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はじめてのアイマスク — すやすやアワーズものがたり 第1話



山おくの里に、ふるい家がひとつ、たっています。

茅葺きの屋根に、月あかり。縁側の板は、昼間のお日さまのぬくもりを、まだすこしだけ おぼえています。

そこに住むのは、夜が大すきな たぬきの子。

名前は、すや。


すやの目には、世界が やさしく ぼやけて見えます。

遠くの山は、やわらかい影に。夜空の星は、にじんだ光の粒に。だから すやは、まるい小さなメガネをかけています。

でもね、これは ないしょの話なのですが——

だからでしょうか、すやの耳には、世界の音が だれよりも よく聞こえるのです。

雨の音。風の音。月が のぼるときの、しずかな夜の音。

葉っぱのうらで 虫が寝がえりをうつ音も、遠くの川が 夜のあいさつをする音も、すやの耳は、ちゃんと聞きわけます。

夜になると、すやは縁側にちょこんと座って、目をほそめて、耳をすませます。それが すやの、いちばん幸せな時間でした。


ある、はじめての夏の夜のことです。

紫陽花が咲く縁側で、すやは いつものように 雨を聴いていました。

ぽつ、ぽつ。とん、とん。

「……おや?」

すやは、顔を上げました。

いつもの雨と、なにかが ちがうのです。

「いつもより、ふかい音……」

もっとよく聴きたくて、すやは メガネを そっと外して、縁側の板の上に おきました。それから、目を とじてみました。

すると——

雨は、いくつもの音に わかれました。

木の葉を たたく音。

つちに しみこむ音。

しずくが 軒先から、ぽとんと おちる音。

ひとつだと思っていた雨が、ほんとうは たくさんの小さな音の合奏だったのです。すやの胸は、とくとくと 鳴りました。


もっと ふかく、聴いてみたい。

でも、目をとじていても、月のあかりが まぶたのむこうで ちらちらと まぶしいのです。風がふくと、体がゆれて、音がまざってしまいます。

すやは すこし、こまってしまいました。

もっと しずかに。もっと ふかく。どうしたら いいんだろう。

すると、そのとき——

こまっている すやのそばに、なにか あたたかいものが、そっと近づいてきました。

それは、月あかりのような、里のぬくもりが かたちになったような、やさしい気配でした。

「これ、つかってみる?」

さしだされたのは、さくら色の、小さな アイマスク。

麻の葉もようの布に、「すや」と、ぬいとりが してありました。

だれが ぬってくれたのでしょう。夜そのものからの おくりものだったのかもしれません。


アイマスクを つけると——

目が、ゆっくり やすんでいきました。

まぶしさが消えて、まぶたの奥が、ふわりと あたたかくなって。

そして、耳が。

耳が、もっと もっと、澄んでいったのです。

しんしんと ふる、雪の音。

ひらひらと 散る、さくらの音。

ぱちぱち はぜる、火ばちの音。

ふしぎです。夏の夜なのに、すやの耳には、めぐる四季の音が ぜんぶ 聞こえるようでした。

そして その音のいちばん奥に——

すやすや、すやすや。

だれかの、しあわせそうな 寝息が 聞こえました。

「夜には、こんなに たくさんの声が あるんだ」

すやは アイマスクの下で、そっと ほほえみました。


その夜から、すやの夜の時間が はじまりました。

耳をすませて、世界の音を あつめる時間。

あつめた音を、どこかで眠れずにいる だれかに、そっと おすそわけする時間。

なまえを つけるなら、そう——

すやすやアワーズ。

月夜の古民家の縁側に、アイマスクをつけた小さなたぬきの子が、ちょこんと座っています。

その茂みのかげで、青いナイトキャップの先っぽが、ちらり。

岩のかげでは、銀色のしっぽの先が、ふわり。

いつか出会う 仲間たちの話は、また 今度。

今夜はどうか、いい夢を。

——耳をすませば、ほら。あなたの窓の外にも、夜の音が ながれています。🌙

この物語は、絵本になります。すやの夜の音は、YouTube「Suyasuya Hours」でながれています 🌙

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