見出し画像

大塚凱 句集『或』 全句テキスト公開

[2026/3/18 追記] 『或』の成果により、文化庁芸術選奨新人賞を賜りました。選考委員・推薦委員、関わってくださった皆様に感謝申し上げます。

上記の記事で告知していた通り、2025年8月15日、掲載の全句テキストを公開しました。末尾の.txtファイルまたはnoteテキストをご覧ください。なお、本テキストの著作権は著作者である私に帰属しますが、AI等による学習・解析目的での利用を許諾します。また、テキストの同一性を保持している範囲において、著作権法第32条(引用)の要件(主従関係や目的の正当性等)である正当な引用の範囲を超えて引用を行うことを認めます。ご自由に活用ください。

なお、句集は残部僅少で、出版社在庫・ふらんす堂オンラインショップでは既に在庫なし、Amazonでも在庫10冊[2025/8/15 20:00時点]となっています。大型書店等でも、おそらく店頭在庫で全てです。
重版となり、在庫復活しました。お礼申し上げます。[2025/11/15 追記]

BOOTH上のねじまわしshopからは手元在庫をお譲り可能です。テキストを読んで「句集も手に取ってみたい」と思っていただけたら、また、批評会への現地参加・配信視聴もご検討いただけたら本望です。

以下、句集『或』全句テキスト

大塚 凱  或
午後だけの関係
もの言はず墓参の父にライター貸す
ひとりになるために墓参の水汲みへ
おもかげのなくて水澄むベンチかな
いつか住む街を迷へば鰯雲
白桃をランプのやうな駅に売る
見えさうな塵を浮かべて桃の毳
話さねば暮れる一日を青木の実
鯛焼を持ち替へて出す入場券
ラガーらの影を匿ふ夜の金網
夢の島除夜のおほきな闇が来る
小雨ならコートに光る逢ひにゆかう
37.5℃
みんな見てゐる手花火の一本目
頭蓋骨ほどの蓮を夜は隠す
麦や息してゐる僕の使ひ道
恋びとを呼ぶナイターのうねりのなか
かなへびの口をあふれて蜘蛛の脚
眼は次の草を見てゐて草むしり
たちまちに担架の軋む積乱雲
腕時計灼けて帰つて来ない鳥
目つむりてゐても西日がつらぬくバス
背きあふうつつの百合と玻璃の百合
ものあれば指紋あふれて暑い部屋
靴下を干して花火の見えない窓
可楽
窓枠に蜂死んでゐる大試験
瞳孔を僕のうちがはから覗く
春雨にまぎれるやうに借りて住む
絵に描いてゐるとさくらがくづれだす
白い海を朝寝のまなうらに思ふ
ららぽーと風は円錐となり光る
燈台は蟻が登れぬほど眩しい
素裸になつて欅にすこし似る
献血ができないからだゆゑ泳ぐ
ハンモック鯨みたいな蔭のなか
あたらしいコーラが痛い木のひかり
白靴やみなみみなみと水流れ
虹の脚僕らのゐない街に立つ
逢ふたびに微かに老いて朴の花
秋よ詩を読むこゑが思つたより若い
かぎりない椋鳥の見てゐるつむじ
傘買ふとすぐ晴れあがり破芭蕉
帰りくる帆があり秋の名もない帆
ナツメグ
ちるかもめ成人式へゆかぬ午後
コート抛る花瓶ひとつもない部屋に
僕よ寒くて僕のどこかを摑んでゐた
ごみ箱を反故がこぼれて毛布抱く
その手紙返らぬ日々の静電気
或る恋を忘れたころの静電気
ペン先を馬と思へば夜が進む
毛布抱いても貰つた花が枯れてゆく
覚めて春胸に振り子の音ひらき
遠いから花粉のなかの眩しい画布
しやぼん玉吹いて壊れて誰から嫁く
π
忌や河をかへりみすれば乙鳥くる
白昼をぶらんこの見えるまで見る
海市から見ても僕だとわかる鼻
春やうらがはの見えないふらみんご
