文と福|短編小説
「カクヨムコンテスト11」(短編部門)中間選考通過作
【作品紹介】
売れない小説家の主人公は、四畳半の部屋で暮らしている。その部屋の隅には、祖父の遺品である、鉄製の茶釜が鎮座していた。ある日、原稿が遅々として進まない主人公はコーヒーでも飲もうと、電気ケトルに水を入れる。その時、主人公はふと思う。
「この茶釜で湯を沸かしてみたら、どうなるだろう」
主人公は茶釜に水を入れ、電熱器のスイッチを入れる。湯が沸くと、突然茶釜が喋り出し…。
四畳半の部屋には、カビのような、埃のような紙の匂いが漂っている。それは古書店で嗅ぐような懐かしい香りではなく、自分の才能の枯渇と、行き場のない焦燥が発酵して生まれた、淀んだ空気の匂いだった。
北向きの窓は磨りガラスで、外の景色を拒絶している。昼とも夜ともつかない薄い墨色の光が、乱雑に積み上げられた文庫本の山に降り注いでいた。
机の上には、開かれたままの海外文学の翻訳書がある。カフカか、カミュか、あるいはドストエフスキーか。もはや誰の言葉であったかも定かではない。ただ、そのページに並ぶ活字の列が、黒い蟻の行列のように蠢いて見えた。
「実存」だとか「不条理」だとか、「人間性の喪失」だとか。
かつては私の魂を震わせ、ペンを執らせる原動力となった偉そうな言葉たちが、今はただの鋭利な礫となって私を責め立てる。
『お前は何を書いている?』
『それは真実か?』
『ただの模倣ではないのか?』
脳内で響く幻聴に耐えきれず、私は逃げるように座椅子から腰を浮かせた。膝の関節がポキリと乾いた音を立てる。二十代後半にして、私の体はすでに老人のように軋んでいた。
視線を部屋の隅へと逃がす。煎餅布団の枕元、読みかけの雑誌や脱ぎ捨てた靴下が散乱するその吹き溜まりに、場違いな鉄の塊が鎮座している。
――茶釜。
時代劇や落語の高座でしかお目にかからないような、正真正銘の鉄の茶釜だ。その黒く煤けた丸い腹は、周囲の現代的な風景――といっても、貧乏くさい昭和のアパートだが――から完全に浮いていた。まるで時空の裂け目からゴロリと転がり出てきた異物のように、圧倒的な質量を持ってそこに在る。
私はため息をつきながら、その鉄の塊の前にあぐらをかいた。茶釜との同居生活が始まって、一か月が経とうとしている。
茶釜が私の元に来たのは、先月亡くなった祖父の遺品整理がきっかけだった。
祖父は無口な職人だった。何の職人かといえば、建具屋だったのだが、趣味人としても知られていた祖父は骨董市を巡るのが好きで、実家の蔵にはガラクタとも、お宝ともつかない古道具が山のように積まれていた。
葬儀が終わり、親族が集まって形見分けが行われた際、末端の孫である私に回ってきたのが、この茶釜と、いくつかの茶道具だった。
「お前、物書きを目指して一人暮らししてるんだろ? こういう風流なものの一つでも置いておけば、いいアイデアが浮かぶかもしれんぞ?」
酒の入った叔父が、真っ赤な顔でそう言って茶釜を押し付けてきたのだ。
「それに、金に困ったら売ればいい。いくらになるかは知らんがな!」
親戚一同がどっと笑った。私は愛想笑いを浮かべて、その重たい鉄塊を受け取るしかなかった。
文学賞の新人賞に応募し続けて五年。一次選考を通過することはあっても、そこから先へ進めない。定職には就かず、校正のアルバイトで食いつなぐ「自称・小説家」の私に対する、親族なりの皮肉めいたエールだったのかもしれない。あるいは単に、処分に困る重いゴミを押し付けられただけかもしれない。
東京のアパートまで、茶釜を抱えて帰るのには骨が折れた。電車の中で、大きな風呂敷包みを抱えた私の姿は滑稽だったに違いない。中身が茶釜だと知れたら、「分福茶釜」の昔話のように、私が狸か何かに化かされているのではないかと疑われたことだろう。
帰宅して、とりあえず部屋の隅に置いた。
――邪魔だった。
狭い四畳半がさらに狭くなった。しかし、捨ててしまうのも気が引けた。
