現実とは脳が見せている幻に過ぎない
私は近視なので7歳の頃から眼鏡をかけているんですが、昔から右目と左目では「微妙に色が違って見えている」のです。右目のほうが左目よりも色が「青みがかって」見えるんですね。
これは左右の視力差によるレンズの調整によって起こる現象だと思いますが、このような個人的経験から私は「ひょっとしたら自分が見ている世界と、他の人が見ている世界はちょっぴり違うんじゃないかな?」と考えるようになりました。
そして小学校時代のある日、私がずっと「カワイイ」と思っていた同級生の女の子を、他の男子が「あいつってブスだよな?」と真顔で言った時、その仮説は私の中で確信に変わったのです。
「僕が見ている世界と、他の人が見ている世界は違う」・・・と。
みなさんもちょっと考えてください。
「リンゴが赤い」のは人類共通の認識ですが、あなたにとっての赤と、友達にとっての赤が同じ色認識だと証明することはできるでしょうか?
ひょっとすると、あなたが「赤」と認識している色は、他の人にとっての「オレンジ色」かもしれないのです。そしてそのオレンジ色をその人は「赤」と呼んでいるだけの可能性があるんですよ。
それぞれ自分の個人感覚を元に「リンゴは赤い」と認識しているだけなんですが、みんな無意識的に「他の人にも自分と同じ色が見えているに違いない」と思い込んでいるに過ぎないのです。そこに何の根拠もないのに・・・です。
困ったことに、私たちは自分と他人の脳を入れ替えることはできませんので、私たちの見ている世界と他人が見ている世界が同じかどうかを「客観的に確認しようがない」わけです。
だから私たちは、それぞれ個人的主観による「別々の現実」を生きている可能性があり、その主観的な知覚のことを脳科学の世界では「クオリア」と呼ぶんですね。
つまり、クオリアを通してあなたは「あなただけの独自世界」を生きているかもしれないのです。
もうちょっと身近な例で言うと、子どもと老人では、聞こえる音の周波数(可聴域)に違いがあることは知っていますよね?
子どもは「モスキート音」のような高周波の音を聴きとることができますが、年齢とともに可聴域は狭くなるので、老人にモスキート音はほとんど聞こえません。
つまり、50代前半の私と4歳の息子では知覚できる世界に「違いがある」わけです。高音質なハイレゾ音源のCDを聴いたら、私と息子では「まったく違う音楽」に聞こえるのかもしれないんです。もちろん、息子のほうが美しく広がりのある音色が聞こえるんでしょうね。
そうなると、この世界には「絶対的な現実」が存在するわけではなく、私たちは自分の脳が認識できる狭い範囲だけをとらえて、それが「この世のすべて」だと勘違いしているだけだということになりませんかね?
私たちよりも遥かに進化した魂を持つ人なら、高周波振動の思念体である「幽霊」が見えるのかもしれませんし、イエスやムハンマドのレベルになれば「神の声」だって、私たちが友達に電話するのと同じぐらいの手軽さで自由に聞くことができるのかもしれません。「もしもし、神さま~?」みたいなノリですね(笑)。
唯物主義者の中には「私は自分の目で確認したものしか信じません」なんてドヤ顔で言う人がいますが、それは決して科学的思考ではないんですよ。
私たちの感覚器官で捉えられるのは、この宇宙に存在する物理現象のごくごく一部であり、「認識できないからこの世に存在しない」という理屈は科学の世界では通用しません。
そもそも赤外線だって紫外線だって、直接目で捉えることはできませんよね? 「観測機器を通せば全部見えるじゃないか」と唯物主義者に反論されると思いますが、人間が開発した観測機器で認識できる物理現象はまだまだ世界のホンの一部に過ぎないのです。
たとえば、宇宙空間のほとんどすべてを満たしていると推測される「ダークマター」だって、未だにそれを観測できる機器は開発されていませんから、実際には「観測できない物理現象のほうが圧倒的に多い」のがこの宇宙の現実なのです。
目で見えず、機械で測定できなくても「あるものはある」し、逆に目で見えていても、それが必ずしも「本物の現実とは限らない」のです。
「蜃気楼」だって目には見えますが、そこに本物の建物があるわけじゃないですよね?

つまり、物事の実存を知るうえで「見えるか見えないか」「数字で表現できるかどうか」はそれほど重要なことではないんですよ。
「シュタイナー教育」を提唱したことで世界的に有名なオーストリアの神秘思想家「ルドルフ・シュタイナー」は子供の頃から妖精や幽霊が普通に見えていたそうです。頑張って見ようとしなくてもナチュラルに見えるので、それが他の人に見えないことにしばらく気がつかないほどでした。
映画「シックスセンス」の子役ハーレイ・ジョエル・オスメントみたいな霊媒体質の子供をイメージするといいかもしれません。

でも少年時代のある日、自分が見えているものが友達には見えていないことに気が付きます。「はぁ? お前、何言ってんの?」と指摘されたからですね。
頭のいいシュタイナーは「自分と他人が見ている世界は根本的に違う」ことをすぐに理解し、自分の特殊能力を秘密にすることを決意します。ヘタに話すとイジメられる危険があるからですね。
でも、その秘密を守ることによって、シュタイナーは「誰にも理解されない孤独の苦しみ」を抱えたまま生きることになったのです。
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