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信号機ぶどう味 毎週ショートショートnote

母が入院する。
病院へ付き添う私に、「小さい頃に盲腸の手術をして以来、70年ぶりだから初めて入院するようなものよ。」と母は笑って言った。

年を取ってから私を産んだ母は、私のことをとても可愛がった。
そして、私も母が大好きでどこにでもくっついて出掛けた。

町へ買い物に行く時には、自分の自転車があるのに母の自転車の後ろに乗りたがりよく困らせた。
もう小学校の中学年になろうとしていたからだ。

私は、母の後ろに乗るのが好きだった。
母の腰に手を回して背中に顔をくっつける。
母の匂い。夕方のオレンジ色の陽の光。
母の漕ぐペダルがゆっくりとした時の流れを運んでいく。

一度、二人でぶどう狩りに行ったことがあった。
電車に乗り、バスに乗り、たどり着いた果樹園は、都会から離れた町に住んでいる私から見ても、田舎だった。
でも、そんな旅行みたいなことを母と二人でしていることがとても嬉しかった。

その頃、ぶどうの王様といえば「巨峰」だった。
巨峰などあまり食べたことのない私は、はち切れんばかりに育ったむらさき色の一粒一粒の美味しさを今でもはっきりと覚えている。

それからというもの、私が母にお菓子を買ってきてもらう時は、「味が何種類かある時は、ぶどう味にしてね。」と必ず言って、母も、「はいはい。ぶどう味ね。言わなくてもわかってるわよ。ぶどう味ね。」と必ず返事をした。

最近、そんな母も一人暮らしが長くなり「少し物忘れが多くなったのかな。」と心配していた矢先の入院だった。

病室に入りしばらくすると、入院生活の説明をしに看護師が来た。

説明がはじまってすぐに、看護師が、
「今から私が言う3つの言葉を、あとで言ってもらいますので覚えていてくださいね。…信号機、ぶどう、あじさい」と言った。
母は、少し自信なさそうに、「信号機…、ぶどう……、あじさい」と答えた。
「また、ちょっと経ったら同じことを聞くので覚えていてくださいね。」と看護師が言い、2分後くらいだろうか、看護師が「さっきの3つの言葉、もう一度言ってください。」と言った。

母は、さっきよりさらにゆっくりと言葉を並べた。
「信号機…………、ぶどう、あじ」
「ちょっと違うかなあ。もう一回言ってみて。」
「信号機、ぶどう味」
「えっ?」
「信号機、ぶどう味」

結局、母は3つの言葉を思い出すことはできなかった。

母の口が「ぶどう味」という言葉を繰り返した時、
私は病室を離れ、母と手をつなぎ果樹園からの帰りのバスを待っていた。
横から母を見上げる。
母が片手に抱えるぶどうの籠からは、甘い香りがした。

そろそろ太陽は夕日に変わろうとしていた。


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