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こないだ助けようとしたら断られたので、考えてみたこと。

仕事をしていると、
「困っているなら助ければいい」
それで話が済むように見える場面があります。

たしかに、それは正しいと思います。
困っている人がいて、こちらに少し余力があるなら、手を差し出す。
そういう反応が自然にできる組織は、きっと悪くないです。

むしろ私は、そういう時に人を割ける余地がまだあること自体、その会社の強みだと思っています。
余白がまったくない現場では、助けたくても助けられません。
だから、誰かのために少し動けるというのは、単なる人員の話ではなく、組織の体力の話でもあるのだと思います。

けれど、現場は正しさだけでは動きません。

困っているはずなのに、
「大丈夫です。一人でやります」
と返す人がいます。

周囲から見ると、それは頑固に見えることがあります。
なぜそこで意地を張るのか。
なぜ素直に頼らないのか。
もっと周りを頼ればいいのに。
そんな言葉が、つい出そうになります。

でも私は最近、それを簡単には言い切れないと思うような出来事を体験しました。

長く現場でやってきた人には、
その人なりの仕事の背負い方があります。
自分の仕事は自分でやる。
段取りは自分で組む。
迷惑はできるだけかけたくない。
頼る前に、まず自分で何とかしたい。

そういう感覚は、時に不器用に見えるかもしれません。
けれど、その不器用さの中には、
責任感や誇り、あるいはその人の美学が混ざっていることがあります。

だから、助けを断る人に必要な声掛けは、
「なぜ頼らないんだ」という正論ではなく、
「その人にはその人の守りたいやり方があるのだろう」という想像力なのかもしれません。

もちろん、だからといって無理を抱え込んでよい、という話ではありません。
無理をしすぎれば、現場にも自分にも負担が返ってきます。
本当は頼ることが必要な時には、
きちんと頼ったほうがいい。
それもまた事実です。

ただ、その二つは矛盾しないのだと思います。

頼ったほうがいい。
でも、すぐには頼れない人もいる。

その間にある気持ちを、
周囲が雑に扱ってしまわないこと。
それもまた、支える側の仕事なのだと思います。

もうひとつ、こういう時に忘れたくないことがあります。

誰かが怪我をしたり、体調を崩したり、予定どおりに動けなくなった時、周囲にはいろんな感情が生まれます。心配もあれば
「あいつが休んだせいで仕事の負担が増える」
といった苛立ちの声もある。
またか、という声が心の中に浮かぶこともあるかもしれません。

でも、最初に置くべきなのは、
やはり責める言葉ではないと思うのです。

もちろん、背景に課題があるなら、あとで整理すべきです。
再発防止も必要です。
けれど、何かが起きた瞬間にまで、その人の過去や癖を持ち出して裁き始めると、現場の空気は益々悪くなっていきます。

無事でいてほしい。
まずはそこから始める。
それが何回目でもです。
それだけでも、場の温度はずいぶん変わる気がします。

社会語に翻訳されていない本音について

仕事をしていると、うまく説明できない感覚に出会うことがあります。

ちょっと解りにくい文章が続くかもしれませんが、ちょっとだけ堪えて読んでみてください。

言葉にしようとすると、少し古くさく聞こえる。
そのまま口に出すと、非効率だとか、属人的だとか、ややこしいだとか、そんなふうに受け取られてしまいそうな気がする。
だから一度飲み込んで、もう少し社会的に通用しそうな表現に置き換えてみる。
けれど、そうやって整えた言葉は、だいたい少しだけ自分の本音から遠ざかっているような気がします。

私は最近、そういうものを勝手に「社会語に翻訳されていない本音」と呼んでいます。

これは、ホントに頭の良い人達の前で話してもキョトンとされてしまって通じにくい話なのですが、確かにあるのです。

まだうまく整理されていない。
でも、たしかにそこにある。
正しさや説明の前に、自分の中ではもう答えに近い何かが動いている。
そんな感覚です。

この感覚を考えていた時、なぜか少年漫画の主人公のことを思い出しました。
とくに、あの「一瞬、何を言っているのかよく分からないのに、あとから振り返ると、いちばん大事なことを言っていた」と感じるタイプの主人公です。

最初は勢いや思いつきに見える。
周囲の登場人物も読者も、すぐには意味を理解できない。
それでも物語が進むにつれて、あの時の一言が、その人の価値観の核から出ていたのだと分かってくる。
そんな場面があります。

私はあの感じが、たまらなく好きでした。

理屈がないのではありません。
むしろ逆で、理屈より先に、その人の中に譲れない価値観があるのです。
だから、説明が追いつく前に言葉が出る。
正確に言えば、「考えがまとまったから話す」のではなく、「その人の中では、もう答えが決まっている想いが口をついて出る」ということなのだと思います。