松の芯からつきぬけてゆく晴れ間
闘牛のよだれを踏んで次の牛
てざはりがつたはる笛になれる草
あたまから牡丹になつて眠り落ち
脚どんどん短くなつて灼ける父
人形を鏡にとぢこめて帰省
遅めのおやつ団地に雷が落ちて
たたずむと花火が揺らす胸のみづ
蠍座のほとりに濡れてゐる卵
残像が涼しく翅にすりかはる
立ち食ひを𠮟る母なし誘蛾燈
対岸の町おとろへて流燈会
流燈にまなうらはつぎはぎになる
流燈のあともしばらく手を浸す
陽のカンナ飲めない水が地にあふれ
送火のにほひの町をさまよふ手
踊そのからだが蘂になつてゆく
民かつて石積むことを秋のこゑ
後逸を墓参の人が投げ返す
代走が木の実みたいにすぐ還る
くらがりが柘榴の口をながれだす
折紙の金照り返す夜長の頰
茸そのはじまりの日のつむじかぜ
冬眠の息の混沌河はじまる
みぢんこのなかのつめたい機械かな
あゆむ馬からつぽからつぽと冬は
遠い目を木の葉がつぎつぎに隠す
冬晴の赤い実があり怪しい実
着ぶくれて似てゐる午後をくりかへす
外套にからだがぶらさがり西へ
東西南北ひざらしにして鮫殺す
うみどりの円心にゐるつめたい子
君と考へるうさぎの盗み方
鯛焼屋の前の誰でも使へる岸
祈つてゐる時間がぼんやりと寒い
足冷える日記のなかのふつうの日
加湿器とさぼてんにふりつもる塵
Magnitude
萍と雲となんにもない正午
麦生まだねむりたくないあしのうら
姿見のなかの裸といれかはる
太陽を牡丹のひだの押しよせる
心臓の奥の茂を踏み鳴らす
ぼんやりと津波のとどくバルコニー
のきすだれ唾液が午後をのびてゐる
幻と幼
春立つてゐるとも知らず鏡のなか
薄氷のうへをまつすぐ来る訃かな
朝の父巣箱づくりの灯を消して
あつぱれとくさやの匂ふ口で言ふ
まへがきへもどると水の温んでゐ
太陽を蜜のあふれる朝寝かな
入学の朝の手足が生え揃ふ
いもうとをのどかな水甕と思ふ
遠足の砂塵がつつむ乳母車
なにもない丘のねむたさ桃の花
ひがしその白い流木そのワルツ
野遊の車のなかの父眠る
野を焼いていつか夕日があたらしい
鍵つ子は如雨露のやうに暮れかねる
むきだしの風が経めぐる春の服
ともだちに飽きて干潟のひろさかな
わが干潟おとなから目を逸らしても
卒業の日の防火戸を肩で押す
花粉の午後トイレに書きつけたことば
卒業歌ひとりになれば繰り返す
甘皮を剝いてあらゆる日永かな
空が揮発する
献立を考へてゐた遠い火事
知らない街の知らない火事を読み捨てる
そのみづのどこへもゆかぬ火事の跡
姿見のそこぬけの闇火事はじまる
鼬から火になるまでを這ひまはる
火は頰に頰はひかりに冬刻々
木の葉ふり飼ひならされたひとつの火
焚かれゆく木つ端に棲んでゐる目鼻
火事やがて鳥籠を包んでかがやく
胸と胸かさねてゐるとどこかで火事
燃えながら蝶にちかづく僕らかな
めいた昼
うろくづの奥に裸のあるけしき
しんじれば螺旋にかはる夏の島
ミサイルが僕を見てゐて虹の門
みんなとおなじ忌なら灼かれることもない
つきゆびのあとのなめくぢめいた昼
永遠を山手線でねむりこむ
車窓から馬のかたちをしてみどり
ビニールに傘をねぢこむ五月病
冷蔵庫ひらくあしたとおなじ貌
たとへば蝶
蝶ならばどこへもゆけるたとへば獄
朝すでに春のはじまる鼓膜かな
留年の友の部屋から見えた塔
虚子の忌と知らない頃に登つた木
虚子の忌と僕に教へてみな老ける
くちびるを舐めて鞣して柳かな
ねえ僕と濡れてどうする春の馬
竹ノ塚心中
似た夜やおでんの隅に塵の浮く
枯蔓を少し引いてもわからない
