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清水ミチコさんが語った、「ウケる」とは「受け入れること」

『築地本願寺新報』で連載中のエッセイストの酒井順子さんの「あっち、こっち、どっち?」。毎号、酒井さんが二つの異なる言葉を取り上げて紹介していきます。今回のテーマは「ウケる」と「すべる」です(本記事は築地本願寺新報2025年11月号の記事を再掲載しています)。

 誰かが面白い発言をした時に、
「それ、ウケる〜 !」 と言うようになったのは、いつ頃のことだったでしょうか。
 
 面白い話を聞いた時、シンプルに「面白い!」と言うことも、可能です。「面白い」や「おかしい」は、相手の話の質を評価する言葉であり、ミカンを食べて「甘い」「ジューシー」と言うようなもの。

 対して「ウケる」は、相手の話を評価するというより、自分の状態を表す言葉です。「あなたの話が面白いから私は笑っている」というところに結びつけるというわけで、「面白い!」よりも一段階遠回りをしている印象。

 これは、昭和のお笑いブームにおいて広まった言い方ではないかと私は思っています。「ウケた」「ウケる」は、そもそもお笑い業界における業界用語。お笑いブームの時にテレビから漏れ出てきたその手の用語が、一般人にも広まったのではないでしょうか。

 かつて清水ミチコさんが、
「ウケるの『ウケ』は、『受け入れる』の『受け』」
 とおっしゃっているのを聞いて、「なるほど」と膝を叩いたことがあります。話し手が何かを言った時、聞き手がその話をきちんと受け入れることによって、笑いは生まれる。

 ですから「ウケる」という言葉は、
「その話を、私は受け入れました
よ」
 という意思表示となります。話し手と聞き手の直接的な関係性をそこに見ることができるという意味で、実は暖かみのある言葉なのかもしれません。

 「すべる」という言葉もまた、もともとはお笑い業界における業界用語だったと思われます。ウケようと思って何かを言ったのに笑いが発生しないと、
「すべった!」
 と言われることになる。

 「すべる」は、話がうわすべりしたような状況を表す言葉です。聞き手に話が受け入れられず、その前をつるりとすべっていくイメージか。

 しかしこの言葉にも、私は一種の暖かみを感じるのでした。誰かの話しがウケなかった時、
「つまんない」
 と言ったのでは、ますます座はしらけてしまいます。対して、
「すべった!」
 は、話者を救います。「すべった!」によって、ウケなかったという事実がおかしみに転化され、笑いが発生する。ウケない話をした側も、話を聞いてしーんとした側も、ほっとすることができるのです。

 「ウケる」「すべる」は、他人を笑わせることの難しさを熟知している人達だからこそ編み出すことができた言葉なのでしょう。笑いが発生して「受け入れられた」と感じた時の、喜び。また笑ってもらえず、うまく着地できずにもがく時の、恐怖。そこで誰かが「すべった!」と言ってくれて、着地点が決まった時の、安堵。……「ウケる」「すべる」の背景には、笑いを仕事にするということの厳しさが見え隠れするかのようです。

 「ウケる〜」という言葉が、「あなたの話を受け入れていますよ」
という意味であるなら、それは何とも優しい言葉。ウケまくることによって、世の中は少し、明るくなっていくように思います。
  

酒井 順子(さかい・じゅんこ)

エッセイスト。1966年東京生まれ。大学卒業後、広告会社勤務を経てエッセイ執筆に専念。2003年に刊行した『負け犬の遠吠え』がべストセラーとなり、講談社エッセイ賞、婦人公論文芸賞を受賞。近著に『日本エッセイ小史 人はなぜエッセイを書くのか』(講談社文庫)。

※本記事は『築地本願寺新報』掲載の記事を転載したものです。本誌やバックナンバーをご覧になりたい方はこちらからどうぞ。

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