なんとなくわかったでしょうか。

でもそれは、社会の中では少し扱いづらい態度です。
会議なんかで求められるのは、背景、目的、根拠、再現性です。(私が苦手な言語化(笑))
曖昧な直感より、整理された説明のほうが信頼されます。
それはよく分かりますし、実際に仕事ではとても大切なことです。
曖昧な直感でいつも話てしまいがちです。

けれど一方で、人が人と関わる現場では、その整理された説明より先に、もう何かをぱっと感じ取ってしまうことがあります。

この人は、たぶんこういう誇りを持っている。
この人は、すぐには頼らないタイプだ。
この場面で必要なのは、正論よりも先に、相手の流儀を傷つけないことかもしれない。
そういう判断は、たいてい手順書には書かれていません。

外から見れば、非効率に見えるのだと思います。
「困っているなら、素直に助けを求めればいい」
「代われる人がいるなら、早く代わればいい」
「属人的なやり方にこだわるから、話がややこしくなる」
たしかに、そういう見方もできます。

でも私は、そこにあるものを全部、古い働き方として片づけてしまうのは、やっぱり違う気がしています。

人が人に仕事を預けるというのは、
単なる作業分担ではないからです。

それは、自分の段取りの一部を預けることでもあります。
自分の責任の取り方の一部を託すことでもあります。
長くそのやり方でやってきた人ほど、その一線をなかなか簡単には越えません。
周囲からは頑固に見えるかもしれませんが、その内側には、迷惑をかけたくない気持ちや、自分の仕事は自分で背負いたいという誠実さが含まれていることがあります。

だから私は、簡単にただ「助ければいい」とも言い切れない気がしています。
助けることより難しいのは、
助けを受け取ってもらうことなのかもしれない。

そしてその難しさを知っていること自体が、次の現場を少しだけ円滑に進めるのだと思います。

私自身、たぶん本当に欲しいのは、
「手伝いました」という事実だけではありません。
つまり「手伝ってやるって言ってるんから」というような、こっちはやれる事をやった。というアピールではなく、
できれば、
「あんたやったら、変わってもらえるんやったら助かるわ」
と相手から言われたいのです。

それは単なる応援依頼ではありません。
その人の現場に入ってもよいと認めてもらうことに近い。
任せても大丈夫だと思ってもらうことに近い。
人手として数えられることではなく、信頼される形で必要とされる。ということです。

こんなふうに書いていると、やっぱり非効率だなぁ、と思うのですが、
たぶん私は、効率の悪い働き方を守りたいというわけではありません。
人が人を信頼して仕事を預ける時の重みを、雑に扱いたくないのだと思います。

今の時代は、なんでも上手く早く言語化されてしまいます。
意味、成果、コスパ、合理性。
もちろんそれらは大事です。
けれど、言葉にしやすいものばかりを集めていった結果、最後に残ってしまうものは、
やっぱり案外いちばん人間らしい部分なのかもしれません。

社会語に翻訳されていない本音は、たいてい不器用です。
そのまま出せば誤解もされます。
説明不足に見えることもあります。
けれど、その未整理な本音の中に、その人が本当に守りたいものが眠っていることがあります。

少年漫画の主人公が、最初は意味不明に見える言葉を口にしながら、最後には周囲に大事なことを伝えてしまうように。
私たちの中にも、まだうまく説明できないまま、それでも手放したくない感覚があるのだと思います。

私は、そういうものを全部きれいに整えてしまわなくてもいいのではないか、と最近思い始めました。
まずは「自分はここに引っかかっている」と気づくこと。
「なぜか分からないけれど、これを雑に扱いたくない」と認めること。
そのあとで、少しずつ言葉にしていけばいい。

大人になると、うまく説明できることばかりが立派に見えます。
でも本当は、説明できるようになる前に、もう心がすでに知っていることがあるのではないでしょうか。

漫画の主人公のように、考える前に口に出してしまうほど、私たちはまっすぐには生きられません。
勢いだけで進める年齢でもありません。
それでも、自分の中にあるあの「まだ社会語に翻訳されていない本音」を見失わずにいたいと思います。

それは、非効率の肯定ではありません。
人の誇りや、不器用さや、信頼の重みを、ちゃんと人間の言葉で受け止めようとすることです。

そういうものを抱えたまま働くのは、少し面倒です。
でも、ただ分かりやすいだけの職場より、私はそのほうがまだ人間味があるし、希望がある気がしています。

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