都営団地バケツみどりに水凍てる
雪ふりつむ夢にいつものすべりだい
ひおもてをくしやみの粒のながれゆく
ひだまりや田中に生まれなかつた僕ら
死後あたたか郵便受けをあふれる紙
てさぐりの躑躅の方へ吐きにゆく
ぶらんこの傍のひなたをもて余す
知つてゐるはずの坂道だがかげろふ
セーター薄くつばめの来ない部屋に棲む
あかるみに水鉄砲の水腐る
蠍座や公園ぬるくつるみあふ
ぎらぎらと孑孒煮える一斗缶

カンバスは沖を隠して沖を描く
虹はこれから海にバケツの溶け残る
赤い鉄鎖麦茶もらつてから話す
向日葵を裏より見れば怒濤かな
冷房に乾いた姿煮のすがた
沼に羽根暑いと言はれると暑い
ゆつくりと指しても虹の見えぬ母
胎児暑く火口のやうに眼が生まれ
白シャツに雨のあとかた不眠症
赤い星コーラが乾くほど経つた
老人の口あいてゐる旱かな
死ねば眼に涼しい奥のあらはれる
帰る手が梢をさらふ虹の奥
含羞草すべてが閉ぢて空深く

逃れても月ありあまる都心かな
民にまぎれて台風のけはひの木
水澄んでゆき何の実か忘れ去る
桐一葉沼のうごきは空のやう
目覚めると日の暮れてゐて破芭蕉
夢に見た南瓜があつてただの道
文体がちがふ夜食のまへとあと
履歴書を書かねばならぬ書けば冷える
夜も木の実急ぎながらに日曜逝く
すこし咳してあなたではない手を握る
晴れてゐて初夢のなかひとりになる
温室を息うつとりとゆきちがふ
鯛焼が冷めて野球をまぶしく見る
雪吊の影ぼんやりとかかる貌
笹鳴を坂と向きあひながら登る
けふの胃のすつからかんをゆたんぽ抱く
加湿器の水取り替へてみな無口
片隅に貼りついてゐるはうれん草
鳥の巣を湿気のやうにもちはこぶ
摘みながらまなざしとどく芹の奥
来たことのない梅林とだんだん思ふ
卒業のひとりひとりを乞食は見る
風船買ふどれもおんなじやうな父
日に花粉黄色につつまれて眠る
ないやうな川を泥ゆく春の暮
聖五月鶏わからなくなるまで煮る
尾が夜をくぐり抜けると泉かな
冷蔵庫ひびいてゐるが夜明けの雨
寝静まるあなたが丘ならば涼しい
かき氷きれいに撮れて食べ残す
ハンカチが鳥に戻らぬやう畳む
みな死んで水槽残る扇風機
いつしんに巣のかがやいて蜘蛛の留守
涼やかにおもふこれからふえる傷
つちふる日孵るほかなくして孵る
遠いエンジンが
聴こえる
ざりがにへ流れつく缶娑婆光る
倒木の水漬きながらに蚊のよすが
ゆふぐれの麦茶を棄てる斜面かな
かまきりの脚の刺さりを網戸の目
桃の夜僕が買はねば売れ残り
夜食この座りなほすとぬるい椅子
生きてゐる舌のねばりけ葛の花
眠れない人のこすもす雨を吸ふ
沼とガソリン
来た道と似てゐるあたたかな霊園
長い質問が海市を拐かす
飾るべき武具なくてガスタンクの街
てさぐりの白シャツを着て水の朝
肺ひとつあなたの素肌越しに聴く
グッピーを注ぎ足しながらあなたと棲む
沙羅の花蟻をかくまひつつ腐る
踏めば蛾の掠れることの二三回
暮れしなの雨のぬるさを鯉喘ぐ
鳴る木の実あばらが淋しくてうごく

灼砂に豚の涎のもりあがる
豚の眼に豚がぎつしり凪いだら夕
くらがりの豚のまはりがどつと蒸す
うすぐらい溽暑の豚をこゑの出る
炎帝に飼ひ殺されて砂残る
思ひ出せさうだよ
霜が夜を使ひ果たして室外機
しらたきの抓みとれない床暖房
歯ならびや川涸れながらそのひかり
どら焼をめくつてひとりぶんの日向
さぼてんにやつと日当たる風邪のけふ
たみふるや窓にあぶらの虹ごこち
透明が鷲のかなたをとりかこむ
象ほどの瓦礫もうあをぞらの冬
