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最初の一歩は、“役に立たないもの”でいい

何か新しいことを始めるとき、
つい考えてしまいます。

これ、何の役に立つんだろう。
どこで使うんだろう。
時間をかける意味、あるかな。

教員という仕事をしていると、
この問いは、かなり体に染みついています。


授業も、行事も、会議も、
だいたい「目的」があります。

評価につながるか。
成果が見えるか。
説明できるか。

だからこそ、
目的がはっきりしないものに、
時間を使うのが、
少し怖くなることがあります。


でも、思い返してみると、
役に立たなかった時間って、
本当に無駄だったでしょうか。

準備室で、
なんとなく材料を触っていた時間。
授業とは関係ない話を、
同僚としていた時間。

そのときは意味がなくても、
あとから、
ふっと効いてくることがあります。


プログラミングの最初の一歩も、
たぶん、そんな感じでいい。

すごいものを作らなくていい。
便利にしなくていい。
人に見せなくていい。

ただ、
「こうしたら、どうなるんだろう」
それを試してみるだけ。

動いたら、ちょっと面白い。
動かなかったら、
「へえ」で終わり。

それくらいで十分です。


役に立つかどうかは、
あとで決めればいい。

続けるかどうかも、
そのときの自分が決めればいい。

今はただ、
意味のない一歩を、
踏み出してもいい場所がある。

それを知っているだけで、
少し気が楽になります。


先生は、
意味をつくる仕事をしています。

だからこそ、
意味がなくても許される時間が、
ときどき必要なのだと思います。


次回は、
「プログラムは、“正解を出す道具”じゃない」
そんな話を書きます。

うまくいかない前提の世界の、
居心地の話です。


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