祖父とはそれほど会話をした記憶はないが、幼い頃、彼の作業場で木の削りくずの匂いに包まれながら遊んだ記憶はおぼろげに残っている。カンナを引く祖父の背中は、いつも静かで、大きかった。
この茶釜は、その祖父が愛用していたものだという。表面は「あられ肌」と呼ばれる無数の突起で覆われている。触れると、ざらりとして、ひやりと冷たい。蓋のつまみは松ぼっくりの形をしており、左右には鬼の顔を模した鐶付がある。
じっと見ていると、その丸い腹が、狸が化けているという昔話もあながち嘘ではないと思わせる愛嬌と、得体の知れない重みを放っているように見えた。
最初は、ただの置物として放置していた。
変化が起きたのは、ある雨の日のことだ。深夜、原稿に行き詰まり、インスタントコーヒーでも飲んで気分を変えようと、電気ケトルに水を入れた時だった。
――この茶釜で湯を沸かしてみたら、どうなるだろう。
本来なら風炉や炭が必要なのだろうが、そんなものはない。私はホームセンターで安物の電熱器を買ってきて、その上に茶釜を据えた。それが、私の奇妙な習慣の始まりだった。
私は電熱器のスイッチを入れ、柄杓などないので、計量カップで茶釜に水を注いだ。
電熱器のニクロム線が赤く熱を帯びていく。最初は沈黙を守っていた茶釜が、やがて小さく鳴き始める。
ジーッという低い音。それが次第に、シュン、シュン、というリズミカルな音へと変わっていく。
――松風。
茶道の世界では、茶釜の煮える音をそう呼ぶらしい。松林を渡る風の音に似ているからだとか。
狭い四畳半に、松風が吹き始める。
――シュン、シュン。シュルシュル。
不思議な音だった。電気ケトルが発する、ボコボコと荒々しく沸騰を告げる音とは違う。もっと繊細で、持続的な、波のような音。
その音を聞いている時だけは、脳内にこびりついた文学的な苦悩も、書きかけの原稿が進まない焦りも、編集者からの「もう少し今風のテーマで書けませんか」という言葉も、全て湯気の中に溶けていく気がした。
白い湯気が茶釜の口から細く立ち上り、部屋の湿度が上がる。
「お前はいいな、ただ湯を沸かすだけで」
私は独りごちた。深夜二時。世界が寝静まった時間帯に、鉄の塊に話しかける自分。客観的に見れば、精神の均衡を疑われる光景だろう。
私は熱くなった鉄肌に指先を近づける。触れれば火傷する距離。じり……と空気が歪む熱気が指の腹を焼く。
その熱さが、心地よかった。私の書く文章は、いつも冷たいと言われる。理屈っぽくて、頭でっかちで、血が通っていないと。だが、この茶釜はどうだ。ただそこに在り、電気の熱を水に伝えているだけなのに、こんなにも圧倒的な「熱」を持っている。
ふと、茶釜が笑ったような気がした。鐶付の鬼の顔が、ニヤリと歪んだように見えたのだ。
――湯を沸かすことの、何が単純だと言うのかね?
幻聴だ。分かっている。疲れているのだ。でも、その声は耳ではなく、私の腹の底に直接響いた。低く、しゃがれた、けれどよく通る声。どこか祖父の声に似ているようで、全くの別人のようでもある。
――水という不定形のものを、熱というエネルギーで気体に変える。その過程で、俺は自らの身を焼き続ける。お前のように、机の前で腕を組んで唸っているだけの軟弱な営みとは、覚悟の量が違うのだよ。
私は思わず茶釜を睨みつけた。
――お前がこねくり回している言葉よりも、俺が沸かした一杯の湯の方が、よほど人の体を温めるぞ?
図星だった。一番痛いところを突かれた。
私は言葉で誰かを救いたいと思っていた。誰かの心を温めたいと願って小説家を目指したはずだった。しかし、私が生み出すのは、誰にも読まれない原稿用紙の束と、自己満足の理屈だけ。
それに比べて、この鉄の塊は確実に、物理的に水を湯に変え、飲む者の五臓六腑を温める。その機能美。その確実性。
「文学だって、心を温めるさ。言葉には力がある。時を超えて、人の魂を震わせる力が」
私はムキになって言い返した。
――ほう。
茶釜は湯気をシュンと吐き出した。鼻で笑われた気がした。
――では、お前の今の原稿は、俺よりも熱いのか? 俺に触れれば火傷するが、お前の文章に触れて、誰が火傷をする?