ものごころ
鳥の巣が壊れるくらゐいいめざめ
編み目から日差しこぼれて鳥交る
卒業の午後をどうする水たまり
どの家もパンジー植ゑておなじ屋根
兄妹春夜ゆつくり螺子ゆるむ
指に揉み消すたんぽぽの茎の汁
蜘蛛が巣を緊めてたんぽぽの絮
350ml
コーラ呷れば遮断機が夜の門
くちびるをむきだしにして蛭泳ぐ
脱ぎながら夜になじんで瓜の前
蛾に電流くるまがあれば会へる夜も
あくびいつでも冷蔵庫のなかは晴れ
積み木もう積む木がなくて風の秋
墓参人のあはひを雨が充たす
寒冷紗
トンネルになれば睡つて赤い羽根
雪を待つてゐるびんぼふゆすりの子
くしやみしたあとの眩しい車間距離
鶴走りだすときのしづかな仕組み
猟犬の瞳の奥のしづかな撥条
はなすぢがとほり屏風の金の照り
会釈してゐれば暮らせる木の葉の町
湯豆腐やふたりに減ると口ひらく
蜜柑腐らせてどこでも眠れる母
腁の手の修正液がぶあつく出る
抱き寄せたゆたんぽを湯の揺れのこる
みぢんこのねむらず殖えて街に雪
ひだまりのあなたを撮ればどれにも鴨
自体
辛夷から産まれたやうに羽をもつ
見晴らしに釈迦を寝かせて長い午後
煮て春を筍のほそながい湯気
屍にひとが集まる春の風
踏めば絵の見えなくなると唆す
水飲みへみんな道連れみな囀る
いつか喪主になる春風をひきつれて
速すぎて逆に
土手に虹それきり舌のなまぬるさ
かつて炎昼友のおもちやを壊して泣く
ふれながら壁に牡丹の傷みつつ
はらばふと蚊火の崩れてゆく速さ
脱衣所をくらげのやうにすれちがふ
蜘蛛の巣が夜目にひらけば喉渇く
信号が傘に滲むよぷらたなす
百合の香を肺に盗んで僕ら街へ
或る
白息やよく燃えさうな小屋の中
冬蜂めりこむ泥のみるみる乾く
火事が遠くてなけなしの葉を降らす
鯛焼や晴れただけでは見えない島
枯蟷螂日のかたむくと水に塵
水を轢くまぶしい車輪だが寒い
橋に鳩マフラー貸してそれつきり
しりとりは冬ざれいつのまにか壁
傾く春
間取図を床暖房の上で描く
風邪の胸大きな本を立てて読む
春はひとり炬燵の中の凪いでゐて
雛祭マスク流れて津へ浦へ
干からびた水雲と言はれればわかる
もう散らすさくらがなくて自由帳
わらぢむし蒸れてつるんでいつまで雨
何もいらない
塔撮れば鳥ぼけてゐた春のこと
花種や雲がびるまにふれてきて
駅の木が春の夢のと似て湿る
かさぶたの壊れかかつてゐる寝坊
つむじから蘖えてくるいい薬
猫の子のあくびまるごと貌の中
棗咲く遠い墓なら雨が洗ふ
新樹どうにでもなれつて髪を切る
滝遠くまつくらがりに吸つて吐く
雨を吸ふハンカチーフに柵が透け
いうれいと云ふくちびるのうごかなさ
あをみどろ水鉄砲がやがて沈み
アフタージャーニー
制汗剤肘にサッシの痕赤い
だしぬけにコーラを賭けて走り出す
コーラ手にまつすぐゆけば御苑に寝
飴に蟻雲がうつぶせだからのろい
暮れかけの芝へ裸足をみんなする
デネブ・ベガ・手は淋しくて水を買ふ
ありたけのパンツを脱げば銀河かな
新宿百丁目
たしか九月だつた花火の白さのこと
低い月キャリーケースを並べ売る
角部屋にきみは天皇賞(秋)の雨
熊手からテレビへすぐに目のもどる
セーターの売り尽くされて白い床
冬の星ポストまでなら裸眼でゆく
似たビルが葎の枯れてすぐに建つ
悴みに来ても野犬のゐない街
バス停の吸殻漬かりつつ氷る
水涸れて握りこぶしへ血の速度
針は日にかがやかされて冬の肌
凍蝶のひなたを奪ふ顔いくつも
絡むレジ袋に枯枝の透ける
雪の日のピザが来るまでさはりあふ
好きな曲かけて布団へ先にゐる
