角野隼斗 「Klassik Arena」 とミセスの「THE ORIGIN」|2025/12/2
最近あったこと。
角野隼斗のコンサートに行った。
ミセスの「THE ORIGIN」の映画を見た。
そして、将来に対してとても不安定な今、いろいろと言語化したくなった。
ちょっとミセスに対していろいろ書くと物議を醸してしまいそうで怖いけど、まあそんなに人数見ないだろうなという気持ちで書く。
角野隼斗ピアノリサイタル “Klassik Arena” 人間の底力
行ってきた。一個前のnoteでも書いたように、角野隼斗の音楽と思想が高校生の時から大好きな私は、それを浴びることができて至福の時間だった。
大前提クラシックには全く詳しくない(ピアノは一応やっていたのと、普通に好きだけど、耳は全く肥えていない)ので、音楽単体についてはそこまで何も言えないのだけど。
AI周りの畑で研究経験がある彼が、楽譜を読み込ませれば「上手い演奏」をAIがいくらでもしてくれる時代に、人間の手で自分の創作物でもない音楽を奏でる、という覚悟に感動した。
何が違うんですかといわれると全く言語化できないけれど、奏でる音の優しさと透明感に、間違いなく彼の人間性を感じた。
楽しいからピアノを弾いていて、それが人に届けば良い、と言っていたけれど、そんな純粋さの中におそらく自分でしかできないことをするという決意が滲んでいた。
1曲生音の演奏があったけど、たった一台のピアノが2万人に届いている様子は圧巻で、こうやってリアルで人間が伝えることの価値はどうやっても消えないんじゃないかという希望が見えた。
野田洋次郎が最新アルバムの「筆舌」で
「かつて音楽は人間の手で作られた時代があったんだよなんてさ
そんな時代を前にまだ見ぬとんでもねえ音楽をつくりたいなんざほざいたり」
とかいていたのを思い出し、
このとんでもねえ音楽が角野隼斗なら作れると思ったからこそ、RADWIMPSのトリビュートアルバムを依頼したんじゃないかなとすら、思った。
Mrs.GREEN APPLE 「THE ORIGIN」 ミセスは孤独と葛藤のバンド
ミセスのドキュメンタリーを見てきた。
2018年から大ファンなので、まあまあ歴は長いし、フェーズ1もフェーズ2も、ミセスがミセスであることを好きであり続けてきたつもりだったけど、その「ミセスがミセスであること」の難しさを知って、まあなんかすごいミセスに重みを感じるようになった映画だった。ミセスミセスうるさいな。
フィヨルドのライブに行った身としてVarietyの曲が聴きたくて行った感はあるのだけど、やっぱりやっぱり、Varietyはミセスの曲すぎて、まじで好きだ。このミセスに対する胸が締め付けられるような感情って他のバンドに対しては感じたことないんだよな。
報われないことを糧にする
生きることはしんどいけど素晴らしいということを常に歌っているバンドだと認識していたけどそれは間違っていなかった。
ミセスがすごいのは、世間的にはポップ、陽と認識されている曲の中にも、そのような陰の部分が確実に潜んでいること。青と夏にも、ライラックにも、どうしたって認められない自分への不甲斐なさとか、訳もなく苦しくなることとかが描かれていて、それが曲調とパフォーマンスによって隠されているところが、言い方悪いけど真の陰キャというか()
恋愛ソングでも、ミセスの主題は、「あなたは私のことをわからないし、私もあなたのことをわからない」ということだ(君を知らないとかCoffeeとかで顕著)わかって欲しいけどわかってもらえない、恋愛してても友情であっても孤独であるということが、大森元貴の中にあるんだろうと思う。
映画の中で元貴が「報われないことを糧にしてやってきた」と言っていたのがすごく印象に残っていて、そういう負のエネルギーで走っているからこそ、私は何度もどん底の時にミセスの曲で泣いて、救われて、やってきた。だからミセスが好きなんだと思った。
そしてDoodleの「負けるな今日も気張っていくんだ 君には絶対報われる価値があるんだ」の歌詞の重みを感じた。笑
ミセスはロックとかポップとかじゃない
ミセスが流行りだとかポップだとか聞くたびに、ミセスほどのロックバンドはいないだろうと心の中で反論していた。
コロンブスのあの騒動のあとのスタジアムで堂々とパフォーマンスするやついないだろう、と。笑
ただ、映画をみて、ロックバンドであると同時にポップバンドでもあるという覚悟という話をしていて、私の認識も少しずれていたと思った。 表層でしか理解されないそのポップさもまたミセスであり、もちろん根底にあるマインドはロックであり、そのどちらも真でありどちらも偽であると。間口を広げるフェーズ2において、ポップもまたミセスだとミセス自身が肯定してきたんだということが、よくわかった。
フェーズ3は、どうなるのかな。
元貴の愛
おまけだけど、元貴は本当にまっすぐに若井とか涼ちゃんとかチームの人たちを愛してると思った。
(最近なんでも洋次郎と並べる癖があるが)野田洋次郎の素敵なところは「愛と言わずに愛を語ること」だけど、大森元貴の素敵なところは、「他の感情はまっすぐ語らないけど、愛だけはまっすぐ愛と語ること」
とにかくミセスが好きという文章になってしまいました、、。
