

虚無紹介#4 カートヴォネガットジュニア「タイタンの妖女」


たぶん一番好きかもしれない作家の、今まで読んだ限りで一番好きな作品

人間の弱さと愚かさ、その虚しさに対する深い洞察
なのに超皮肉屋、こっちをユーモアで笑わせにきてる
笑いってほら、愚かなものを見て笑うわけじゃん

じゃあその最も愚かなものってなーーんだ?
そう!おれたち人間さー!的なね
そゆノリ

おれの中核思想、虚無を笑っちゃおうは彼から来てます笑笑

つって皮肉りながらも、その奥底に人間に対するある種の温かさがある
劇場版だけ優しいジャイアンみたいな
ジャイアンというよりは皮肉屋だからスネ夫に近いので
言うなれば、時々寄り添ってくるタイプのスネ夫
んーちょっと違うかも

今作では、
人間の自由意志について壮大なスケールから否定

われわれは何に幸福を見出すのかの彼の答え
ネタバレするとその答えは愛
普通だなおい笑笑


・おれはトイレに間に合うか間に合わないかの格闘をしてきたし、今もしている、これからもし続ける


ラムファードっつーのがいるんだけど
時間等曲率漏斗に飛び込んだせいで物理的物体としてではなく波動現象として存在するようになった男

んだよそれってたぶん理系でもお手上げかもだけど別にここはイミフでいい
つかこの作品かなりイミフなのしょっちゅうだから気にするなかれ

でも時々ウィットに富んだ皮肉なことがある、注意して読もう

要するに彼は空間や時空を超越した存在、
もっと言うと過去、現在、未来を時間的に並列な状態で見通せるようになった

イメージ的には時系列で描かれた古代の洞窟の壁画を見るように、
あらゆる出来事を時間的に同じ次元において把握可能になった

彼は死ぬ直前にまた、「時間等曲率漏斗ふうの見かたからすれば、わたしはつねにここにいることになる。わたしは、これまで存在したあらゆる場所に、これからも存在しつづけることになるだろう。」
「パンクチュアル(単時点的)な意味において、さようなら」と言う

おれも遺言これにする
これ言うために孤独死だけは避ける
「特殊な見方をすると、わしゃはずっとここにいることになる。わしゃこれまでいたところにこれからもいつづけることになる、狭い意味において、さようなら」

みたいなね、うぜーこの死にぞこない
今際の際に頭イカれたと思われるだけかな、
それともじいじは変わらないねえって呆れられるだけかな

とっとと死んでほしいよねこれ聞かされる側からしたら
ぜってえかますからな、気をつけろよ遺族

冗談さておき
実はここに、この作品に固有の時間的感覚とそれに基づく死生観がある

私たち人間が時系列上に何かを経験するというのは、つまるところ先に述べた壁画の内の、一部分のみに焦点を当て、比喩的に言えば松明を当てて、単時点的に眺めている(知覚している)に過ぎない

単時点的にってのはなんか、狭い時間的範囲でくらいにおもえばいいかな

蟻がこの壁画をみるとしたらそのスケールは人間のものよりはるかに小さいだろうし、時間等曲率漏斗に入ったラムファードからすれば人間のそのスケールはまた小さいのであろう

さながらラムファードは、人間の持つ松明の代わりにバカでかい懐中電灯でもってその壁画を照らしてるみたいな感じ

大事なのは、あくまでこの、どこまで見えるかは相対的なものってこと

実はサロっていうトラルファマドール星の住人は、ラムファードよりも時間的にはるかに広く見通すことができる

そんなサロでもすべてを見通せるわけではない

そして人間も、蟻も、ラムファードも、サロも、この壁画を自らの意志でもって描き替えることはできない

作中ではジェットコースターにたとえられている

すなわち、われわれはトンネルでお化けに遭遇したり、すばらしい景色をみる、上るときあれば、下るときもある

ラムファードの場合、そのジェットコースターを広く見通すことができる
しかしながら彼はそのジェットコースターの持ち主でもなければ設計者でもない
待ち受ける急降下やカーブを警告できてもそれら自体を取り除くことはできない

だれがその設計者であり持ち主であるかは作中では一切述べられていない
同様に私たちのこの世界の筋書きも誰が書いたか分からない
そもそもラムファードのように遠くまで見通すことすらできない
ただただジェットコースターに乗って揺らされることしかできない