夢にもう鈴をみて一月の昼
寝て冬をふぞろひな輪ゴムの溜まる
室外機冬蜂の翅へとつたふ
すつぴんや午後のはじめが白すぎて
がらすがらくたらんらんと交る猫
猫交るこゑと染みだらけの座椅子
札束の花とひらいて仔猫買ふ
よい猫をどんどん殖やすぬるい部屋
角筈へ涅槃の駅の敷かれてゐ
捨てられた椅子を見てゐる新社員
卒業の傘立てのいつからの傘
忘れ傘そしてかげろふ脚二本
曼荼羅のなかのひとりとしてかげろふ
あなたさくらにうもれやすさうな胸
あかるいと眠くてフードから落花
夜桜やはなればなれの乾電池
春の夜を枝垂れてゆけば頰のある
花過の傘をうしなふ夜の店
あくる日の躑躅に缶のねぢこまれ
濡れたぶらんこと顔なじみの鴉
メーデーを見おろす狭い物干し場
太陽の旬に生まれて労働歌
未来にはおもちやを捨てて泉かな
虹を見てゐる間もふえてゆく利息
あぢさゐやガーゼの奥の傷とろとろ
くもりぞら肌理に貼りつく蚊のかけら
蠅虎梲のやうにずつとゐる
雨さつと昼寝の骨のうつくしさ
空蟬の水漬ききるまで水の上
向日葵の蕊が焼かれた街に似る
雷やあたまのなかのされかうべ
シャワー浴びて病名を貰ひにゆかう
売れ残る金魚のやうに夜を遊ぶ
真夜中の麺茹でながら蜘蛛逃がす
寝汗かく窓をひらけばすぐ線路
きぬぎぬの網戸の影が胸のうへ
さういふことさ
あばら浮き出る冷房の壊れた部屋
塩飴や曇りながらに雲まだら
赤潮とけむり一本だけの駅
瓜の皮蟻の潰れたまま乾く
憶えないライター霊棚に増えて
照らぬ瀬のなくて墓参のバスはずつと
風は秋の鸚鵡が啼いてはんむらび
吹かれたら光る葦さういふことさ
かげひなた水にちからの抜けて澄む
横顔のやうに日暮れて萱の中
紫苑どのとびらにも手のおとづれて
秋よ袖サドルに濡れてそれを拭く
橋脚に濡れたしめぢのふうにゐる
蚊に秋の如雨露の底のうすい水
光るとき
ものもらひ沼と鶉と晴れわたり
かなかなのむきだしの鼻かがやきだす
シードル醸すひつきりなしに蝶の私語
陽が雲を叩いてまはり落花生
まつさらな手首と林檎それからナイフ
午後のひかりうはごとがちに菌生え
ひざらしや紅葉かつ散り水に傷
里芋に飽きてどろんと息の出る
衣被ひとりひとりの揉みごこち
毒茸脳裏に月の闌けつつも
そのあとも桃は流れてましら酒
windows
霜が部屋を鎖して安いウイスキー
寝酒してCNNが照らす鼻
容疑者が毛布に包まれて笑ふ
寝たいだけ眠る聖樹のない部屋に
負独楽のはじけるやうにみな帰る
生前もちよろぎの天地知らざりき
てまり唄散逸以後の鳥のこゑ
煙草に火点す寄り目に息白く
平和島まるごとひだまりでくしやみ
ジャンパーに岸の手摺が照り返す
着ぶくれてつはぶきの葉に映りこむ
いちまいの サリンが溶けていつた空
腁よ平日が暗渠のやうに過ぎ
疑存島
猫の子の死後に買ひ足す皿一枚
或る春のくるま水漬けばみんなのもの
掃きまはす埃に蜂の脚からむ
スカーフは水が好きならさすらふと
夜桜や遊具の上のおとなたち
闇ていねい夜を囀らないやうに
卒業の頃からずつと工事の駅
あなた春の夢みてふかい髪のなか
貝に砂吐かせ花びらずつと暇
フラフープ日曜がいちばん芽吹く
春よ外された補助輪のそれから
住所不定/夕立/
キティちゃん/タイ語
しりとりと逃水いくばくかの現金
植ゑ込みに凧朽ちながら雨急ぐ
猫の恋暗渠となつてそれも涸れ
ぬかるみに爪痕ふかく猫孕む
蠛蠓をすり抜けてゆく石鹼玉
あめりかを知らないざりがにのむくろ
昼顔が日がな震へて受信料
生活とプールサイドの折れた枝
