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自ら行動を起こす難しさ―『大きく考えることの魔術』(15)

はじめに

ダビッド・J・シュワルツ『大きく考えることの魔術』(桑名一央訳、実務教育出版、2023年、新装版)を読む。元著は『The Magic of Thinking Big』であり、洋書の表示では Copyright が 1959 年 Prentice Hall, Inc. となっており、古い本なのであるが、出版され続けている。考えを明るくしてくれる良著である。著者のダビッド・シュワルツ(1927–1987)はジョージア州立大学のマーケティング教授、学長を歴任した。

本書は仕事、幸福、成功についての自己啓発本である。カーネギーよりも1世代後の本であり、コミュニケーション法ではなく、また方法論や教義があるような感じでもない。考え方を示しており、この意味で「幸福論」といった本なのかもしれないが、実践的な部分もある、バランスのある感じが特徴である。

筆者は禅にも関心を持っているため、内容に応じて禅的な観点からの検討も加えることもあるだろう。これは宗教的な意図ではなく、考え方・譬えの面白さを狙ったものである。

本書は全部で13章からなる。今回は第10章「行動する習慣を付けなさい」を読む。「まず行動を起こせ。考えるだけでは何もできはしない」と添えられる。

【現代的視点からの注意】

本書(原著1959年)の積極的な態度は有益であるが、現代の倫理では留意が必要である。自己啓発論は、構造的な不平等や真の障がいなど、個人の努力だけでは克服できない困難を、安易に自己責任に帰属させすぎる危険性がある。競争や成功についての多様な価値観が尊重される現在、読者の皆様は、ご自身の状況と価値観に応じて本書のメッセージを受け取り、活用してほしい。


■行動すること

成功するためには、どうしても欠かせない能力がある。それは物事を成し遂げる能力であり、成果をあげる能力である。

職業や働く場所、職位/職名にかかわらない。会社で重要な役割につくかどうかは、「仕事をやり遂げるか」「進んで仕事ができるか」「成果をあげるか」、つまり行動できるかどうかの判断である。考えるだけでは何もできない。1つのアイデアであっても、実行されることが素晴らしいのである。

人の特徴として、積極派と消極派という見方がある。積極派の人は自分がしたいことを実行し、結果として信頼、安定、自信、収入などを得る。ところが消極派は、行動という面に関しては凡庸ということになってしまう。

ならば、誰でも積極派になりたいはずである。というよりは、行動できるように、行動する習慣を身につけるべきである。消極派の人は、行動に移る前に都合よくなるまで待とうとするから行動できないのだろう。しかし、完全な状態などありえない。

行動すると決心すれば、その目標を達成するための方法も考えられる。自信にもなり、より良く行動を起こすようになる。

問題や障害を恐れて決心ができない場合、どう向き合うべきか。まず、未来の障害や困難は覚悟しておくことである。周囲の人々のことを「現実的に」考えてみることだろう。また、自分が過去に困難に遭ったとき、それを解決できたのではないだろうか。できるだけ危険を少なくすることは必要だが、あらゆる危険をなくすことはできない。問題や障害は、起こった時に対処するものである。その時に解決策を生み出せばよい。

また、アイデアを実行しないと後悔することになるかもしれない。成功するためには行動が必要だと分かっていて行動に移せないのだから、「あのときやっていれば」と後悔するだろうし、自分が矮小化していってしまう。アイデアを実行することは、それ自体に価値がある。というよりは、アイデアは実行しないと、そもそも何も得ることはない。

では「恐れ」はどうすればよいか。「行動する」しかないのである。どのみち行動するしかない。物理的な危険がない場合、多くの恐怖は心が生み出した影のようなものである。仏教的には妄想にとらわれてしまっている状態だろう。仏教やメンタルトレーニングでもよいし、坐禅でもよいが、心を落ち着けて、自分の心を観察することである。そして「気分を上げる」ことが重要である。悪く考える必要はないし、ネガティブな感情にとらわれる必要もない。


行動を始めるための工夫

ある売れっ子作家のベストセラー本を書く秘訣が紹介される。

「私は『心の力』のテクニックを用いることにしているのです。まず守らなければいけない締切日を決めてしまいます。すると精神が動き出すのを漫然と待ってはいられなくなります。…まず、机の前に座ります。そしてペンを取り、機械的に書き始めるのです。…(そのうち)私の心は正しい軌道に乗って活動し始めるのです。…いいアイデアのほとんどは、実は仕事を始めることから浮かんでくるのです。」

心が行動を起こすわけであるが、その心の働きを機械的にスタートするということである。だから自ら精神を動かすことが必要なのだ。次を練習することであるという。

(1)いやな仕事や家庭の雑事をする場合、「いやだな」とは考えず、ぐずぐずしないでやってみる。

(2)「書くこと」である。アイデアや計画など、思考活動が必要な場合には、「書く」という機械的な行動を用いる。書くという作業に集中でき、そこから精神に集中できるようになる。


「今日できることは明日に延ばすな」

今すぐという考えは物事を成し遂げる。しかし、「いつか」「いずれ」という考えは失敗につながるだろうし、そもそも実行につながらない。「今」しかないのである。禅で「而今」という。先のことなど本当のところ分からない。「実際に」行動できるのは今しかない。

行動を起こせるなら、効果的であることも考えられる。様々な改善、新しい能力・機能、新しい市場、また個人的なことでもよいが、そのためにはイニシアティブ(進取の精神・独創力)を持つことである。そのためには改革的な精神を持ち、自ら進んで取り組んでいくことが必要である。

会社や組織では、改革的な活動をすることや志願することは目立つだろう。目立ちたがり屋になれというのではなく、大きく考えるということである。だから本節までに述べられていることも考慮に入れつつ、行動すればよい。

改革的な人のことは原書では crusader であり、志願するとは volunteer である。英語のイメージの方が伝わるかもしれない。

また次のように書かれる。

People place confidence in the fellow who acts. They naturally assume he knows what he is doing.
(行動する者には人々の信頼が寄せられる。人は自然に、彼が自分のしていることを理解しているとみなす。)


説食不飽

「考えるだけでは何もできはしない」「アイデアを実行しないと、そもそも何も得ることはない」。このような「頭だけの理解」は、禅において最も戒められる。

「説食不飽(食を説けども飽かず)」という禅語は、どれほど料理の美味しさや栄養価(アイデアや計画)を言葉で説明しても、実際に食べなければ腹は満たされない、という譬えである。

積極派と消極派の違いについては、「冷暖自知(れいだんじち)」が端的に違いを表しているだろう。

水が冷たいか温かいかは、自ら手を触れてみなければ分からない。「消極派」が完全な状況を待つのは、水温を測る手段や数値を評価しているだけであり、一方で「積極派」は手を水に突っ込んで温度が「わかる」人である。「わかる」という真実は常に「行為」の中にしかない。行動したからわかるのである。

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