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俳優親子の2人舞台「父と暮せば」公演 広島・長崎を「いま、知る」機会に


若手俳優が念願の演目を主催&主演


8月9日(日)。杉並区の阿佐ヶ谷の商店街で開かれている七夕まつりに人々が浴衣姿で集っていたが、私が真昼の酷暑から逃げ込むように入ったのは、その近くにある小さな劇場だった。

平和な日本の光景(阿佐ヶ谷七夕まつり)

この日はたしか1945年の大戦で広島か長崎で原爆が落とされた日だが、どちらだったか正直なところ即答できない(正解は長崎)。だが、戦勝国であるアメリカのオバマ大統領(当時)が、2016年に現職大統領として初めて広島を慰問し献花した様子をテレビでまじまじと見たことは鮮明に覚えている。私もぜひ原爆ドームに行き、当時のことを知りたいという気持ちはあるものの、ついぞ今まで実現させていないままだったが、ちょうどよい機会に恵まれて、ここ阿佐ヶ谷の小劇場「ひつじ座」で催された小さな舞台を観にやってきたのだ。

小劇場「ひつじ座」

知り合いの若手俳優・摩耶さん(29)が、やはり俳優として大先輩の父・五十嵐秀樹さん(63)との2人芝居にここで臨んだのが、著名作家・井上ひさし氏の戯曲「父と暮せば」だった。1994年が初演で、映画化もされた代表作らしいが、私はその作品も知らない。しかし原爆被害をかいくぐって生き残った美津江の苦しい心の葛藤、密かな恋心を、原爆で死にながら幽霊として登場した父が励ます物語を通して、原爆投下当日の様子をも振り返るもので、私にとって貴重な観劇体験となった。

井上ひさし氏は山形県出身なのだが、摩耶さんと秀樹さんもまた山形県出身という共通項があった(私の父の出身地でもある)。それだけではない。摩耶さんが3年前に俳優を始めたてのころに、父親の先輩にあたり師と仰ぐ俳優兼演出家・桐山浩一さん(72)からこの作品のことを知ることになり、いつか自ら演じたいと考えていたという。そして舞台経験を重ねたこのタイミングで、ついでに父親を父親役にがっぷりよつに組む共演という付加価値もつけて実現させた。

舞台は長崎で原爆が投下された時期に合わせるように、8月7日(金)から3日間、計6公演が開かれた。父親役には秀樹さんと桐山浩一さんが交代で演じた。これに先立ち、秀樹さんとは5月に広島を訪れ、原爆ドームや平和記念館などを周ったという。なお、秀樹さんと桐山さんはいずれも、舞台のみならず「暴れん坊将軍」や「水戸黄門」など数々の懐かしい時代劇テレビ番組にも出演していた芸歴の持ち主だ。

私が観たこの日の公演は、60ほどの席は満席で、補助席を置くほどに盛況に終わった。演技をした彼らにとっては、唯一の被爆国として原爆の恐ろしさを語り継ぐ文脈で演技をしたんだと思うが、私はそれに共感しつつも、同時に違う思いを巡らせていた。

今の日本の課題を考える題材に


いま、日本は近隣に3つの核保有国が存在しているが、経済的にも軍事的にも世界の超大国になった某国の軍拡と他国侵略が本気で懸念されるなかなかシビアな国際情勢となっている。そして高市政権となったことで、おそらく日本は先の大戦以後、もっとも軍事力強化の機運、必要性が世論を含めて高まっていると言える(軍事的緊張の高まりは過去にもあったが)。さらに言えばごくわずかだが日本もアレを持つべきという意見も聞かれるようになった。

個人的には現実論として軍事力増強はやむなしな情勢と思うが、その先の極論(アレのこと)はどうなのか。そんなことに思いを巡らすと、どちらにせよ議論のたたき台として私たちはまず、広島長崎のことをキチンと知ることが必要ではないかと考える。軍事力増強の議論においてもしかりだろう。その意味でも、私にとってこの舞台は絶好の知る機会のひとつになった。

映画「火垂るの墓」は中学生の時に学校で観たが、昔すぎてほとんど忘れた。「はだしのゲン」も読んでいない気がする。広島長崎に行ったこともない。ましてやわれわれ大人たちは、子供たちに広島長崎のことを伝えようとする気持ちがある人はどのぐらいいるだろうか。忘れまいとする人たちと、私を含め忘れまいと努めていない人たちが入り交じる日本。私たちはこれまで幸いなことに平和を謳歌してきたが、憲法改正を含めてフタをしていた議論をさすがにそろそろ始めなければならない時期に差しかかっているとすれば、この舞台は手始めに「知るべきを知る」題材としてちょうどよいと感じた。

この舞台は、今後も定期公演をしたいと考えているそうだが、私も自分なりの目線でとらえた問題提議としてぜひ多くの人に観てほしいと思う。そしてそのために次回開催を期待して、ここに筆をとった次第である。

1時間30分の2人芝居はセリフがめちゃくちゃ多い
今回の演者でチーム蛙(かえる)を立ち上げたらしい
山形新聞本紙にも大きく取り上げられた


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