絆創膏プールの波にうらがへり
今生のサドル熱くてものごころ
喪の日々は晴れカルピスの薄い家
生まれ落ちてゼリーを作る真顔かな
僕ら残像白シャツを脱ぐ脱がす
夏暁を蛹のやうなあばらぼね
瞑目の眼のころがりに椰子香る
UTC+9
休暇明けのコンクリートに痰が滲む
ひつそりと夜業にそだつ口内炎
かめむしが日付変はつてどこかにゐ
夢がちに手袋さぐる夜行バス
夜行バス水洟啜る音も絶え
屈葬のすがたで雨のバスで行く
冥婚
涅槃村牛乳ゆきわたり余る
蘇鉄までチョークの粉がぜんぶ風
うすうすと水が横切る登山道
檳榔や茂を雲のあとずさり
生活の籘が白けて太い雨
暑や喉を馬拉糕が押し通る
起立して敗戦の日の貌つくる
早や秋を俯きがちにおほきな葉
蔦に覆はれても次の鳥を呼ぶ
Shibboleth
鹿の糞つついて昼のじつくり経つ
骨盤をゆつくり立てて鹿を撮る
鹿を殴つ斧の音僕だけのもの
鹿捌くひとかたまりの腹の湯気
血のナイフすぐさま鹿の肌に拭く
鹿の脚バケツの臓に塗れてゐ
荷台から轍へ鹿の血がつたふ
川いくつ鹿を沈めて夜伽かな
鹿の尻ヘッドライトに雨とわかる
Undecimber
案の定降つてすすきに透ける母
冬の沼糞の沈まぬまま遠のく
浮腫この泥へと還るぬひぐるみ
てつぱうとなきごゑとどちらが速い
涸れ川を屠られながら声とほる
冷え症や茂みの奥の傘の骨
竜頭巻く寒林のまんなかと思ふ
哺乳類離れてゆけば炬燵に似
帚木に露ゆきわたりみな氷る
忌よ加湿器の水いちど汲めば足る
寒の鉢染み込むまでを雨嵩み
なかんづく雨は無糖の枯木立
生まれた日の冷たい傘を父は握る
雪だけの 雪の祠と来てわかる
流局
氷旗ふつうの川をふつうに撮る
どの虹も盗み撮られて虹薄れ
顔は好きそれも氷菓を吸ふときの
写らない蠛蠓で途切れた動画
みづを見てかなしみつのる蚊の柱
泳ぎ出す恋のふたりを指すあなた
死期遠く海へ来て泳がぬあなた
泳ぐ手をひかりがばらばらに包む
海月に愛あらば下紐ちぎれるよ
めいめいに泳ぎ疲れてものがたり
蒸し暑い仮設トイレに聴く怒濤
残暑さよならくるぶしが岩に削れて
水吞めば秋の渚を痩せてゆく
雲は秋ふれて睫毛が確かにある
風と窃盗
起きぬけの雨をうかべて春の蘂
豆苗のすがたと川の様子かな
寝てゐても水の溢れて彼岸かな
平熱やすこし暇なら花掃いて
筆先を濡らし春それから瞑る
文そつと綴れば花粉こぼれだす
藻や午後をていねいになめらかに寝る
巣に卵腐ることなく黄砂ふる
僕ら卒業歌をくちずさむポテトL
掠れつつ藤へと向かふ息の芯
ふれて藤ふりむいた人から帰る
蝶よ旅は車体を擦つてもつづく
風船を吹き疲れては山河かな
雨あしの花菜からし菜ゆけばまばら
若い母とからし菜にぼやけたピント
頰へ日が梅の実を掠めては散る
蟻地獄覗いてゐれば唾の湧く
赤潮を嗅いで昼もてあます喰ふ
眼に夏雲つめこんで螺子どこへいつた
電球のなかの無風の帰省かな
夏の雨バイパス沿ひの華奢な木々
蟬の尿黙つてゐれば徐々に晴れ
晴れわたるまでにんにくをよく叩く
祭日をどつと使つてトマト煮る
麦茶沸くまひるひそかな活断層
碁涼しく一日をかけてみつめあふ
書きかけの筆算と乾いたコーラ
網戸して都疲れのあしのうら
ゆつくりと裸になつて布摑む
誰にでも丘ゆるされて素足かな
別の風
はじめての淹れ方秋の帆のはやさ
二学期はじまる文字化けじみた雨
二学期は眠たからんと藻のそだつ
夜長あなた僕の弱火が強いといふ
紙に散る夜食の汁よ死後もずつと
こがらしの二号以降を鍋の傷
