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英語の宿題が終わらない夜、川村かおりを聴いていた


中学生の頃、深夜ラジオをよく聴いていた。

毎週日曜日に通っていた英語塾の宿題が多くて、前日になっても終わらなかった。

ちゃんとやっていかないと、先生にものすごく怒られる。
でも量が多くて、どうしても夜遅くなる。

単語テストで間違えた単語は、100回書き直しだった。

ラジオを聴きながら書いていると楽しくなって、
またスペルを間違える。

次の週、もう一度100回。

不思議なもので、
間違える単語は、100回書いても覚えられなかった。

机の上にはCDラジカセ。
部屋の電気はつけっぱなし。

深夜3時になると、ラジオが始まる。

「おはようございます」と言っていた気がする。
深夜なのに、朝みたいに明るい声だった。

もともとは、ユーミンのオールナイトニッポンが好きで、よく聴いていた。

そのあとも宿題が終わらず机に向かっているうちに、
そのまま2部のラジオまで聴くようになった。

川村カオリのオールナイトニッポンだった。
当時はまだ「川村かおり」と、ひらがな表記だったと思う。

それがきっかけで、彼女の音楽を聴くようになった。

こんな時間なのに、どうしてこんなに元気なんだろう。

最初は少し驚いたけれど、
英語の宿題をやりながら毎週聴くようになった。

その頃ちょうど出た曲が、
「Hard Rain」だったと思う。

ラジオで聴いて、私はCDを買った。
お小遣いで買ったアルバムは『CAMPFIRE』。

中学生にとってCDは高かったけれど、
どうしても欲しかった。

好きだったのは、
「キースの胸で眠りたい」や
「僕たちの国境」。

いわゆるヒット曲より、
少しロックで、現実の匂いがする曲の方が好きだった。

一度だけ、川村カオリを生で見たことがある。

ティーンズミュージックフェスティバルの全国大会を観に、友達と中野サンプラザへ行ったときのことだ。

そのときのゲストライブが川村カオリだった。

「金色のライオン」を歌っていたのを覚えている。

客席では、隣にいた知らない人と肩を組んで、
みんなで横に揺れていた。

あの日のライブは、そんな空気だった。

それからずいぶん時間が経って、
私は大人になった。

ある日、神田のあたりを歩いていて、
ニコライ堂の前を通った。

中には入れなかったけれど、
ちょうど葬儀の準備をしているようだった。

その光景を見た瞬間、
テレビで見た映像がふっとよみがえった。

川村カオリの葬儀が、ここで行われたことを思い出した。

ロシア正教の洗礼名は、たしか
アナスタシア
だったと思う。

今でも、たまに彼女の曲を聴く。

すると、あの頃の景色がふっと戻ってくる。

机の上のCDラジカセ。
終わらない英語の宿題。
そして、深夜3時のラジオ。

思い出すと、
少し胸が痛くて、少しあたたかい。





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