見出し画像

病めるときも、健やかなるときも、爆笑することを誓います。

夫が、痛風になった。

松葉杖をついて、足を引きずりながら渋谷まで出社する。
その背中たるや、哀愁の塊である。

夫は寡黙で、笑み一つこぼさないタイプだ。
そして、愚痴も無い。

痛いと言うこともほとんど無い。
その夫が、イタタタタと言いながら、足を引きずっている。

20年前に、地元の名古屋から2人で上京した。
地元で社会人をしていた夫は、憧れのゲーム会社へ入社するために退職。そして上京し、専門学校とアルバイトを往復した。狭いアパートで貧乏だったが、休みの日には2人でポテトチップスを食べながら、小さなブラウン管にかじりつき、ボンバーマンでひっそり盛り上がった。そのアパートで、東日本大震災を経験した。このまま東京にいても危険だから、地元の名古屋に帰ろうか。いやでも、どこにいたって安全とは言えないから、いざという時の備えをして暮らしていくしかないんじゃないか。そんな話し合いをし、東京にとどまることにした。ところが震災から数年後、住んでいたボロアパートの取り壊しが決まり、退去せざるを得なくなった。しかもそのとき、私のお腹には息子がいた。
しかし、私は笑っていた。なぜなら、タダで引越しができるからだ。ラッキー! どの道、息子が産まれたらここには住めないねと話し合っていたところだった。ヤッター! 引っ越しにかかる初期費用を全額もってくれるらしい!! わざわざお詫びの菓子折りまで持ってきてくれちゃって、いやーこれ以上太ったら妊婦健診で怒られちゃうなーなんて言いながら、食後にそのお菓子をもりもり食べ、お腹がボンバーしそうだった。

それから時は経ち、息子は10歳。
夫は、念願のゲーム会社に勤めている。

一昨年の秋、夫の母が亡くなった。
昨年の春、あとを追うように義父が亡くなった。
夫は、涙一つこぼさず喪主を務めた。

42歳、厄年の夫。

現在、痛風である。

「どうしても痛い時には、これを使いなさい」
神様の声に聞こえたに違いない。
夫はそれを握りしめ、人生初の「坐薬」に挑戦する。真剣にスマホを眺める眼差しは「坐薬 やり方」を検索していた。人差し指を華麗にスワイプさせ、静かにスマホを机に置くと、神より与えられたもうた、それをそっと手に取り、重い腰をゆっくり上げ、トイレへと向かった。
しばらく経ち、御光を背負って扉から出てきた夫は、心なしか内股気味だ。

「できた?」

「おぉ、なんか効いてきた気がする」

いや、まさか。
それは、完全に気のせいだ。

夫を見ながら、私は爆笑した。
そんな私を見ている夫は、無表情である。

夫と私は、真逆の性格だ。
こんなにも真逆で、よく一緒にいられるものだと思う。
唯一の共通点を見つけるなら、頑固者で自分の考えを曲げない2人ではあるが、夫婦生活におけるターニングポイントで重大な決定事項があるときは、必ず同じ意見になるところだ。ボロアパートから引っ越しをしたあと、「この街は気に入ってるからさ、ここら辺でマンションとか建ったら、買っちゃってもいいね」「おぉ、戸建てより、マンションかな」「やっぱ、我々はそうなるよね。家の管理とか2人には向いてないし、いいと思う。オートロックとかあったら安心だよね」そんな話をしていたら、最寄駅から歩いて15分くらいのところに『マンション建設中』のチラシを見かけた。ベビーカーを押し、まだ未完成のその建築物を見るやいなや、2人とも「ここにしよう」と決めた。帰り道にそのマンションのモデルルームに行き、南向きの部屋で何階がいいというところまで話を進めた。「一応、他のマンションとかも見学しとく?」と聞くと「見たかったら見てきていいよ」と言われ、私は息子と散歩がてら別の新築マンションや戸建ても見たが、やっぱり夫と見たあのマンションがいいなと思い「一応、他も見たけど、やっぱあそこでいいかも」「おぉ、じゃあ、そこにしよう」と即決した。

今住んでいるこのマンションが、あのとき見た未完成の建築物である。ここに住んで早9年。なんの不満も困りごともない。満足である。2人で決定したことに不満を抱いたことは、今まで一度もない。
これが唯一、一緒にいられる理由だ。

ちなみに、夫は一滴もお酒を飲めない。
なぜ、痛風なのか?
最初に「痛風」と診断された時は、夫も私も大変おどろいた。痛風と言えば、酒呑みがかかる病気だと思っていたからだ。調べると、生活習慣や食生活、それに肥満やストレスが挙げられた。たしかに、夫はここ1年ほどで、かなり太った。

