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DIE WITH ZERO【ゼロで死ね】これぞというタイミングで惜しまず有り金をブッコめ!

なんて景気のよいことをタイトルに掲げてみましたが、私は全く真逆なタイプ。子供の頃からいろいろ貯め込む性質で、お小遣いもそうですが、ちょっとしたコレクション、たとえばシールや便箋なんかでも、使うのが惜しくてずっと取っておき、それらにときめかない大人になってから、ほとんど剥がされていないシールや未使用の文具を見て、唖然としたものです。
それを一番使いたかった時期に、お前は何故使わなかった、と。

そんな自分の性格に、このあたりで何らかの矯正が必要だと思ったのでしょう。
自己啓発系の本はまず手に取らないし、多少興味のある内容なら本要約チャンネルを観て、既に読んだ気になってしまうのですが、DIE WITH ZEROだけはちゃんと買って読もうという気になりました。

でもって、感想。
要約やレビューで済ませず、この本を読んで本当に良かったです。

先月の帰国日に、羽田行きのリムジンバスでの移動と、チェックインが始まるまでの二時間半くらいであっという間に読み終えてしまったのですが、著者が伝えたい核心の部分が太字になっていて、それがほぼ毎っ回、心に刺さりました。
もし太字になっていなくとも、参考書的にこの本を使うならきっと同じ箇所にマーカーを引いていたと思います。
それくらい私は、この著者のマインドに共感できました。

というわけで、今回はビル・パーキンス氏の「DIE WITH ZERO(ゼロで死ね)」の最も心に響いた太字箇所を引用しながら、感想を書いていきたいと思います(`・ω・´)

結構な長文になったので、目次とコーヒーも置いときますね( ^^) _☕


1.仕事に情熱を捧げる人であっても「ゼロで死ぬ」を目指すべきであることに変わりはない。

この本の冒頭で、「アリとキリギリス」の寓話を例に、アリ型すぎる現代人に「もうちょっとキリギリス的な生き方をしてみたら?」と提案する著者。
といっても、決して無計画な生き方を進めているのではなく、むしろその逆で、無意味に貯蓄することに警鐘を鳴らしています。

そして、仕事大好き超・アリ型人間は著者に、

いや、私は自分の仕事をメチャクチャ愛しているから、なんならこっちから金払ってもいいくらいだし、収入はただの副産物に過ぎないんだって

と、貰ったお金を使わない理由を説明するのですが、作者はそこで諦めず、

それでも稼いだ金を使う事をおろそかにすべきではない」

と言い返します。
よい仕事をすることで既に心が満足してしまっても、得られた収入でさらにステップアップするために仕事道具を新調したり、時短になるようなサービスを使ったりと、お金にはいろんな使い道があって、収入を「ただの副産物」扱いにしておくのは、勿体なさすぎるというのです。

私も有難いことに自分が営んでいる翻訳業と講師業は天職だと思っていて、それによって得られる収入は、もちろん生活のために使うけれども、それ以外の「有益な使い道」についてあまり深く考えたことがないので、この言葉は非常にブッ刺さりました。
第六章のタイトルが「Don't live your lief on autopilot(自動運転モードで生きるな)」なのですが、いいこと言いますね。
手動でまめにハンドルを切って生きよう!

次、行きます。

2.年を取ると人は金を使わなくなる

そうじゃないバブリーなお年寄りもどこかにいるのかもしれませんが、自分の母を見る限り、その通りだなと感じます。
いつ死ぬか分からないし、貯金が尽きて娘たちに迷惑をかけたくないからなるべく貯金を残しておきたいという母の気持ちは分かるのですが、慎ましいを通り越して、そんな倹約必要ある?とツッコミたくなることが多々あり、もっと生活の質を上げて、ご隠居生活を楽しんで!と言っても、
「私はこれでいいの」
の一言で済まされてしまいます。
高潔とかじゃなくて、加齢により欲がなくなってしまったパターンです。

まあ、私自身行動範囲が広い方ではないし、このまま年を取ったら私も母と同じようなインドア老人になりそうなので、体が自由なうちにやりたいことはやっておくべきだと、度々自分に言い聞かせています。

この本の著者の倹約家だった自分のおばあさまが家のソファにビニールを被せたまま使っていたというエピソードには泣けました。
しかし、そこまでではないにせよ、折角気に入って買ったのに勿体なくて使えない、みたいなものがあったら、皆今すぐ引っ張り出してガンガン普段使いするべきですよ!
寝かせている事が一番勿体ない。

