一年前、脚本なんて知らなかった僕が、講師になった。【VRChat】
「三期生で培った経験で脚本の講師をお願いできませんか」
声をかけていただいて、
うれしいより先に「僕でいいんですか」が出てきた。
一年前まで脚本なんて書いたこともなかったのだ。演劇は観るもので、脚本はプロや専門の勉強をした人が書くものだった。世の中には高いお金を払ってシナリオの講座に通い、何年も書き続けている人がいる。その道を通っていない僕が、今度は人前で教えるらしい。
大丈夫か。その人選。
アクターズスクール四期生に向けた講義のお話だった。
僕が三期生として通っていたDramapiaアクターズスクールは、VRChatの中で演劇を学べる場所だ。十六週間かけて演技の基礎からアバターを使った表現、照明や音響まで学んでいく。
アクターズという名前だけれど、役者の勉強だけではない。舞台に立つ側も作る側も経験する。僕が参加した三期生はそこで学びながらチームを組み、一本の劇を作った。
もともと僕は、演劇を日常的に観る人間ですらなかった。そんな人間が仕事から帰ってVRChatに入り、演劇を教わっていたのだから不思議なものだ。少し前まで知らなかった人たちと、台詞の言い方や照明をつけるタイミングについて真剣に話している。大人になってからこんな放課後があるとは思わなかった。
その場所に今度は講師として呼ばれる。
ついこの間まで教わっていた僕が、人に教える側に立つ。
僕より優れた脚本家なんてVRChatにいくらでもいる。お世辞でも謙遜でもなく、僕自身が脚本の話を聞きたい人の顔が何人も浮かぶ。
それなのになぜ僕なのだろう。引き受けるかどうかを考えながら、しばらくそのことばかり考えていた。
『人生分岐堂』という劇を書いた。
アクターズスクール三期生のチーム、プランドヴィーで作り、第二回劇王Virtualで優勝した作品だ。
あのときの高ぶりは今でも覚えている。自分が書いたものを仲間が演じて、それを観た人たちが笑ったり心を動かしたりしてくれた。稽古で何度も聞いてきた台詞なのに、本番ではこちらまで胸がいっぱいになった。
ただ、祭りが終わってから、あの劇について話している声を僕はほとんど聞いていない。
むしろ耳に入ってくるのは予選で敗れた作品の話だったりする。あれがよかった、あの場面が忘れられない。そんな話を聞くたびに、いいなと思う自分がいた。
優勝させてもらったくせに、まだ欲しいのか。
欲しいんだなあ、これが。
その日だけでなく、あとから思い出してもらいたい。何かの拍子にあの劇の話をしてもらいたい。一度自分の書いたものを誰かに観てもらうと、そんな欲まで出てくるとは知らなかった。
もちろん僕の知らないところで話してくれている人もいるのだろう。聞こえてこないからといって、誰の心にも残っていないとは限らない。それでも寂しくならなかったと言えば嘘になる。
そのときに輝く作品と、長く語られる作品は必ずしも同じではない。僕の作品がこの先どうなるかは、まだ分からないけれど。
仲間と作った劇だった。みんなで悩んで時間を使い、ようやく客席に届けた。
うれしかったし、今でも誇らしい。それでも人の作品をうらやましく思うし、もっと書けるようになりたい。
『人生分岐堂』を終えた僕には、その全部がある。
たぶんスクールの方も分かっているはずなのだ。
僕が特別に優れた脚本家ではないことくらい。
そう考えたら逆に思考が一周して少し気が楽になった。
求められているのは、少し前まで同じ場所に座って悩んでいた人間の話なのかもしれない。
何を書けばいいか分からない。書き始めたけれど終わらない。面白いつもりで書いたのに、読み返すとそうでもない。人に見せたいけれど、見せるのが怖い。その感情なら、僕はよく知っている。
運営の方の本当の意図は分からない。ただ、同じところでつまずいた先輩として話せることならありそうだった。何も分からなかった僕がどうやって一本を書き終えたのか。それなら背伸びをしなくても話せる。
スクールでは講師の方を通じて、纏愚連や雅縁寝子座をはじめ、ほかのVR演劇の団体の方々と知り合う機会をいただいた。見学に行かせてもらい、普段なら接点のなかった人たちと演劇の話をした。
あそこで出会った人たちと今も話している。教わったことを使って今も書いている。僕にとっては素敵な友人を沢山作らせてもらった場所なのだ。
僕にできることがあるなら少しは恩返しをしたい。
そう思って講師を引き受けた。
講義は9月2日の(火)時間は22時から24時までの2時間。
スライドの準備には休日を使って、計6時間ほどかけた。
文献を読み直し、戯曲という言葉から改めて勉強した。演劇のための脚本でありながら、読む文学としても成り立つこと。普段なら読み流していたところで何度も手が止まった。
知っているつもりのことが、説明しようとすると怪しくなることがあって、「ここは何となく分かってください」で済ませたいところほど、ちゃんと話さないといけない。
人に教える準備をしていたはずが、ずいぶん自分の勉強になった。
講義では、事前に周りの脚本家さんたちから聞いてきた話もさせてもらった。
