139記事目 観察|転院から最期まで。――①8月31日
■8月31日 午前9時■
双子を保育園に預けて、父母宅へ向けて、
妻と家を出た。
天気は薄曇りで、青空も少し見える。
気温も過ごしやすい。
母を車に乗せて、N病院へ。
父を見た。
違う。明らかに衰えている。
顔が青白い。
ベッドの柵にもたれている。
呼吸も弱い。
「テーブルに3錠あったの、知らないか?」
いや、ないなぁ。
看護師さんが持っていったのかもよ。
「あー、そうかぁ」
父は納得したのか、ベッドに横になった。
意識の混濁も、強い。
病院精算をして、介護タクシーのストレッチャーに移乗する。
看護師4人がかり。
移乗のときに。
母が、医療用麻薬のシリンジポンプが引っ掛かると思ったのか手を出そうとした。
あ、これ、ダメなヤツ。
慌てて母の服を引っ張って、止める。
手を出さすなとジェスチャーするも、
「だって、看護師シリンジポンプ見ていない」
と言う。
父も。
「イタタタ!」
と言って、看護師の腕を掴む。
たぶん、母は見ていられないのだろう。
父にとっては、18日ぶりの外だ。
母が。
「ほら、外だよ。気持ちいいねぇ。」と。
父は目を開けて、空を見る。
母は看護師と一緒に介護タクシーに乗り込んだ。
妻と私は、自分の車で。
その後、T病院に移動した。
■午前10時30分■
T病院に到着。
入院手続き。
介護ストレッチャーから、病院のストレッチャーへ再度移乗。
父が痛みを訴える。
母がまた手を出そうとする。
今度は母の腕を掴み、強く止める。
なんで、この人は理解できないのだろう?
いや。
理解しないのだろう?かもしれない。
プロの仕事は、余程でなければ手を出さない。
邪魔になる。
目の前に荷物が見えたとしても、
持つべき荷物でなければ、持ってはいけないと思う。
■午前11時30分■
諸々の手続きが終わって。
病棟看護師長からのヒアリング。
その後、T病院のドクターIC(インフォームド・コンセント)。
私は素直に聞きました。
N病院で細かい治療方針、父の状態は聞いていません。
転院したばかりで、簡易検査結果もわかっていないのは承知しています。
N病院からの引継と、ドクターの診察での見立てでかまいません。
あと、どのぐらいですか?
ドクターは説明してくれます。
・肺への癌転移あり。
母は、また、途中で口を出そうとした。
待って。
まず、ドクターの話を聞いてからだよ。
と、母へ説明して。
ドクターは続けます。
・右足(糖尿病により壊死開始)は切断しません。
・N病院からの2週間の検査数値、その後の病状進行から、考えます。
・2週間持てば、よく持ったと思います。
・あと、2、3日。
・今日でも、おかしくない。
IC終了。
やはり、そうか。
■12時15分■
父の病室。個室だ。
部屋の窓から、自宅が見える。
良い場所だと思う。
母も納得したようだった。
父に声をかける。
調子はどうだい?少し、楽になった?
「あ・・・。・・・・・・。」
父は何かを言っていた。
私には、わからなかった。
また、来るよ。
■午後1時■
帰りの車の中。私と妻。
妻は言った。
「お義父さん、なんて言っていたと思う?」
わからない。
「お義父さんはね、ぱんだ、悪いなあって、言っていたんだよ。」
聞こえたの?
「いや、聞こえないけど、そう言っていたよ。間違いない。」
そうだね。とだけ、私は返しました。
妻は、なぜ意味づけしたがるのか?
たぶん、そのまま、『置く』ことができないのだと思う。
何を言ったのか、わからない。
それだけでは、安心できないから。
勝手に解釈をして、意味をつけていく。
それは、妻の意味づけで。
父の言った事実ではない。
私には「わからない」。
これが、私の父の事実だ。
妻に言う。
AさんBさんの黒い服買っておこう。
■午後8時45分■
母、弟、私。
特別ゲスト、AさんBさん(笑)
母の説明では弟に病状が伝わらなかったらしい。
LINE会議で、弟にドクター説明を渡していく。
どうやら、母も理解していなかったらしい。
というか、ショック過ぎたんだろうなあ。
隣で、AさんBさんが寝る準備。
パジャマに着替えて。
歯を磨いて。
まあ、促しているのは私です(笑)
妻は、既に就寝中・・・。