そして死とは、そのジェットコースターに乗っているおれがどこかの時点で消えることなんだけど

それでもおれはいまもあの素晴らしい景色を見ている
急降下にいまも冷や汗をたらし続けている
個人的には急降下んときはもう
「ヒャッホーーー!!!、HoooooooSaiKOOO」て盛り上がるけど
まあ比喩なんでそこは
んで、死がそうしてるおれを消すことはない

壁画のどっかでおれは消えるけど、
死ぬ13時間前のおれ、
生まれてから30秒後のおれは消えない、
いまも存在しつづけている、実は

という死生観

あなたの身近な人でもし故人がいるなら、その人はいまもつねにあなたとなにかくだらない話をしているといえる

初めてのぎこちない会話、すれ違いによる喧嘩や仲直り、今以上に幸せだったかと思う瞬間、別れの瞬間
そのすべてはいまもまだ存在するし、存在してきたし、存在しつづける

ちょっとジーンと来た??ちょっと目頭熱くなった??

あなたがそうは思えないのはただ単に、あなたがパンクチュアルにしかこの世界を把握できないから

死んでもなおこの世界がありつづけるわけでも、死んだ瞬間に何もかも消えてしまうわけでもないという独特の死生観がここに表れているのである

たぶんだけど、蟻、人間、ラムファード、サロで時間的に見通せる範囲が相対的に異なるというのは
みんなが使う「いま」という時制が意味する射程あるいは範囲の違いなんじゃないかと

だからあなたの「いま」を拡張することによってあなたが見通せる時間的範囲は広がるかもしんない

どう拡張するのか?
そんなもんお前、時間等曲率漏斗につっこみゃいいんだよ
と、おれの中のヴォネガットが仰てる
火星らへんにあるらしいからぜひ

・あなたの選択はあらかじめ確定されている

ヴォネガットは自由意志による多様な可能性を一切認めていない

自由意志のおかげであなたの前には複数の分岐点が常にあって
その選び方によって異なる景色を見ることができると思っているかもしれない、

しかしそれは壮大な誤解であり、とっても傲慢、
と彼ならたぶん言う
(でもそんな君も彼は優しく諭しくれる、たぶん笑)

作中では直接的に触れられているわけではないが、
ほかでもないその自由意志によって我々の乗るジェットコースターは進む力を得て、
そしてその設計者の意図に基づいて定められた運命を経験していく、そういう決定論が展開されてる

自由意志は可能性の多様さではなく決められたシナリオへ進めるためのエネルギー(動力)に過ぎない

作中に出てくるUWTB(そうなろうとする万有意志)は、
直接的な意味は自由意志の集合体とかかな

けどヴォネガットは、私たちがただ一つのレールの上を走ることしかできないのに、
「私の意志」が存在し、かつそれによってあらゆる可能性が開かれていると思いたい、そのような虚しい欲求をこの言葉で皮肉ってる

やめたげろよ笑笑そんな救いのねえこと言うなよ笑笑
と笑うことで少ししんどさをやわらげよう

このUWTBは宇宙船の動力となっており、
かつその宇宙船は自動運行装置によってあらかじめその進路は決められているというのがそのメタファー

UWTBっていう動力は宇宙船以外にも人間を操れるみたい
実はそれで人間を利用してるっぽい

ちなみにこの、我々人間たちが自らの意志によって未来を切り拓いていくことが可能だと信じていることを皮肉る描写があちこちにある

その一つがさっき出てきたトラルファマドール星から来たサロ

サロはそもそも故郷から銀河の果てまで一通のメッセージを渡すために宇宙を航行していた

その途中で宇宙船が故障し、修理のための部品を得るために地球人を利用していたというのが判明する、
そんでラムファード(さっきの神みたいなやつね)はサロに利用される形で協力していた

その地球人の利用というのは一時的なものではない
サロは億年単位で稼働できる機械なので

人類の有史以来から人類を利用し、戦争や文明の発展すらもそのための道筋に過ぎない、ということが明らかになる

トラファマドール星からサロはそのメッセージを開封してはならないと命令され、ラムファードがその中身を見せてほしいと頼んでも断っていたが友人であるラムファードの死後、彼との友情を示すためにそのメッセージを開封、