「うるさい!」
私は大声を上げた。隣の部屋の住人が壁をドンと叩く。
我に返り、肩を落とした。
――何をやっているんだ、私は。
鉄の塊を相手に、本気で怒鳴って。
茶釜は何も言わず、ただシュンシュンと松風を奏で続けている。その無関心さが、余計に私の惨めさを浮き彫りにした。
それから数日、私は茶釜を無視することに決めた。
電熱器のスイッチも入れず、ただの鉄の置物として扱う。視界に入れないように、上からタオルを被せて隠してしまった。
私は机に向かい続けた。今書いているのは、ある男が自分の影を失くしてしまうという幻想小説だ。影を失った男は社会との接点を失い、透明人間のように扱われるようになる。実存の不安を描いた意欲作……のつもりだった。しかし、書けば書くほど、文章は上滑りしていった。
『男はアスファルトの上に自らの輪郭を探した。しかし、そこには虚無が広がっているだけだった。彼のアイデンティティは、正午の太陽の下で蒸発してしまったのだ』
――なんだこれは。
自分で読み返して、吐き気がした。借り物の言葉だ。どこかの翻訳小説で見たようなフレーズの継ぎ接ぎだ。
ここに「私」はいない。私の肉体も、痛みも、熱もない。ペンを投げ出したくなる衝動を抑え、私は頭を抱えた。
部屋が寒い。暖房費をケチるためにエアコンはつけていない。厚着をして凌いでいるが、指先がかじかんでうまく動かない。
寒さが、思考をさらに鈍らせる。
ふと、視界の隅に、タオルの膨らみが入った。
茶釜だ。
私は舌打ちをして立ち上がった。
「……負けだ」
私はタオルを乱暴に剥ぎ取った。黒い鉄肌が露わになる。冷え切った部屋の中で、茶釜はひっそりと冷気を纏っていた。触れると、氷のように冷たい。
私は電熱器のスイッチを入れた。
水を注ぐ。
待つ。
待つ時間は、祈りの時間にも似ていた。
やがて、シュン、シュン……と音がし始める。その音を聞いた瞬間、張り詰めていた神経がふっと緩むのを感じた。悔しいが、この音が私の精神安定剤になってしまっている。
湯が沸く。
私は急須に茶葉を入れた。祖父の遺品のひとつである、古い常滑焼の急須だ。茶葉はスーパーで買った安物だが、茶釜の湯で淹れると、不思議と香りが立つ。
湯を注ぐ。
茶葉が開く香ばしい匂いが立ち上る。緑色の蒸気が顔にかかり、私は大きく息を吸い込んだ。
湯呑みに注がれた薄緑色の液体をすする。
――熱い。
唇が、舌が、熱さに驚く。そして、液体が食道を通って胃袋に落ちていく。その軌跡がはっきりと分かる。胃袋の中に熱い塊が落ち、そこからじわじわと熱が全身に広がっていく。
ほう、と息が漏れる。
悔しいが、旨い。冷え切った指先に血が通っていくのが分かる。強張っていた肩の力が抜ける。
――どうだ、温まるだろう?
また声が聞こえた気がした。今度はからかうような響きはない。どこか慈愛に満ちた、静かな声だった。
私は湯呑みを両手で包み込んだまま、茶釜を見つめた。
「ああ……温まるよ」
私は素直に認めた。
「俺の小説なんかより、ずっと」
――卑下するな。
茶釜がそう言ったような気がした。
――お前は頭で書きすぎているのだ。言葉は記号じゃない。音であり、リズムであり、そして熱だ。俺を見ろ。俺は鉄だ。硬くて、重くて、不器用な形をしている。だが、中に水を入れて火にかければ、湯を沸かすことができる。
――お前の言葉も、器であればいい。
「器……」
――高尚な意味など詰め込まなくていい。ただ、誰かの渇きを癒やすための、あるいは誰かの寒さを凌ぐための、一杯の湯のような言葉。それを掬い取るための器であればいいのではないか。
私はハッとした。
祖父の顔が浮かんだ。祖父は無口だった。理屈など一つも語らなかった。だが、祖父が作った建具はぴたりと閉まり、風を通さず、それでいて開け閉めは滑らかだった。祖父の削った木は、いつまでも良い香りがした。
祖父の仕事には「言葉」はなかったが、「対話」があった。
木との対話、使う人との対話。
――私は、誰と対話していた?
