プログラミングって、実は「先生向き」の遊びかもしれない
放課後の教室って、
少しだけ時間の流れがゆっくりになります。
子どもはいない。
チャイムも鳴らない。
黒板も机も、そのまま。
帰ろうと思えば帰れるのに、
なんとなく机に座ってしまって、
ぼんやり今日のことを考えています。
あそこ、もう少し待てばよかったかな。
あの声かけ、今じゃなかったかもな。
反省というほど大げさでもなく、
ただの独り言みたいな考えごとです。
プログラミングという言葉を聞いたとき、
正直、ずっと「自分とは関係ないもの」だと思っていました。
できる人がやるもの。
詳しい人がやるもの。
ちゃんと勉強する人がやるもの。
少なくとも、
放課後に机でぼーっとしている自分とは、
別の世界の話だと思っていました。
でも、あるとき、ふと思います。
あれ。
これ、先生の頭の中と、
ちょっと似てないか。
うまくいくか分からないけど、
とりあえずやってみる。
思った通りにならなかったら、
「あ、違ったな」と気づく。
理由を考えて、
少しだけ変えて、
もう一度やってみる。
これ、
授業でも、教材研究でも、
毎日のようにやっていることでした。
名前がついていないだけで、
ずっと前からやっていた感じです。
プログラミングは、
正解を出す場所じゃないらしいです。
むしろ、
うまくいかないのが前提で、
それを一つずつ眺めていく世界。
「自分がダメだった」ではなくて、
「ここ、違ったみたいだな」で済む。
この距離感、
先生にはちょうどいい気がしました。
別に、
何かを便利にしたいわけでもなくて、
仕事を楽にしたいわけでもありません。
ただ、
正解を出さなくていい時間が、
少し欲しかっただけです。
誰にも見せなくていい。
評価もされない。
続かなくても、怒られない。
机に座って、
少し触って、
「今日はここまで」で終わる。
それで十分。
プログラミングは、
向いている人のもの、というより、
向いている時間のものなのかもしれません。
今日はちょっと疲れたな、という日。
何かしたいけど、何もしたくない夜。
そんなときに、
そっと机の上に置いておける遊び。
ナマケモノくらいの速さで、
ちょうどいいのだと思っています。
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