「着ていく場所がないから、服はいらない。」
服を見ていた方が、
一枚のワンピースを手に取りました。
鏡の前で合わせてみる。
とてもよく似合っていました。
その方自身も、
少し嬉しそうでした。
でも、
しばらくすると元の場所へ戻されました。
「素敵だけどね。」
そして、
こう言われました。
「着ていく場所がないから。」
その言葉を聞いて、
なんとなく寂しい気持ちになりました。
若い頃は、
予定がたくさんありました。
友達と出かける。
旅行へ行く。
食事へ行く。
誰かに会う。
だから、
「何を着ていこう」
と考えていた。
でも、
歳を重ねると、
少しずつ予定が減ることがあります。
家と仕事場。
家とスーパー。
家と病院。
気づけば、
同じ場所を行ったり来たりする毎日になる。
そうすると、
服も変わっていきます。
「これでいいか。」
「誰にも会わないし。」
「着ていくところもないし。」
少しずつ、
服を選ぶ理由がなくなっていく。
でも、
ふと思うんです。
予定があるから服を買う、という順番じゃなくてもいいんじゃないか。
服を買ったから、
予定を作ってもいい。
新しいブラウスを買った。
だったら、
友達に連絡してみる。
「久しぶりにお茶しない?」
お気に入りのパンツを見つけた。
だったら、
いつもより少し遠くの店まで行ってみる。
ワンピースを買った。
旅行の予定なんてない。
それでも、
近所のカフェへ着ていけばいい。
服には、
不思議な力があります。
新しい服を買って、
家でハンガーに掛けておく。
次の日、
それが目に入る。
「今日、これ着ようかな。」
そう思った瞬間、
少しだけ出かけたくなる。
どこかへ行くために服を着るのではなく、
服を着たから、どこかへ行きたくなる。
そんなことがあります。
若い頃は、
人生の方から予定がやってきました。
学校。
仕事。
恋愛。
子育て。
行事。
毎日、
何かがあった。
でも大人になると、
待っているだけでは、
予定が増えなくなる時期があります。
だからこそ、
自分で小さな楽しみを作る。
それが大切なのかもしれません。
お気に入りの服を着る。
珈琲を飲みに行く。
花を見に行く。
友達に会う。
本屋へ行く。
それだけです。
大きなイベントなんて、
必要ありません。
何でもない土曜日に、
好きな服を着て出かける。
それだけで、
少しだけ一日が特別になる。
あのとき、
ワンピースを戻した方に、
私は何も言いませんでした。
服は、
必要だから買うものでもあります。
無理に買うものではありません。
でも、
もしまた同じような場面があったら、
こんなことを伝えてみたいと思っています。
「着ていく場所は、買ってから作ってもいいんですよ。」
人生には、
特別な予定より、
何でもない日の方がずっと多い。
だったら、
その何でもない日を楽しむために、
服を使ってもいい。
服は、
予定のためだけにあるのではありません。
まだ予定のない明日を、少し楽しみにするためにもある。
クローゼットに、
「これ着てどこ行こう。」
そう思える服が一枚ある。
それだけで、
明日は少しだけ面白くなるのかもしれません。
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