では、次の言葉。

3.人は生涯を通じて何度も小さな死を体験する。
どんな経験でも、いつか自分にとって人生最後のタイミングがやってくる。

物事には旬の時期があり、それを過ぎると後で楽しもうとしても、もうそれほど楽しめない。子供と行きたい場所があっても、多忙を理由に先延ばししている内に、子供が成長してしまって、気づいた時にはもう子供がそんなものでは楽しめない年齢になってしまっている。人生はこんなことの繰り返し。だからこそ、楽しみを無意味に先延ばししてはいけないと著者は言います。

いやはや、その通り。なんかいろいろ思い出しちゃいましたよ。

これはお金をケチったからではないけれど、コロナ禍でしばらく日本に行けず、ようやく下火になって来た2022年の春先、私は当時小六の息子と一緒に帰省して、前から行きたかった鎌倉のお土産屋さんに息子を連れて行ったんですね。
そこは手裏剣やら木刀やらを取り揃えていて、いかにも男子が好きそうな品揃えの店だったので、NARUTO好きの息子は狂喜するかと思いきや、既にそんな玩具には見向きもしない年齢になっており、二年前に行きたかったなあ(ぐぅぅ、コロナめぇ!)と、悔しく感じたのを今でも覚えています。

それを言うなら、アンパンマンミュージアムとキッザニアと日光江戸村も行き損ねたし、過去の帰省中、もっとアクティブに行動していたら、良い思い出がもっとあったかもしれないと思うと、経験に使うお金に躊躇している暇なんて、一秒たりともないよなあと感じます。

「最後とは知らぬ最後が過ぎてゆくその連続と思う子育て」って、俵万智さんも詠んでいらっしゃるじゃないですか…。

自分のことだってそう。私は一時期ロリータファッションに興味があったけれど、そうしたお洋服にコッテコテに身を固めてお茶会に行く機会は、いつまでたってもやってこないまま、四十後半になってしまいました。
もちろん今だってやろうと思えばやれるけれど、旬はとっくに過ぎていて、今ではもう、ロリータファッションにそれほどの情熱はありません。
やっぱり、思い立ったが吉日なんだよなあ。

と、しんみりしたところで、次の言葉にいきましょう。

4.子供たちには、あなたが死ぬ「前」に財産を与えるべきだ。

自分の死後に子供に財産を相続させようとすると、大抵の場合、子供も中年以降で、受け取った財産を最大限に活用するタイミングを逃しているという著者。
確かに、その年齢だと一番お金を必要とする時期は微妙に過ぎている気がするし、まともな大人は自活していますから、棚ぼた的なお金になってしまいます。
それよりは、大学に行ったり就活したり家を買ったりする、人生の岐路に立たされたときに選択肢が増えるよう、二十半ば~三十半ばくらいに渡すべきとのこと。

ま~、これは難しい問題ですね。子供がしっかりしているかそうじゃないかにもよるしなあ。浪費家だったら、絶対渡したくないし。

ただ、子供がやりたいことをリアルタイムで経済的に支援していくという意味で、私は、無駄に貯め込むのはやめようと心がけています。
今春から高一の息子が日本に留学をしていて、それは決して安いものではなかったのですが、これこそが使い時だと思っているし、逆にもっと良いタイミングや使い道も、正直思いつきません。

ああ、書いている内にどんどん昔のことを思い出すな…。

この章で著者が言っていることよりずっとずっと極小スケールの話ですが、二年前、私と息子が帰省した際、ベルリンに戻る前日に母が息子に三万円のお小遣いをくれたことがありました。
帰国前日にそんな大金をもらっても、息子がそれを使えるのはもう成田空港のお土産屋さんくらいしかないわけで、もちろん次回日本に来た時のために貯めておくこともできるけれど、渡すタイミングとしてはおそらく、最悪な部類です。
貰えるだけで有難いのは百も承知だけれど、それを初日に貰っていたら、どれだけ楽しい思い出を作れたことか…。

ホント、お金を正しく使うタイミングって難しいけれど、大事。
そして、それを正しく見極めること、それがまさにこの本全体を通して著者が主張していることでもあります。

オートパイロットモードで金を貯めるな!
それが一番苦手な自分に、厳しくも温かいアドバイスをくれた本だと思います。
この本の内容を忘れたくなくて勢いで夜中にこのブログを書いたので、とりとめもない長文になりましたが、最後まで読んで下さった方、ありがとうございます。

不定期で思いついたときに更新しているブログですが、「スキ」ボタンを押して下さると励みになります(noteアカウントがない方でも押せます)m(__)m


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