「戻らない」と言った夜。不登校の子を持つ母への処方箋【保存版】
夜の11時に、子どもがリビングに来た。
「もう学校には戻らない」。
静かな声だった。震えていなかった。
だから余計に、こわかった。
あなたも、似たような夜を過ごしたことがありますか?
何か言わなければと思った。
でも言葉が出なかった。
もしくは、言ってしまってから後悔した。
「高校どうするの」
「みんながんばってるんだよ」
そういう言葉が口をついて出て、
子どもの顔がすっと閉じるのを見た。
この記事は、あの夜の自分に届けたくて書きました。
正解を教えるためではありません。
「なぜあんなに苦しかったのか」をまず整理して、
そのうえで、明日の夜から少しだけ違う選択ができるようになるために。
「この記事を読んでよかった」ではなく、
「これなら動ける気がする」と感じてもらえたら、
それだけで十分です。
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なぜ、こんなにも苦しいのか
「普通の子育て」の枠からはみ出た瞬間、ママは孤独になる
子どもが学校に行けなくなったとき、
苦しいのは子どものことだけではありません。
「なぜうちの子だけ」
「私が何かを間違えたのか」
「このまま高校にも行けなかったら」
頭の中が、問いで埋まっていく。
そして気づいたら、誰にも言えない状態になっている。
ママ友には話せない。
夫には「大げさ」と言われそうで言えない。
親には「甘やかしたからだ」と言われる気がして、連絡できない。
孤独なのは、子どもではなく、母親のほうだったりします。
子どもが学校という「枠」からはみ出した瞬間、
母親も同時に、「普通のお母さん」という枠からはみ出す。
その孤独は、誰かに言わないと、消えません。
Threadsの声が教えてくれること
同じ状況のお母さんたちの声を、たくさん見てきました。
「子どもが『戻らない』と言った日、
私は何もできなくて、夜中にトイレで泣いた」
「ネットで不登校の対応を調べるたびに、
『受け入れましょう』と書いてある。
受け入れ方が、わからないんだけど」
「夫に話したら『お前の育て方が悪い』と言われた。
それ以来、何も言えなくなった」
「毎朝、子どもの様子を見ながら、
今日はどう声をかけようか考える。
もうそれだけで、一日が終わる気がする」
「正解」を知りたいのではない。
「これでいいのか」を、誰かに確認したい。
その声に、この記事は答えます。
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誰も教えてくれなかった「本当のこと」
不登校の定義、正しく知っていますか
文部科学省の定義では、
年間30日以上欠席した場合を「不登校」と呼びます。
でも、現場のお母さんたちはもっと前から気づいています。
「月曜日になると腹痛が出る」
「玄関で固まって動けない」
「学校の話をすると表情が消える」
30日という数字より先に、子どもの体がサインを出している。
そのサインを「気のせいかな」と思いながら過ごしてきた。
不登校は、突然起きません。
じわじわと、静かに、限界に向かっていく。
「宣言した夜」は、その終着点ではなく、
ようやく言葉になった瞬間です。
「私の育て方が悪かった」は、ほぼ間違いである理由
研究では繰り返し示されています。
不登校の背景には、気質的な特性(刺激への敏感さ、
対人関係の処理の違い)が関わっていることが多い。
環境との「合わなさ」が積み重なった結果です。
親の育て方が直接の原因であるケースは、非常に限られています。
それよりも、
「その子には合わない環境が長く続いた」
「体力や気力が限界に達した」
「言葉にできないまま、時間だけが過ぎた」
そういうことのほうが、圧倒的に多い。
「私が悪かった」と思い続けることは、
今日の子どもの助けには、なりません。
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読んでよかったではなく、これなら動けると感じてもらうために。
具体的な視点・ケース・処方箋をまとめました。
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