【メタファー:リファンタジオ】~「完全版」という名の幻想~
アトラスには罪がある。
それはソフトの初動の値段設定が強気すぎることなのか、
名作の中にたまにとんでもない駄作を出すことか、
女に二股、三股以上かけるイケメン主人公を採用することか、
はたまたその主人公である番町やジョーカーたちを馬車馬のように働かせすぎることか、
そのどれでもない。
アトラスの罪とは
「面白いゲームを作るくせにいびつで邪悪な完全版商法をやっている」ことだ。
今回、完全版の発売があるのではないかと敬遠してしまっていた、『メタファー:リファンタジオ』(以下、メタファー)をプレイしてみた。
先に言っておくと、敬遠していたのをもったいないと思うくらいには面白いゲームで、目新しさは無いもののアトラスRPGのセルフパロディも多数あり、ブランド35周年を飾るにふさわしい佳作だった。
そんな本作の感想を書いていこう。
おおっぴらにあらすじを書いたりはしないが、物語の核心には触れるので注意してほしい。

秀逸だがやや散らかったストーリー
今作は言ってしまえばペルソナシリーズの亜種であり、カレンダー性なのも合わせてゲームの触り心地も基本的には一緒だ。
(ペルソナほどカレンダー性を活かせてもいないが・・・)
だがペルソナは現代社会の「歪み」にフォーカスしている一方、メタファーは「理想的な世界」というかなり大きなテーマに手を出している。
「次の王を決める選挙」を主題に若き野心家の天才、圧倒的勢力の宗教派閥、数多の種族、それと落胤の王子を絡めて進むストーリーはなかなか先が読めず、非常に楽しませてくれた。
特に主人公に関する真実から、世界の秘密の発露、そしてラストバトルにかけての展開には目を見張るものがある。
だが、とても大きなテーマの中で復讐や選挙といった要素を混ぜて描かれているため、全体的に散らかっている感は否めない。
人類の歴史1万年くらいでは理想的な世界に辿り着けていない現在、『メタファー』にそれを示せと言っても酷なことなのだろうが、「幻想世界」においてもそれは道半ばであり、ストーリーの中でもそこまではたどり着くことはできなかった。
また、このメタファーの「幻想世界」には8種類(実は9種類)の種族がいて、それぞれいがみ合ったり、差別したりしている混沌の坩堝だ。
それぞれの種族がどうとかいう話はいちいち説明されず「見聞録」という用語集の中にぶっこまれているので、理解できるまで時間がかかったし、それぞれの種族の良し悪しを表現しきれているのかといえば疑問が残る。
設定が多いのは俺好みなのだが、世界観の設定量に対して登場人物が少なく、それぞれの絡みも乏しいので、「選挙」という要素を持て余している感は否めなかった。
支持率の順位なんかもさほど意味のないもので、国の王を決める一大選挙なのに、正直候補者が乱立した町長選くらいの規模に感じられる。

ルイとフォーデン以外の対立候補をより深堀してどういう組織から、なぜ支持を得ているのかというバックボーンを作るとか、選挙にありがちな地理的な話とかを組み込むとより世界観と「選挙」の設定を活かすことができたかもしれない。
ただ、そうなるとクリアまでに150時間くらいかかるな・・・
(ちなみに俺は1周80時間くらいかかった。)
仲間たちのバランス感は流石の一言
上記の通り、この世界には8種類の種族がいるが、各種族から1人ずつ集って主人公のパーティーを構成している。
見た目のバラエティにも富んでおり、ストーリークリア後の関係性についても非常に良かったと思う。
ここらへんはペルソナでの確かな経験の積み上げを感じる部分であり、アトラス流石だなと手放しで評価できる部分だろう。
ただ!
「王の6本槍」じゃなくて「王の7本槍」って言ってやれよ!と思った。
ガリカは「妖精」が種族として認知されていないので理解できるが、ニューラスは滅茶苦茶頑張ってただろ!

