ゲーム 『真・女神転生V V』 創造主と一神教の正体
STORY
汝よ、神と為れ——。
主人公は縄印学園に通う高校生三年生。
平和な日々を過ごしていたが、ある日トンネルの崩落事故をきっかけに、悪魔が跋扈する砂漠と化した東京(ダアト)に迷い込んでしまう。
そこで出会った謎の男アオガミと合一し、禁忌の存在であるナホビノとなった主人公は、世界の未来を賭けた神と悪魔たちの戦いに身を投じることになる。
人間を襲い、混沌の世界を作らんとする悪魔たち。
そして神の秩序を守らんとする天使の組織ベテル。
対立するこれらの争いに巻き込まれた主人公は、ダアトを探索中、尋峯ヨーコと出会い、行動を共にすることになる。
魔法を使用し、共に戦線に立つヨーコと主人公の前に、<カディシュトゥ>と名乗る4人の女魔たちが立ちはだかる。
「見つけたぞ、復活の鍵を……」
カディシュトゥ・リリスは、主人公を<復活の鍵>と、そして自らを<虐げられる者>と呼ぶ。
果たして彼女たちの目的とは……?
虐げられた者たちによる復讐譚が、今始まる。
制作:ATLUS

以前、『真・女神転生Ⅲ』の記事で世界情勢の背景には一神教世界と多神教世界の対立構図があるというような内容の事を書いた。
本作の記事では世界統一を目指す一神教の成り立ちと創造主の正体について考察してみようと思う。
【創造主に名前が無い理由】
ゼウス、オーディン、コンス・ラー、シヴァ、スサノオなど、多神教世界の神々には皆それぞれ固有の名前があるが、ユダヤ、キリスト、イスラムの一神教世界が崇める創造主には固有の名前がない。
一神教が創造主に対して用いているヤハウェ(YHVH)、アドナイ(Adonai)、エホバ(Jehovah)、 アッラー(Allāh)などの呼称と表記は、共に「我が主」を意味し、神の聖なる名前を直接口にすることを避けるための言葉としてある。
なぜ神の聖なる名前を直接口にしてはいけないのか?
一般的には「名前を付ける=対象を定義し、限定すること」になるため、無限・全能である唯一神は定義を拒む(名前を持たない)という神学的な側面があるが、一神教の創造主も元々は多神教世界の神々の一柱でしかなく、その名前が明るみになると、多神教世界に回帰して、世界を統べる唯一神としての神格を保てなくなるからだろう。
おそらく古代の中東あたりに存在した土着の農耕民族が崇めていた神だと思うが、その民族が勢力の拡大を図り、他民族が住む地域を侵略して、その文化と宗教をどんどん征服していった結果、一神教が誕生したのだと思う。
一神教の神に王座を奪われてしまった他民族の神々は、新しい王に対する態度によって、その神格を天使と悪魔に分けられ、一神教の創世神話に取り込まれていった。
狩猟民族が崇める龍蛇系の神々だったサタン、ルシファー、リリスなどが一神教では悪魔とされている事から考えて、創造主の正体は本作の設定にもあるとおり、中東で発生した牛神の系譜にあたる土着の神たちが候補として妥当だと思う。
有力候補になりそうなのは古代のメソポタミアで崇められていたマルドゥクとバアルだが、マルドゥクもバアルも聖書にその名が登場するので創造主ではない。
聖書にその名を見ず、聖書以前より牛神として崇められている神。
僕が知るなかでその条件に当てはまるのはシュメール神話に登場する「エンリル」だ。

【シュメールの神、エンリル】
エンリルはメソポタミアの主神の一柱であり、シュメール語で「主人」と「風」を意味する。
「荒れ狂う嵐」「野生の雄牛」という異名を持ち、嵐や力、荒々しさの象徴とされている。
バビロン王朝のマルドゥク神が登場するまでは、メソポタミア全域で信仰される最高神だった。
嵐や風を司るため、破壊的な側面を持つ一方、恵みの雨や季節の変わり目を伝える力も持っていて、人類を滅ぼそうとする洪水などの天変地異を引き起こしたとされている。
息子に月神ナンナ(シン)や冥界神ネルガルなどがいて、多くの神がエンリルの「ベール(主人)」という称号を受け継ぎ、エンリルに代わって至高神となった。
シュメール神話では短慮で激情家、人間に対しても神々に対しても問題を起こす我の強い性格として描かれている。
そんな神を持つ世界最古のシュメール文明が、その地域にいた狩猟採集民族を征服し、多神教世界の頂点に立った。
エンリルを創造主とする新たな創世神話を編纂して、後のユダヤ教に繋がる一神教世界を中東の地域に形成した。
創造主エンリルを唯一とする一神教世界の支配体制に従順な民族の神は、神の僕である天使の神格を付与され、反抗的な民族の神は悪魔に降格して敵対視された。
【男尊女卑を生んだ牛神と龍蛇神の確執】
ゲームの設定ではマンダラの法則に従って、代々牛神の男神たちが創造主の座につき、この世界を支配していた。
ルシファーの叛乱によって現在の創造主が倒されて世界が消滅し、新たな創世の機会が生まれるのだが、男神たちが創る封建的で不条理な世界にうんざりした女神(女魔)たちが、創世という事象自体を無効にするためのテロ活動を開始する。
リリスをリーダーにした【カディシュトゥ】という女神のグループが、人間であり女神でもある尋峯ヨーコを抱き込んで、世界を原初の混沌に戻す龍、ティアマトを復活させる。




牛神と蛇神の確執をモチーフにした物語は世界各地に見られ、定住を余儀なくされる農耕文化を持つ民族は、雄牛神を崇拝して封建的な社会を目指す。
そんな封建社会で降格した蛇神信仰を女性たちがひっそりと支え続け、自分たちの生きづらさや願いを投影して今日までずっと耐え忍んで来た。
龍神様のパワースポットが女性の間でブームになるのも古代から続く男女間の確執と格差が背景にあるからだと思う。
女性たちが龍蛇系の神々に込めた祈りや願いがようやく成就したかのように、男性優位の社会でも年々女性が活躍する場が与えられ、その社会的地位も向上している。
女性の侮れない点は、全体と調和するための共感性を先天的に持っている事だ。
男性にも先天的にこの感覚を持っている人がいるが、男性の場合は宗教的な修行などによる長い鍛練の結果、後天的に身に付いたケースが多い。
女性はこの感覚を先天的に持っている人が多いから、どんなに生きづらくても、この世界を基本的には信頼していて、立ち直りを図ろうと努力する事が出来る。
この感覚は状況や事態が最悪になればなるほどその真価を発揮すると思う。
自然が繁殖し過ぎた人類を淘汰するような今後の世界にこそ必要となるはずだ。
ここ最近では女性性の復権を象徴するかのように、高市早苗さんが日本初の女性総理として権力を獲得し、日本の皇室も愛子様という女性天皇を迎えようとしている。
これは単なる偶然ではないと僕は思う。
僕たち男性が知らない間に女性たちが静かに革命を起こして、一神教世界の支配体制と地球環境を変えるのではないか?
創世を担う主人公の立場で本作のゲームをプレイしながら、タオとヨーコという二人の女神と行動を共にして、現実世界にもゲームの世界と同じ流れが来ていると確かに感じた。