A-Literary Worksの沈黙静寂さん(沈黙静寂(@be_quiet_w0n)さん / X)はまず劇の前に小説から作るという。即興劇を主催するニパさん(Nipper2288(@Nipper2288)さん / X)からは、完成させることで見える世界があるから、とにかく完成させること。同じく決勝に進んだ、ねるクリエイトの安食ねるさん(安食ねる(@Ajiki_Neru_v2)さん / X)からは、基礎を学ぶことの大切さを伝えた。
どこでもピラミッド建設の名護千鶴さん(名護千鶴/Chizuru_Nago*ピラ建座長(@Nago_Chizuru)さん / X)からは想像力を広げる重要性を聞いた。しぬほど♥演劇団つらこ組の唐辛子先生(唐 辛子(@KaraTurako)さん / X)からは、とにかく手を動かして見える形にしようと。形にならなければ誰も何も言えないのだから、と教わった。
それぞれの話を僕なりに受け取り、書くときに思い出している。
みんな同じ作り方ではない。僕が一人で机に向かっていたら思いつかなかった進み方を、誰かが知っている。話を聞くたびに、そんな手があったのかと思う。
だから四期生にも、こういう人たちがいることを知ってほしかった。僕の講義で聞いた方法が合わなくても、ほかに試せる方法はある。
頑張れ、後輩たち。
僕の周りだけでも、これだけ面白いものを書く人たちがいる。
せっかく同じVRChatにいるのだから、会えたら沢山話して、沢山技術を盗んでほしい。
話しが変わるが四期生には、たくやさんというフレンドさんがいる。
僕がアクターズスクールに入る前からフレンドになっていた人だ。
最初はお互いにVR演劇の感想を書く側だった。
演劇をする側には飛び込まない、なんて話もしていたのに、僕は三期生になり、気づけばたくやさんも四期生にいた。
結局二人とも来てしまった。
しかも今回は講師と生徒である。フレンドさんに向かって講義をするというのは何だか照れくさくて、少し笑ってしまう。
同じ客席の側にいた人が、自分でも何かを作ろうと動いている。その姿を見られるのがうれしかった。
僕が先に入ったというだけで、これからもずっと先を歩くわけではない。いつかたくやさんの作品を観て、悔しがりながら感想を書く日が来るかもしれない。
その日が今から楽しみだ。
講義では、この先、脚本が選ばれなかった人たちにも伝えたいことがあった。
四期生は脚本志望が多いと聞いた。ということは、チームで別れたとき自分の脚本が選ばれない人も数多く出ることだろう。選ばれなかったときどうなるか。
時間をかけて書いたものが選ばれないのは悔しいと思う。自分の台詞を誰かが話すところを想像していたはずだから。その気持ちは簡単には切り替えられないだろう。
でも、僕の同期たちはスクールで選ばれなかった脚本を年内に公演する予定なのだ。
9月には『立花タカシの1分間』を。

年末には『いせこん~勇者35歳♥婚活クエスト受注中~』を。

どちらもアクターズスクール三期の講義中では、惜しくも脚本コンペで選ばれなかった脚本のだけれど、二つとも素晴らしい演劇になると思っている。同期だから応援したい気持ちはもちろんあるし、何より僕自身が最前列で観たい。
選ばれなかったあとも彼らは動いていた。公演するために人と話し、準備を進めていた。むしろ三期で作ったときに得た経験を使って、その時に選ばれてたより、良い劇が出来るに違いない。
悔しさはあるだろう。すぐに前向きになれなくても仕方がない。ただ選ばれなかったことを、その作品の最後にしなくていい。
次の機会への始まりにだってできる。
現に僕の同期たちが今それをやっている。
だから今後、スクールの結果だけで筆を置かないでほしいと強く願う。
僕は未熟だ。
発想が出てこなくて困るし、語彙が足りなくて同じ言葉を何度も書いては消す。人の作品を観て、どうしたらこんな台詞が書けるのだろうとうらやましくなる。
講師をしたからといって急に書けるようになるわけでもない。講義が終わったいま、また自分の原稿の前で頭を抱えている。
それでも、こんな僕が素敵な仲間と劇を作ることができた。
僕の書いた台詞は、仲間が声にすると違って聞こえた。こんなに面白かったっけ、と思う場面もあった。動きがついて光や音が入り、原稿を読んでいたときには想像できなかった劇になっていった。
一人で書いたものを、一人では作れないものにしてもらった。
あれを経験してしまったから、僕はまた書きたいのだと思う。
四期生のみんなにも、そんな日が来てほしい。
一年後には僕の講義の話を聞いていた誰かが、「僕が、私が講師でいいんですか」と頭を抱えているかもしれない。
そのときは少し前の自分の話をしてあげてほしい。何も分からなかったところから一本を書き上げるまでに、何があったのか。誰と出会い、何を教わり、どんな劇を作ったのか。
思い出せば、きっと一人や二人では済まない。あの人の話も、この人の話もしておきたくなる。僕が今回そうだったように。
そしてそのとき、あなたの周りにはきっと素敵な仲間が沢山いるはずなのだから。

