私は誰も助けない
初めてネットにハマったのはTwitterだった。それまでにもネットに書き込みをしていた気はするが、あまり記憶に残っていない。
最初は自分の辛さを吐き出せる場所として使っていた。誰かに自分の気持ちを理解してほしかった。
幸いにもネットには優しい人が多くて、自分が欲しかった言葉を投げかけてくれた。
毎日ツイートを続けていると、段々と反応が増えてきた。私はそれが楽しくなって、好きなアニメやゲームについても発信を行うようになった。
すると、さらに反応は増えてフォロワー数も一気に増加した。
もっと私のことを知ってほしい、もっとフォロワーが増えてほしい。そして、いつかこの拡散力を使って何か大きなことを成し遂げたい。
とにかく私のために拡散してほしい。そんな気持ちばかりだった。すべてのツイートに対して毎回拡散してくれる人もいた。
けれど私は、他人のツイートを拡散することはなかった。他人が自分の影響で目立つのが嫌だった。
頑張っている人はみんな敵、だから助けない。
私は根拠のない自信に満ち溢れていた。私ならきっとうまくやれるはず。それからいくつか挑戦を始めることになる。
最初は作詞・作曲だった。曲と映像を作ってYoutubeにいくつか投稿してみたが、評価はどれもいまいちだった。
もっといい曲が作れるようになりたいと思い、紙の教材や動画講座で勉強し、有名な曲を何度も聞いては構成要素を分解した。それを自身の作品に反映したつもりだったが、うまくはいかなかった。
私が何も生み出せない中、世間では新たな曲が注目を浴びる。若きクリエーター達の才能を目の当たりにして、もう勝てないと思った。弱すぎる私の心は簡単に折れてしまった。
音楽を聴くと辛くなってしまうから聴かないことにした。諦めて普通に生きていこうした。夢なんてものは考えないようにした。
それでもふとした瞬間に蘇ってしまう。通勤電車の中。仕事でミスをした時。渋谷のスクランブル交差点の広告に流れるMVを見た時。どこで人生を間違えたんだろう、これで生きていると言えるのだろうか。何も成し得ずに胸を張って生きていけるのか。
失敗したままの記憶だけで生きていくのは耐え難い。あの失敗は成功の過程だったのだと言い聞かせたい。私は私を認めたい。音楽はダメだったかもしれないけど、他のことならうまくいくかもしれない。まだ終わらすことを許してはくれない。
そうして、小説の執筆やゲーム実況、動画の作成、作詞などにも手を付けてみたが、どれもうまくいかなった。
自分の実力を正しく認識できていなかった私は、現実との乖離にようやく気づいてしまった。
挑戦の数だけ希望が絶たれる。何も知らずに夢を追いかけられたら幸せだったかもしれない。
成功者は私なんかより何百倍もの努力をしている。私はすべてが中途半端だから何も成し得ない。ひとつひとつの分野の才能がないのではなく、努力する才能がないという致命的な人間なのだ。
頑張っている人はみんなすごい。
かつては自身が目立つことしか考えていなかった私が、今では純粋に人を応援することができている。Twitterでの拡散、noteのサポート、Youtubeの高評価&コメント、そうした周知やリアクション、金銭的サポートを実施している。
私はもう頑張れない。けれど、頑張っている人を支えるくらいはできる。