刃渡りや冬日に揃ふあをざかな
金網を引き締めながら蔦枯れる
火事さなか撮れる速度で歩み去る
冬の雷街は点字の磨り減るを
聖歌ひとり諳んじるとき河を嗅ぐ
ねむるセーターその胸のパイの滓
独楽の軸尻ポケットに浮き出てゐ
うしろから独楽とは別の風が立つ
勝独楽やこれを遠巻く高気圧
成人式水のうはべを缶その他
怒鳴る人撮る人雪に滑る人
蒲越しに蒲の氷るが立ちならび
春よ遠く折鶴をなんども習ふ
由旬
水売は睡蓮を一日で描いた
流れ集まつて干上がる桜蘂
違ふ虫薔薇いちまいを隔ててゐ
嘴小さ夏至の塒に招かれて
軽くまあ風のパセリを咥へとぶ
水葬の水のめぐりに麦茶かな
化けて蜘蛛からだまるごと岩摑む
雨脚の涼しからねばいきなり鯉
うはごとのこすもすの一輪のこと
まちづくり
わナンバー三月が巻きで進むよ
美容師の背後の春の雪を云ふ
落椿それは煙草がふやけた水
蝶余る世をいつの世も寺が燃え
寺かつて藤ごと燃えて街の名に
あたたかい更地どこにも螺子のない
なけなしの朝を寝過ごしコカ・コーラ
廃業のプールを眺め僕ら育つ
放課後を九九に狂つた夏の坂
スポークと蜘蛛と巣ともろとも回る
蛇や岐れゆくどろみづのどろとみづ
ぬかるみにめりこむしやぼん玉の道具
なめくぢを弄りながら屯かな
立てかけたままの網戸や味の素
燕の巣ごとプレハブの棄てられる
プール園埋めても墓の足りない街
給油所の跡の涼しく売れ残る
かるくめまひと冷房にすべるレシート
痛い雨新のつく駅ちよつと遠い
桃に灯や寺ひとつないまちづくり
無糖
火のあとの煙ながくて蓬かな
涅槃図を遠く暮らしてプリンの鬆
鳥の糞寝釈迦の胸にすぐ乾き
集まつて佐保姫に尾をたてまつる
根のやうにあばらが兆し春をあなた
山焼く日つねの遠目のぬひぐるみ
春ひとりポトスを殖やしつづける母
巣を雛のあふれて落ちて朝の会
ちるさくらいまさら髙(はしごだか)と知る
自転車を躑躅に押しつけて急ぐ
白鷺は花瓶を倒すやうに発つ
頰を切りさうな青葉を嗅ぎわたる
どの木どんな笛になつてもいい涼しい
ゆく門へ実梅を蹴つてすぐに着く
六月をあふれつづけて水は藻に
きくらげを握つておけば殖えるかな
籘いつか素肌に馴れてすきとほる
蚯蚓みな巴里が遠くて寝てしまふ
蜘蛛の糸蘇鉄の尖に吹かれてゐ
蜘蛛の巣の骸を風がすり減らす
合歓の花こぼれて鯉のどつと混む
空蟬やつむじにひびく雨の芯
夕立ち夕焼け食べられる草を指す
ナイターの歓声遠く尿熱く
ががんぼに地下駅の風押して引く
プールに雨花が花瓶に腐るまで
ずつと似た雲の環状線の秋
豚草咲く次の駅まで押し黙り
遮断機を錆たちのぼる蜻蛉かな
どんな忌も蓑虫ごとに風のふく
蓑虫が風に回つてもうすぐ通夜
からすうり苗字がうつすらと絶える
水洟や夜の名残のするめいか
影法師小春の鯉をたぶらかす
潟にカラーコーン傾き立つは冬
刃渡りに曇りのこらず河豚の毒
爛々と川細くして炬燵かな
独楽の紐引き摺る団地いよいよ泣く
遠火事は葦のまにまに人の立つ
枯葦に唾ののどごし繰り返す
売れ残る日記ぶあつく誰にも雨
湯使ふ鴨ゐる日々を惜しみなく
そんな気のして湯豆腐の灯に帰る
魚影(と魚影)
夜の蔦たとへば母は母を語り
冷えて何の書き置き何の絵の魚
室咲の衰へながら帯電す
氷の芯仏のやうに滞り
外套を卒塔婆を雨のいくつ流れ
裸眼
最後の春休を口笛に使つた
わからない部品を拾ふ春の風
芽や風の一夜に夢をふたつ経て
らしく死ぬ蝌蚪の水面に口ゆすぎ
たんぽぽにほほゑみながら涎かな
好きな窓鴨が残れば僕もまた