またペルソナシリーズおなじみの「コープ」は今作では「支援者」となっており、こちらも非常に良い出来だったと思う。
ペルソナでは異性とのコープの行き着く先は基本的に恋人関係であり、バレンタインデーに代表するような屋根ゴミ10股袋叩き事件なのだが、安易にそういう方向にもっていかず、「仲間」・「忠臣」・「同士」という枠に留めたのはストーリーと主人公の地位を考えれば妥当であり、これで良かったのだろう。

まぁ、マリアなのかな、たぶん
ニンゲンのビジュアルの素晴らしさ
今作俺がもっとも褒めたいと思うのはストーリーで立ちはだかる謎の敵「ニンゲン」のビジュアルだ。
これらには西洋画の元ネタがあるのだが、これらを敵のデザインとして持ってくるのは奇抜でいかしたセンスと言えるだろう。


元ネタの時点で結構なトラウマ感あるよね
特にボスとして出てくる「ニンゲン」はどれもグロテスクでありながら人の醜い部分を象徴(メタファー)するようなデザインであり、戦っていて恐ろしさを覚えながら、同時に絵画的な美しさを感じるという素晴らしいクリーチャーたちだったと俺は思う。
ルイ様がかっこいいぜ
今作最大の敵として立ちはだかることになるルイ様こと「ルイ・グイアベルン」であるが、俺はこういうキャラが大好きなのだ。

「若い」「金髪」「美形」「野心家」「実力主義」「武闘派」「天才」「簒奪者」
・・・・うん、完全にラインハルト様だな!

俺は正直こういう陣営側に付きたいと思う”銀河帝国側”の人間であり、ルイが言うこともそうだその通りだと同意してしまっていた。
ただ、序盤に感じられた覇気やカリスマ性は後半にいくに従い鳴りを潜め、主人公たちに「都合のいい悪役」をやらされているように感じてしまった。
そのままなし崩し的に打倒することになってしまったことを少し残念に思うのは偽らざる本心というやつだ。
もしルイに杉田じゃなくてキルヒアイスがいたら完全敗北しても止む無しだったな!
見た目はどう見てもシリーズおなじみの人気悪魔「ルシフェル」であり、ブランド35周年の記念作品を飾るラスボスとしてふさわしいキャラクターだと言えるだろう。

もしできるのであれば今後の作品でシリーズからのゲストキャラとしてふらっと出てきてほしいと思う。
やられる前にやるしかない戦闘
今作の戦闘要素は正直「60点」くらいの出来だ。
アトラス作品おなじみのプレスターンバトルであるのだが、これがまぁ大雑把な出来で、弱点を突く前提で構成されており、通常MAP上でのスタン攻撃からいかに相手に行動さないように完封勝利するか、に全てがかかっているといっても過言ではない。
下手に相手にターンを回すと弱点を突かれてボコボコにされるので雑魚相手に1ターンでパーティーが半壊させられることもよくあるからだ。
一度半壊するとシステム上、立て直しが非常に困難であり、そのまま押し切られて全滅することもよくある。
攻防のキャッチボールのような要素が事実上存在せず、戦闘が強要素の押し付け合いでしかないのはRPGの戦闘として楽しさに欠けたものであるように思える。
ペルソナなんかはダウンからの一斉攻撃があるのに対し、メタファーにはそれがないので通常攻撃も使いにくく、いまいち戦略性にもかけていると言わざるを得ない。
後半にかけてはダメージスケールもかなり大味だ。
通常攻撃なんかはほぼ死んでいて、最強の攻撃力を誇る装備で300ダメージくらい出るのだが、雑魚敵のHPは5,000以上あるというなんの役にも立たないような行動になってしまっている。
ちなみにスキル攻撃だと一撃5,000ダメージ、クリティカルも絡めば10,000ダメージ以上も出せるバランスだ。

その結果、協力スキルであるジンテーゼおよび個人の大技スキルのぶっぱ合戦をせざるを得ないというバランスで、ジンテーゼを少ない行動消費で打てる「合理化の手引書」がアタッカーには必須級の装備となってしまった。
ボタン一つで戦闘をやり直せるというのも弱点をつくことを考えても使いずらい上に、緊張感の欠如にも繋がっており、アイテムを盗めるまで繰り返し最初からやり直すというようなこともできてしまうので、このあたりのバランス感がもう少しうまくできなかったものだろうか。
「アーキタイプ」というジョブシステムも正直なところいまいち活用しきれていないといって過言ではないだろう。
普通にプレイする上ではそれぞれのキャラの能力値を最大限に活かせる最上位職である「ロイヤル」が強すぎるためだ。
ランクを上げはステータスの底上げと一部の強スキルの継承くらいの要素でしかないのは育成を面白くないものにしていて非常にもったいない。
せめて上位職を極めると固有のジンテーゼを他アーキタイプに引き継げるとか、そういう要素があれば他のアーキタイプを極めることにもより意味を持たせることができただろう。

