夢だった運転士になって気づいた。僕の人生は、このままでいいのか?
みなさま、新年明けましておめでとうございます。
たーくんです。
気付けば2025年がスタートして8ヶ月が経ちました。
それだけ投稿できていなかった証拠ですね。(笑)
2025年。
自分にとって節目のような年が始まりました。
だからといって特別なことをするわけでもないし、
誰かに大きな決意表明をするつもりもありません。
でも2024年の終わりにふと、
「自分の人生、このままでいいのかな」と思ってからというもの、
なんだか少しずつ、止まっていた思考がまた動き出してる気がしています。
仕事が少し落ち着いたこのタイミングで、
自分のことについて少しだけ整理して、
今どんな気持ちで“新たなチャレンジ”へと踏み出そうとしているのかを、
書き残しておこうと思ってnoteを立ち上げました。
今回はそんな、
僕自身の“小さな転換点”についての話です。
過去に僕について綴った簡単な自己紹介の記事があるので、興味がある方はそちらも読んでみてください。👇
X(旧Twitter)では、副業ライフやnoteでは書いていないちょっとした気づき、日常発信などをしています。
よければこちらもぜひお願いします!👇
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「電車の運転士になる」──
これは、小学校の卒業文集に書いていた、僕の“子どものころの夢”でした。
だけど実際にその仕事をしている今、ふと立ち止まってしまうんです。
このままで、本当にいいのかな?
まだ、自分にできることがあるんじゃないか?
今、僕は28歳。
この会社に入社して5年目。
今年の3月、ついに念願だった運転士になりました。
■ 電車を走らせる僕が、“自分の人生”を止めたくなかった話。
ずっと手が届かなかった「夢」にようやく触れられた安心感がある一方で、
考えることも増えました。
駅員・車掌・運転士──
それぞれに求められる知識やスキルは、とても特殊で専門的です。
でも実は、どれも【この業界、この会社でしか通用しない】という現実に気づいたんです。
たとえば、同じく日本中にある鉄道会社に転職するにしても、今のスキルはほとんど流用できない。
気がつけば、僕の「やってきた仕事」や「培ったスキル」は、
このレールの上でしか評価されないものでした。
その事実が、じわじわと胸にのしかかっていきました。
■ だけど、「その日」は突然来た。
ある日、昔からの知り合い──美容師をやっている彼とふと話す機会がありました。
聞けば、店長として新しい場所で働き始めたという。
お店もお客さんもまだまだ少ないという話だったのに──
月収を聞いて、耳を疑いました。
僕の、3倍以上。
「そんなに働いてるの?」
と聞けば、日中は気楽にプライムビデオを見ている時間すらあるそうで…
正直、その日、一睡もできませんでした。
翌日は始発の乗務があって、早朝3時半に出勤しなきゃいけないのに、
眠るどころか、悔しくて、泣きそうで、
だけど誰にぶつけることもできない気持ちがぐるぐる回ってた。
■ 覚悟が決まったのは、その夜だった。
「もう、このまま同じ場所で、同じ思考のままでいたくない。」
そんなふうに、心から思いました。
■ 遠回りだった僕の就活と、それでも掴んだ“プロの仕事”
思えば、これまでの人生も、まっすぐではありませんでした。
大学ではスポーツ医療を学びながら、ジムのトレーナーやインストラクターとして、多くのお客様にダイエット指導やコンディショニングサポートをしてきました。
体に向き合うこと、サポートをすること、人に関わることが好きでした。
けれど、就活では全敗。
どれだけ面接を受けても、鉄道会社だけにはひとつも受からなかった。
だから、自分でも悔しかったけど──
大学卒業後、専門学校に入り直して、4歳下の同級生たちの中で、誰よりも早く内定を取ると決めて。
毎朝4時半に起きて、2時間だけ駅員のアルバイトをやってから登校
夜はスポーツクラブで指導して、寝る前に専門の復習
そんな生活を2年間。
結果、学年1位の成績をキープし、1年生の2月、第一志望だった会社から内定をもらいました。
決して、すごい学歴の持ち主じゃない。
でも、“やると決めたらやり切る”自分だけは、信じられてきました。
■ それでも副業では失敗した
実は、今までも何度か「副業」にチャレンジしていました。
Instagramアカウントを複数開設(旅行系、ダイエット系)
noteやブログなどにも登録して、何本か投稿もしてみた
ココナラで旅行プラン販売に挑戦(わずかだけど売れた)
でも、どこかでいつも“燃え尽き”てしまったんです。
時間がない。勤務が不規則。
職場でも勤務中はスマホすら触れない。
そんな制約ばかりを理由にして。
「別に今じゃなくても…」という気持ちにいつも負けていた。
■ でも今回は、きっと違う
理由は3つ。
1つ目は、「あの悔しい夜」を絶対に忘れたくないから。
あの時眠れなかった目の奥が、まだ少しだけ熱いから。
2つ目は、「元フィットネストレーナー × 現役の運転士」という組み合わせが、誰にもない価値”になり得ると信じているから。
最後の3つ目は、noteという場所と、ChatGPTという相棒がいれば、
行動を止めずに続けられる気がしているからです。
■ 最後に、少しだけこれからの話を
このnoteでは、今後こんなことを発信していくつもりです。
「運転士という働き方」のリアル(睡眠、ストレス、副業の壁)
運動・健康・メンタルに関する基礎知識(元トレーナーとして)
実際に副収入を作った過程(note/クラウドワークスなど)
自分の生活改善記録(習慣化、学び、失敗、継続)
決して「正解」や「成功談」があるわけじゃありません。
でも、“このままで終わりたくない”と動き出す誰かの背中を、
ほんのちょっとだけでも押せるような文章を書いていきます。
まずは、あと1記事。
そしてまた1記事と、積み上げていこうと思うので、
よければフォロー・スキ・コメントなどで応援してもらえると嬉しいです。
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました。
次回は、まず自分が“最初に手を伸ばした副業は何だったのか?”を振り返ってみようと思っています──。
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