できる人がやってるんじゃない。やりたい人が残ってるだけ
プログラミングができる人、
という言い方があります。
あれ、少し不思議だなと思っています。
できる人、というより、
やめなかった人なんじゃないか、
と感じることがあるからです。
学校でも、よく似た場面を見ます。
最初から授業がうまくいく人。
最初から子どもとの距離が近い人。
最初から板書がきれいな人。
そんな人がいるように見えて、
でも実際は、
うまくいかなかった時間を、
あまり表に出していないだけだったりします。
見えているのは、
「残っているところ」だけ。
途中で迷ったところや、
やめようと思った夜は、
だいたい見えません。
プログラミングも、
きっと同じです。
最初から分かる人なんて、
ほとんどいない。
分からないまま始めて、
分からないまま続けて、
分からないなりに少し残った人が、
「できる人」に見えているだけ。
たぶんそれだけ。
やってみて、
「よく分からないな」と思う。
少し触って、
「今日は無理だな」と閉じる。
それで終わっても、
何も悪くありません。
次の日に、
もう一度開くかもしれないし、
そのまま忘れるかもしれない。
どちらでもいい。
できるかどうかを、
早く決めなくていいのだと思います。
向いているかどうかも、
判断しなくていい。
ただ、
「ちょっと気になる」
その感じだけ、残っていれば十分。
教員の仕事は、
続けること自体が、もう立派です。
毎日、同じ時間に立って、
同じようで違う子どもたちと向き合って、
うまくいかない日も、
なんとか次の日に来ている。
それだけで、
かなりの「残り方」をしています。
プログラミングも、
それくらいの距離でいい。
できる人にならなくていい。
続ける人にならなくてもいい。
ただ、
やめたあとも、
戻ってきてもいい場所。
それを知っているだけで、
少し安心できます。
次回は、
「最初の一歩は、“役に立たないもの”でいい」
そんな話を書く予定です。
意味がなくても、
やっていい時間の話です。
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