「完全版商法」という罪
さて、そろそろこの話題に触れよう。
先にこれはアトラスの「罪」だと書いたか、もともとはゲーム業界の1部が手を出していた「悪癖」であるのだが、他社がそれから少しずつ手を引いている中であってもアトラスはシリーズの人気にあぐらをかいてこれを続けてきた。
ここで「完全版商法」の歴史について触れるつもりはないのだが、アトラスが近年最も邪悪にこの商法を利用してきたことは紛れもない「罪」であり、またそれが面白い作品で、ファンたちを逃れえぬ沼に嵌めていることは「大罪」と言わざるを得ない。
だが、ファンたちにも限界はある。
今作『メタファー』には「どうせ完全版でるんでしょ?」という話題が付いて回り、作品自体は2025年のゲーム大賞をとるくらい評価されつつも、どこか拭いきれない「しこり」のようなものが常に付きまとい、買い控えに繋がったのだ。
販売元のSEGAもそれを憂慮してか株主総会でコメントを出し、それがネット記事として大きな反響を得たのも記憶に新しい。
このコメントは実に的を射たものであり、業界にも大きな1石を投じたものだと俺は思う。
RPGの完全版というのは本当に腹立たしいもので、開始からエンディングまで80時間かかるゲームを、完全版が出たからといって一からやり直すことができるやつはその作品が相当に好きなのか、はたまた消費される時間を何とも思わない暇人のどちらかだ。
現代社会に生きるごく一般のプレイヤーにとって、この「80時間」は相当に重いものであり、完全版が出てからプレイしようと思う人の判断も1つの正解であると言わざるを得ない。
それが売上にも直結しているのであれば販売元も考えを改めざるを得ないだろう。
かくいう俺もその一人であったのだが今回switch2版の発売に伴い、追加要素の発表がなく、上記の記事もあったことで完全版はもうないものと判断し、プレイし始めたというわけだ。
プレイにあたり、「完全版の発売」という、無駄な雑念が発生してしまっているのも、これまでアトラスが積み上げてきた「罪」の結果であり、アトラスはその罪と向き合う時が来ているのだろうと俺は思う。
「完全版」という罪からの解脱
長くなったのでそろそろまとめよう
ここまでも結構手厳しいことを書いてしまっていると思うが、出そうと思えば気になる点はまだまだ出せる。
例えば、
他のキャラが履修したアーキタイプデザインが色違いなだけで個性がないとか、
ジンテーゼのシステムが使いにくくてプリンス前提すぎるとか、
カレンダーの曜日にほぼ意味がないとか、
通常持の画面に映りこむ白いホコリみたいなのがくそうぜえとか、
完全版ではないからなのかもしれないがところどころシステムの粗さは感じずにはいられなかった。
だが、それでもストーリーの盛り上がりとキャラの魅力、全体のビジュアルを筆頭にゲームの触り心地としては非常に楽しいものであり、少なくとも完全版が出るだろうからと敬遠していたことはもったいなかったな、と思えるような満足感はある作品ではあった。
俺の総論としては、
完全版が出たとしても、それをプレイする必要は薄いので、安価になった通常版を買ってさらっとプレイするのがおすすめ!
といったところだ。
このゲーム『メタファー:リファンタジオ』は「完全版商法」というゲーム業界がこれまで積み上げた罪に一石を投じたことで、アトラスブランド35周年の記念作品であるとともにアトラスの「罪と罰」を象徴するような作品になったのではないだろうか。
今後『ペルソナ6』というアトラス最強の切り札(ジョーカー)も発売を控えている。
本当に心待ちにしている作品なのだが、これは完全版前提でつくられるどうかはまだ何もわからない。
願わくば「完全版商法」などという真に作品を楽しめなくなるような邪念からはさっさと解脱し、最初から120%の完成度を誇るような素晴らしい作品でゲーマーたちの度肝を抜いてほしい。
そう期待して今回の結びとしよう。