夫は、ストレスが溜まると暴飲暴食をするタイプだ。
顔には出さないが、やはり義父母のことはこたえているのだろう。私自身も、実母を亡くした翌年、突発性難聴になった。夫は、痩せれば痩せるほど順調で、太れば太るほど何かある証拠なのだ。
今にもボンバーしそうな彼のお腹が、それを物語っている。

彼は憧れのゲーム会社に勤続し、管理職になった。悩み多き、管理職である。彼は、遅咲きだった自分に引け目を感じている。今、新卒で入ってくる若い子たちをうらやましく思っている。また、それを誰にも相談せずに1人で背負っている。若い才能のある子たちへの憧れと、自分に対しての自信喪失が、最近の夫に影を落としているようだった。
多かれ少なかれ40代というのは、親の介護や子育て、また仕事では責任ある職務を任され、プレッシャーのかかる世代なのかもしれない。孤独感との戦い。それが痛風となって現れたのだろう。

しかし、なぜだろう。
彼の哀愁が、私にはツボなのだ。

上京して彼が専門学校に通っていた時、専門学生と言えば10代20代の子が多い中、1人、おっさんが混ざっていた。私の夫である。キラキラの専門学生の中に、無表情のおっさんが混ざっていた。それだけで、もう充分ツボだった。ある日、上野動物園で写生会があった。他の専門生は友人同士で場所選びをしていたが、とうぜん夫にそういう人はいなかった。おっさんがポツネンとたたずみ、どの場所にしようかと考えあぐねていると、急にメガネの上に鳩のフンが落ちてきた。他の専門生たちもそれを見ていたようだが、彼をどういじって良いか分からず、ついに誰にも声を掛けられなかった。彼は1人トイレに向かい、鳩のフンを洗い流したそうだ。そのエピソードを聞いた私は、もう、お腹がよじれるくらい笑ってしまい、その日から数日、夫の顔を見ただけで笑いが止まらなかった。「ねぇ、そのとき描いた絵は、鳩だよね?」「いや、象」「いや、鳩でしょ。なんで、象?」「いや、動物園にいる動物を描くんだよ」「そうだよ。動物園に、鳩いたじゃん。それで、そ、その、鳩に、フンを、、、ぷふふぅー!!!」
あのとき、無表情の夫は何を思っていたのだろう。

しかし、さすがに今回は痛風でいたみを訴えている彼が気の毒だった。病院から戻ってきた彼はどうやら激痛で歩けないらしく、松葉杖をレンタルして帰宅した。「いや、松葉杖って、意外と難しいんだな」「そうなんだ。え、どんな感じ?」と廊下を歩いてみせてくれた。え、ちょっと、待って、ブリキのおもちゃが歩いてきた。どうしてそんな動きになるの? 松葉杖にぶら下がってるおもちゃみたいじゃん。ちょっと、もうやめて。やばい、笑いが止まらない。

そういう彼を笑ってしまう妻だから、夫もかわいそうである。

あぁ、でも、そうだった。
彼は、夫になる前から不器用だった。
そして私は、それが良かった。

「左目って、見えてないんですか?」
「え? あぁ、分かります? 実は、見えてないんですよね」
「え! 実は、って! いやいや、分かりますよ! バレてないと思ってたんですか!」
「あぁ、そうなんですね」

これが最初の会話だった。
夫は、生まれつき左目の視力がない。

これまで誰も触れなかった彼のコンプレックスに、「髪切った?」くらいの雰囲気で、土足で踏み込んだ私に、当時の夫は心底おどろいたらしい。

私からしてみれば、その人が面白いかどうかが重要なのであって、障碍しょうがいがあるか否かなんて大した問題ではない。それよりも、そんなバレバレなことを、他人にバレていないと思っていたこの人を面白いと思った。そんな彼だから、ゲームの仕事をしたいと思っていたけど諦めてしまったこととか、でも本当はやってみたいんだとか、そういうことも理解できた。

「やってみたいんだったら、やってみたら?」
「でも、上手くいかないかもな」
「そうねー。まぁ、そういうこともあるかもね」
「おぉ。そうなったら、君がネタにして笑ってくれるかもな」
「うん。その時は、爆笑してあげるね」

今日も夫は、松葉杖をついて哀愁たっぷりの背中で満員電車に乗る。
病気やケガの時は在宅勤務を選択できるのに、それをしない。「一応、直接みておきたいものがあるからさ」
まったく不器用なものである。

しかし、まずは痛風を治さなければ。
体のことを考えて、彼の苦手なお野菜たっぷりの健康的な料理を作って帰りを待つ。きっと、彼は無表情で平らげるのだろうな。想像しただけで面白い。

ブリキのおもちゃが壊れたような、悲壮感たっぷりの彼の姿を見て爆笑できるのは、この世で私だけだ。

©2026 mirai_iguchi
#創作大賞2026 #エッセイ部門


いいなと思ったら応援しよう!

mirai_iguchi 投げ銭大歓迎です☆