「車でお遍路」第16番札所 観音寺(住宅地に佇む古刹)
こんにちは、旅いこかです。
四国八十八箇所巡礼、弘法大師との「同行二人」の旅、16番目のお寺は、
光耀山 千手院 観音寺
15番札所の国分寺から約2.0㎞、車で約7分の場所、
次に訪れた札所は、15番札所からほど近い街の中の県道沿いのこぢんまりとしたお寺「観音寺」。堂々とした風格の山門(鐘楼門)が見えてくる。
第14番札所常楽寺から徐々に住宅街の中に佇むお寺、しかもこぢんまりとしているため、私は「さくっ!」と参拝をしてしまったが後の祭り。
歴史も古く見どころ満載なので、皆さまも私と同じ過ちをしないよう注意してください。
加えて、間違えてはいけないのが寺号の読み方。「かんおんじ」。徳島県には阿波西国三十三観音霊場1番札所の観音寺(かんのんじ)がある。
私は、第36番札所青龍寺で、住職に寺号の読み方の間違いの指摘を受けましたが、恥ずかしくもあり、失礼な話ですよね。
私も反省してますので、皆さまもご注意を。
では、住宅地に佇む古刹の札所「観音寺」へ参りましょう。

ご詠歌
忘れずも 導き給え 観音寺 西方世界 弥陀の浄土へ
お参りする前に知っておいた方が良い知識
歴史
天平13年(741年)、第15番札所の国分寺を創建した時期に聖武天皇の勅願道場として行基菩薩が建立
弘仁7年(816年)、この地を巡錫中の弘法大師が、等身大の千手観世音像を彫り本尊として開基 寺号を「観音寺」とした
また、大師は脇侍像として、鎮護国家のために毘沙門天、悪魔降伏の意を込めて不動明王も彫って安置天正年間(1573-1592年)、天正の兵火で焼失
万治2年(1659年)、阿波藩主蜂須賀公の支援により宥応法印が再建、現在に至る
本堂に掲げられた絵、松葉杖の実話
絵奉納の実話
本堂には炎に包まれた女性が描かれた絵が掲げられている。
その絵は、淡路島の女性が大師から戒めを受けた反省として奉納したものだという。
明治17年(1884年)、淡路島から来たお遍路の女性は、観音寺で雨に降られ焚き火で白衣を乾かしていたところ、突然焚き火の火が白衣に燃え移り大火傷をしたという。
その女性は、根は善良だったが、自身が若い頃に姑との仲が悪く、ある時に勢い余って姑を柱に縛り火のついた薪で折檻したことがあった。
そのことを後に反省していたものの、大師から過去の過ちの戒めを受けたとして反省の証に絵を奉納したという。
松葉杖奉納の実話
大正2年(1913年)頃、両親に連れられて参拝に来た盲目の高松伊之助さんは、御本尊の御利益により目が見えるようになったことから、松葉杖を奉納したという。
寺号について
院号・寺号について
・・・寺号は大師が御本尊の千手観世音菩薩に因み名付たが、院号についても同様と思われる
ご利益
御本尊の千手観世音菩薩
・・・災難除け、病気平癒、長寿、夫婦円満、恋愛成就などの現世利益と後世利益。夜泣き地蔵尊
・・・子どもの夜泣き止め、病気平癒、健康や成長にご利益がある。仏足跡
・・・この仏足跡を合掌して礼拝した手で身体の悪い箇所を撫でると罰障を滅し諸願を成就するといわれている。
御本尊・ご真言
御本尊:千手観世音菩薩
ご真言:おん ばざら たらま きりく
見どころ
山門(鐘楼門)
・・・風格のある堂々とした鐘楼門だが、境内はこぢんまりとしている。また、境内と境外の壁は、寄進者の石柱としているのも珍しい。本堂
・・・本堂には、炎に包まれた女性が描かれた絵が掲げられている(実話の絵)、横にはお釈迦様の足跡を印した「仏足跡」がある。夜泣き地蔵
・・・山門横の夜泣き地蔵は、夜泣き封じのお祈りをして願いが叶うと、お礼に新しいよだれかけを奉納する習慣がある。
おまけ情報
納経所では、弘法大師の御筆跡を刻印した光明真言印判を白衣に押印してくれるという。
写真
次は、第17番札所井戸寺へ参ります。
2022年2月23日投稿
2022年9月11日改訂
合掌