顔の見えない批評家か? 実体のない「文学」という亡霊か?
目の前の茶釜すら見ようとせず、自分の中の空虚な言葉遊びに興じていただけではないのか?
私は立ち上がり、机に戻った。書きかけの原稿用紙を掴み、破り捨て……ようとして、やめた。紙がもったいない。裏紙として使おう。そういう貧乏性が、今の私らしくて悪くないと思った。
新しい原稿用紙を広げる。
万年筆のキャップを外す。
――何を書くか。
高尚なテーマはやめだ。世界平和も、実存の不安も、今の私には大きすぎる。
もっと小さくて、確かなもの。例えば、目の前の茶釜について。この黒い、ふてぶてしい鉄の塊について。あるいは、この部屋の寒さについて。胃袋に落ちた茶の熱さについて。シュンシュンという松風の音について。
私はペンを走らせた。不思議と、言葉が詰まることはなかった。飾る必要がなかったからだ。
茶釜の肌触りを描写するのに、「宇宙の深淵のような黒」なんて書く必要はない。「煤けて、ざらついた、古びた鉄」でいい。そのざらつきが、読者の指先に伝わるように書けばいい。
松風の音を、「天使の歌声」なんて喩える必要はない。「湯が沸く音」の中に含まれる、風の音、波の音、あるいは遠い記憶の音を、丁寧に拾い上げればいい。
筆が乗る、という感覚を久しぶりに味わった。それは高揚感というよりは、静かな作業だった。
レンガを一つ一つ積み上げていくような。あるいは、炭火を起こして、ゆっくりと湯が沸くのを待つような。
茶釜は、私の背後でずっと鳴り続けていた。
――シュン、シュン……。
その音が、私の書く文章のリズムになった。句読点の位置、改行のタイミング。全てが松風の呼吸と同期していく。
私は書いた。
祖父のこと。
この部屋のこと。
そして、自分のみっともない嫉妬や、焦燥感についても。
格好つけずに、ありのままの「熱」を、文字に込めた。
気づけば、窓の外が白み始めていた。朝が来たのだ。
私はペンを置き、大きく伸びをした。原稿用紙で二十枚。一晩でこれだけ書いたのは初めてかもしれない。
傑作かどうかは分からない。文学賞の選考委員がこれを読んで、「文学的深みがない」と切り捨てるかもしれない。それでも構わないと思った。ここには、確かな手触りがある。読み返すと、自分の体温がそこにあるように感じられた。
喉が渇いた。
私は振り返り、茶釜を見た。一晩中働き通しだった鉄の塊は、水が減ったせいか、少し音が高くなっている。
「お疲れさん」
私は声をかけた。もう、茶釜からの返事はない。幻聴は消えていた。それは、私が自分の内なる声と向き合い、それを原稿用紙に吐き出したからかもしれない。
茶釜はただの、物言わぬ鉄の塊に戻った。でも、その沈黙は以前のような拒絶の沈黙ではなく、同志のような信頼に満ちた沈黙に思えた。その姿は、余計な形容詞をすべて削ぎ落とした、一行の詩のようにも見えた。飾り気はないが、存在そのものが強度を持っている。
「……負けたよ、やっぱり」
私はもう一口、茶をすするために、新しい水を注ぎ足した。水が鉄に触れ、ジューッという音がする。生きている音だ。
私は机に戻ることはせず、そのまま布団に転がった。心地よい疲労感が全身を包む。
眠りに落ちる直前、私は思った。
――次の作品のタイトルは、「文福」にしよう。
茶釜が福を分けるように、私の言葉も、ほんの少しくらいは誰かに福を分けることができるだろうか。あるいは、ただの温かいお湯として、誰かの冷えた心を慰めることができるだろうか。
外では木枯らしが吹いていたが、部屋の中はシュンシュンという音と、確かな熱気に満たされていた。
私は目を閉じ、松風の音を聴きながら、深く、泥のような眠りへと落ちていった。
(了)
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