孤独の太陽 Brian Wilson / Sly Stone -あるいはマジョリティとマイノリティについて-
Sly Stoneの訃報が入ってきた。
ショックというより実感が湧かずに混乱して呆然とした。
その状態で取り敢えず追悼動画を作ってアップした。
2日後、Brian Wilsonの訃報が入ってきた。
ショックというより実感が湧かずに混乱して呆然とした。
その状態で取り敢えず追悼動画を作ってアップした。
Sly StoneもBrian Wilsonも82歳。
ドラッグと精神疾患に溺れた半生だし、
そろそろではあったのだ。

Sly Stone (Sly & The Family Stone) / Stand!
僕の洋楽への入り口のひとつにFlipper's Guitarの元ネタ探し、
つまり彼らを育てたプロデューサー
牧村憲一さんの存在があった。
5月に亡くなったRoger Nicholsも含めて
3人ともFlipper'sの元ネタになっていたので、
リスナー遍歴の中でもとても長く聴いていたのだ。
特にBrian Wilsonは、
音楽の圧倒的な美しさを大前提としてその弱さ、
弱さを隠さないところに共鳴してのめり込んだ。
彼が精神を病み、46歳にしてシーンに戻ったことは、
同じく精神を病んだ僕の希望でもあった。
当時VANDAが編纂したムックに寄稿して、
著者名があいうえお順だったので
山下達郎さんと並んで嬉しかった。
VANDAと直接やり取りすることなく、
間に人が入ったために意図がずれて不本意な原稿だったけど。
Brianの有名なスピーチがある。
「I believe that music is god voice.」
「幼い頃に学んだんだ。
世界の音を遮断すると、不思議な、
神から授かった音楽が聞こえてきた。
それが僕に与えられた才能で、言葉にできない感情を理解し、
表現する助けになったんだ」
すべての音楽が神の声だとは思わないけど、
あなたの音楽はすべて神の声だった。
孤独と闘う繊細な男。
世界最高の作曲家でプロデューサー。
音楽に取り憑かれた、あなただけは特別な存在だった。
僕の心の師は、幾つになってもアンテナを張って
新しい音楽を見つけてくる。
David Byrneや鈴木慶一さんや細野晴臣さん。
終生1960年代に生き続けたBrian Wilsonは、
師というよりもう信仰の対象だった。
さよなら、愛と慈悲を。
The Beach Boys / God Only Knows
Sly & The Family Stone - Dance To The Music
世界の音楽メディアがオールタイムベストアルバムを発表すると、
The Beach Boysの「Pet Sounds」がよく1位を取る。
ほかの顔ぶれはThe BeatlesやBob Dyalan、Marvin Gaye、
それこそSly & The Family Stone。
その「Pet Sounds」を購入して揚々と再生した。
まったくもってピンと来なかった。
でもまだ手持ちの音源が少なかったので、
ときどきターンテーブルに乗った。
3年くらい経ったある時「ユリイカ!」が来た。
サブスクの時代に
ピンと来なかったアルバムを3年聴くことはないので、
そういう意味ではラッキーだった。
それからThe Beach Boysや関連アルバムを買い集め、
すがるように聴いた。
Brian WilsonとThe Beach Boysが
1時間で少しわかるプレイリストと、
10時間45分で逆にわかりにくいプレイリスト。
飛行機嫌いの彼が来日するとは思わなかった。
やってきたのは1999年7月。
昭和の子は1999年7月に恐怖の大王が現れて
世界が滅亡すると思ってた。
実際に現れたのはBrianだった。
その後のすべての東京公演、3日公演なら3日とも観た。
The Beach Boysとして2012年に来日した時は、
フロントアクトがブレーク前の星野源さんだった。
来日に尽力した細野晴臣さんが炎天下30分並ぶ物販の列にいらした。
最前の角の席で観てたらスカパーに抜かれて3分くらい映った。
全編がブートDVDに、一部がオフィシャルDVDに使われた。
当時頓挫した僕のnitoなる音楽プロジェクトのポスターは、
イラストレーター菅野一成さんのイメージする
僕の好きなミュージシャン。
真ん中にBrian。
なんでDavid Byrneを入れて貰わなかったかな。

Sly StoneもBrian Wilsonも、
共にレコード会社が押しつける
パブリックイメージに翻弄されて
精神を病みドラッグに苦しんだ。
SlyはBrianの作風をイメージして
「Hot Fun In The Summertime」を書き、
後にBrian抜きのThe Beach Boysがカバーした。
シーンに受け入れられた
Brian Wilsonの復活劇とは対照的に、
Sly Stoneの復帰は苦戦した。
1975年にバンドを解散してから
細々とソロアルバムを作るも話題にならず、活動は尻すぼみになった。
1980年代に楽曲の権利も奪われ、
生活保護からホームレスへ。
貧しい中での訴訟合戦に疲弊した。
2011年に久しぶりのアルバム
「I'm Back! Family & Friends」をリリースするも、
ほとんど過去の曲のセルフカバー。
評価は著しく低く、
またもホームレス生活を余儀なくされた。
「Pet Sounds」が初めてCD化された時のライナーノートは
Paul McCartneyが書いた。
ボックスセット化された時のコピーは
「The album The Beatles were buying when you were buying Beatles albums.」
SlyとBrianは同い年で命日が2日違い、
PaulとBrianは同い年で誕生日が2日違い。
大西洋を挟んだライバルバンドの
ベーシストでメインソングライターだった。
The Beatlesのアルバムが発売されると、
Brianは何度も聴いて打ちのめされた。
The Beach Boysのアルバムが発売されると、
BeatlesとGeorge Martinの5人は何度も聴いて打ちのめされた。
お互いアイドルバンドから脱却して内省化し、
ロックを芸術の域に引き上げた。
Beatlesの進化は世界中で受け入れられて、
Beach Boysの進化を受け入れたのはイギリスだけだった。
The BeatlesやThe Rolling Stones、The Whoといった
人気バンドの後押しも大きかった。
2015年にBBCが作ったオールスターによる
「God Only Knows」のカバーがある。
「God Only Knows」が
イギリスのミュージシャンにどれだけ慕われてるかわかる。
本国アメリカではシングルカットもされてないのにね。
日本人はおおよそこの曲を知らないと思う。
Sly & The Family Stone - Hot Fun in the Summertime
The Beatles - Back In The U.S.S.R.
BBC Music / God Only Knows
僕のタイムラインでは、
世界中のミュージシャンやミュージックフリークが、
Brian WilsonとSly Stoneの話題や
彼らとの2ショットやカバーを発表した。
日本でThe Beach Boys語る人は2種類いる。
冷蔵庫にアイスクリームがいっぱいの
アメリカに憧れたリアルタイム世代と、
音響派としてあるいは「モンド」として再発掘した世代。
僕は後者。
で、後者はめんどくさい。
オフネットでも自称音楽好きと話をした。
Sly Stoneとその死を知ってる人は1人いた。
Brian Wilsonを知ってる人は皆無だった。
The Beach Boysの...といえば辛うじて通じたものの、
初期のサーフィンと女の子のイメージのままだった。
マジョリティに憧れながら
マイノリティである事実が僕の苦悩のひとつとしてある。
Paul McCartneyとBrian Wilsonの誕生日の間に
Nick Drakeの誕生日がある。
その気づかれなさが、畏れ多くも自分に重なる。
例えばThe Beach Boysなら
「Pet Sounds」オリジナルモノ盤より
「Sunflower」やステレオ化「Today」を薦めたいのだ。
Sly & The Family Stone - Everyday People
The Beach Boys / Please Let Me Wonder
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