ノーマル人間かつ主人公のマラカイにその中身を打ち明ける

その内容は英語で「greetings」というだけのもの
「よろしく」とか「ごきげんよう」くらいの意味笑笑笑笑

おいおいおい笑笑笑笑
おれら人類はこんなしょうもないカスみたいな内容のメッセージ送るためだけに利用されてたんかーい、っていうね

サロ自身はそんなことのために親友のラムファードも人類も利用していたことになるじゃーんて絶望して

使命を放棄、
自分の体をバラバラにし、意識もなくなり動けなくなってしまう

これでサロは、彼の自由意志によって、彼の使命から逃れたように見えるがそうじゃない

主人公のパンピー(一般ピープル)であるマラカイが長い時間をかけてサロを修理し、サロは意識を取り戻すからである

そしてマラカイの最後の頼みである、地球に還らせてほしいという望みを叶えるんだけど(物語はそこで終わってしまうのだが)

あんだけ絶望して自分の体も引き裂いたサロだけど
何事もなかったかのような涼しい顔で

宇宙の航行を続けてメッセージを運ぶぜ、みたいな感じだったから
まあ結局彼は運ぶんでしょうよ

マラカイやラムファードを含む人類は、「よろしく」という意味のメッセージを届けるために利用されていたことになるし、

そのメッセージを伝えることを放棄しようとしたサロも、結局はその使命を果たすことになり、やはり自由意志による運命からの脱却は不可能であるように思える

もしかしたら我々も、UWTBによって「よろしく」というメッセージを運ぶ宇宙船の修理のために懸命に生きているのかもしれない

そう思うと虚しい
やりきれない、救われない
今日あなたが朝食に白米ではなくパンを選んだのもUWTBかもしれない
あなたの人生がうまくいかないことははるか昔から確定していたかもしれない

自由意志に基づいても筋書きは変わらないのだからもう何をしても無駄だと思うかもしれないが、そう思ったことすらも筋書き通りかもしれない

じゃあもういっそ死んでしまおう、それも筋書き通りかもしれない

やっぱ死ぬのやーめた、必死に生きてやる、これも筋書き通りかもしれない

僕たちはただ決められた筋書きを自由意志によって突き進むしかない、そういう存在として人間を描いている

そろそろ救ってくれよっつー読者の声が聞こえるので
救って差し上げよう

・私たちはなにに幸せを見出したらいいのか

人間同士のつながり
というだいぶありきたりだけどまあ改めてそこに注目しましょうや

笑いもそうではあるけどどっちかっつーと
笑いは人間の虚しさについて語るときの手法だからここでは触れない

作中でも、結果的にサロの宇宙船修理に必要な部品のために奔走するパンピーマラカイは、

記憶喪失の中でかつての親友であるストーニィを自らの手で殺めたことを後で知るんだけど、

最期にはサロがみせる幻覚によって親友との再会を果たす

もしサロが彼を利用していなかったら、マラカイは親友を殺めずに、よき友でいつづけることができたかもしれない

最期にマラカイが人のぬくもりに幻覚であれ触れることができたこともまた筋書き通りかもしれない

けどそこにヴォネガットは幸福を見出しているようである

個人的には、自由意志によってあらゆる可能性の展開を盲信し、結局は一つのシナリオに従わざるを得ない人間の、
その虚無感の方にばかり注目するが、そんな中にヴォネガットは人間同士の愛またはつながりによって一筋の光明を見出しているようである

こんなセリフがある

「だれにとってもいちばん不幸なことがあるとしたら、それはだれにもなにごとにも利用されないことである」
「わたしを利用してくれてありがとう。たとえ、わたしが利用されたがらなかったにしても」


利用されるという関係にすら幸福を見出すのが人間であるというのがヴォネガット的人間観

これちょっとわかるんよね
人間て自分が存在していい理由、生きてていい理由を
自ら見出せるほど強い生き物じゃないんだなって

それができたらニーチェの言う超人だけど
ずっと超人でいつづけるなんて無理じゃね

利用されるという形でも、誰かのための手段であっても
少なくとも存在価値は見出されてるという点でそれは幸せなんだろうなっていう

その文脈で見ると「利用してくれてありがとう」がすごく説得力を持って理解できる

というわけで
——読んでくれてありがとう、
パンクチュアルな意味において、さようなら——

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