涼しくてのりしろひとりでにひらく
敷居を陽ながれ越しては夏の絹
素手素足眺めてゐればさつと経つ

アメリカは国旗が売れて夕焼かな
パトランプ照るベランダですこし吸ふ
夏の夜の紙から紙の蝶を逃がす
眠剤や金魚の水のあまさうに
手に職の手のふしくれに蟬の殻
冷房に乳房の唾液うすく光る
蒸す河や毒消売が産み継がれ
御代は十五圓五十銭とふかく云へり
敗戦日シーツの上の美顔器も
ビール呷るザハ案でない方の未来
君が代にマッチは全長を燃やす
工作
雨のこの汗の口岸網戸破れ
検疫蒸し暑く掠れぬペンを探す
そのダムを父は造つてから行かず
いつしんに無心に尾けて蛭のゆめ
いもうとを父が殖やして月見草
掘る父に墓参とおなじ雨のふる
ばつたんこ何回忌かが急に来て
おもかげに芭蕉の場所があてはまる
煉炭の赤紙ほどの検品証
刑場にローソク足のやうに垂れ
毛糸解く夢のつづきの貯水葉
SoFarSoGood
掏られ煙草は雪女の手から手へ
小火の痕孔雀のやうにいつまで在る
働いて使ひきれない皿を増やす
涸れ川よふりさけみれば盗塁死
花売は切符の方が好きだつた
はならびを舌は愛して枯木立
涅槃図にきみは描き足す蝶をいくつ
かげろふや眠る薄目のあなたがた
夜桜やうるほふ肉のわたしたち
春はあけぼの玩具のやうな剃刀も
腹違いの双子
雨のふる海がふかくて粽かな
甘酒に降りこむ雨のうかびつつ
氷旗眩暈の母をねむらせて
吹かれくる簡単服のいうれいも
干草に載せると盆が水平に
夏は蘂長くて白く雫かな
臨月が泉を覗くやうに経つ
磊の文字みたいにあぢさゐの乾いた
泥のうはずみが透けゆき蟬生まれ
帚木に墓の建つ余地つねにあり
墓場から見るはレースのひらかぬ窓
夏の宵えんぺらを剝きかがやかす
簡単に水羊羹のやうに死ぬ
室外機花火の夜の頰を吹く
夜の貨車ワーッと白いシャツに降る
藻のやうに打たれて雨の夏を痩せ
白シャツの濡れ髪のまま寝て覚めて
走馬燈水子をやがて産み直す
空蟬をゆるす一葉に生え変はる
書けば過ぎゆく晩夏マッチで遊ぶ
或/目次
午後だけの関係  002
37.5℃  005
可楽  008
ナツメグ  012
π  015
Magnitude  024
幻と幼  026
空が揮発する  031
めいた昼  034
たとへば蝶  036
竹ノ塚心中  038
々  041
零  044
遠いエンジンが聴こえる  051
沼とガソリン  053
ヶ  055
思ひ出せさうだよ  056
ものごころ  058
350ml  060
寒冷紗  062
自体  065
速すぎて逆に  067
或る  069
傾く春  071
何もいらない  073
アフタージャーニー  076
新宿百丁目  078
さういふことさ  089
光るとき  092
windows  095
疑存島  098
住所不定/夕立/キティちゃん/タイ語  100
UTC+9  104
冥婚  106
Shibboleth  108
Undecimber  110
流局  113
風と窃盗  116
別の風  122
由旬  126
まちづくり  128
無糖  132
魚影(と魚影)  141
裸眼  142
圓  144
工作  147
So Far So Good  150
腹違いの双子  152

以上


いいなと思ったら応援しよう!

大塚凱 このnoteのニュースレターはコストをかけて運営しているので、気が向いたらチップいただけたらありがたいです。運営費に使わせていただます!